2001年1月18日木曜日

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】 交響曲第1番/M・T・トーマス指揮 ボストン響

先にスヴェトラーノフの93年録音で聴いてみたが、今回はMTT・ボストンで聴いてみた。

MTTというと、颯爽としたイメージが先に浮かんでしまい、先入観なしには聴けない指揮者にも思えるがそこはさておき。

1楽章の出だしからして、非常にクリアで透明な感じを受けた。CDなどの録音されたものを聞く場合、ミキシング技術もさることながら、再生装置やその音量や音質の設定なども大きく影響すると考えるため、演奏の質を云々することに意味があるのかという疑問は常に付きまとうのだが、それを差し引いても、独特の輝きがある音であるようだ。

スヴェトラーノフ盤よりもシャキシャキと歯切れがよく、若々しい。そのせいか若干ピッチさえ高めのように聴こえる。だから、そこに浮かぶ冬の光はよりキラキラと輝いているように感じる。

2楽章も同様な印象である。より透明で美しい。この楽章は「陰気な土地、霧の土地」という副題があるが、あまり陰気な感じはしない。

3楽章は、どうも印象が深くない。ワルツというのが自分に向かないのかも知れないが、よく聴けば非常にチャイコフスキー的な楽章であると思われる。

終楽章はフーガ(?)にいたるところで、急にテンポを落としておりそれが最後の盛り上げへの溜めになっているようである。フィナーレになる部分は輝かしく、MTTという先入観を排したとしてもアメリカ国歌を聴いているような(アメリカ的な曲という意味合い)気がしてくる。シンバルの音も硬質でプラスティッキーで音量も高い。スヴェトラーノフ盤よりもこの部分はメリハリが利いているかも知れない。ただし、スヴェトラーノフで聴かれたような、全曲を通して底から湧きあがるような重みは感じられない(決して軽々しい演奏だなどと言っているのではない)。これは低弦や打楽器群の扱いの違いなのだと思うが、録音および再生装置による影響についても本来は斟酌すべきだろう。

二つの盤を続けて聴いてみたが、好き嫌いは別として、こちらの演奏は非常に美しい透明な清流を見る思いがする。心に浮かんでくる景色もやはり演奏により異なってくるものである。