2001年2月4日日曜日

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】 交響曲 第3番 ニ長調 作品29 「ポーランド」

交響曲 第3番 ニ長調 作品29 「ポーランド」
指揮:ロリン・マゼール
演奏:ウィーンフィル
録音:1964
London 430 787-2

スヴェトラーノフ版との比較で聴いてしまうと、マゼールのこの演奏は、別の曲のような印象を受けてしまう。

��楽章の出だしの暗いテーマからして、なにやら軽やかであり華が感じられる。序奏から盛り上がりを見せてゆく部分から、堂々たるテーマが奏される部分に至まで何たる上品な音つくりよ。ウィーン風と称してもよいかもしれない。チャイコフスキーのちょっと野暮ったいテーマや扱いも、指揮者の軽妙さとドライブ感のためずいぶんとスマートに感じる。

マゼールは1楽章のもつ高揚感を、粗さと流麗さで見事に表現している。どの版で聴いても、この楽章だけで「ごちそうさま」という気分にさせられるのだが。(マッタク、チャイコフスキーは何を考えていたのだろうか)改めて、この楽章を聴いてみると、どこがというわけではないものの、第4番交響曲につながるような処理が仄見えてくるようで面白い。

��楽章の木管による最初のテーマやっぱりいい。この不思議な気持ちにさせてくれる曲をずっと聴いていたい気にさせてくれる。これも踊りなのだろうか。チャイコフスキーというとバレエ音楽と連想されるような固定観念のせいだろうか。交響曲第3番は「白鳥の湖」と同時期に作曲されたものらしいが、彼の根底に潜むものとして、踊りの音楽というのがあったような気がする。それゆえに、ガンガン鳴らす楽章の魅力も捨てがたいが、チャイコフスキーの交響曲は、こういった楽章に真価が表れているように思える。

もっとも、主題の展開や変奏などの面白み、人間的な苦悩や深みみたいなものは(いわゆるドイツ系の大作曲家が表現したような)、これら初期の交響曲群から発見することができないのだが、そこに彼の交響曲の賛否があるのかもしれない。

マゼールの演奏にしても、熱狂と静かさの対比の中で音楽を掘り出すことに終始せざるを得ないと思える。その点、スヴェトラーノフの場合はロシアとしての血がそれ以上のものを生み出すのだろうか。

演奏にもどると、全体に低音(主に低弦と打楽器の扱いの違いだろうか)の迫りくるような響きはないかわりに、バイオリンなどの弦の美しさと優雅さが特筆されるかもしれない。ロシアのオケでなくウィーンフィルが演奏しているという思い込みによるものかもしれないが・・・・

マゼールは全体に早めのテンポ設定で駆け抜けてゆく指揮をしている。特に5楽章などは開始早々、フルスロットルのスピード感である。

何度も聴いてみると、かなり粗削りな印象も受けないではない。結構勢いでオケをドライブしているようでもある。フーガに至るところでも、比較的あっさりと曲を処理して快速さを失わないような指揮さばきをしているようだ。ここら辺も、粗さとも感じられる部位だ。

低音が響かないと書いたが、軽い演奏というわけではない。フィナーレの金管群の咆哮はそれはそれで聴き所だと思う。(前にも書いたが、低音の響きだの音量などは再生装置で聴く限りにおいては主観的な評価をであることを免れないと思う。)

総じて非常に若々しさと瑞々しさに溢れる演奏である。ロシア系の重厚な演奏も良いが、このようなアプローチも楽しいものである。