2001年2月7日水曜日

東野圭吾:悪意

真に申し訳ない。この有名なミステリ作家の作品を読むのは、本作が初めてである。以前から気にはなっていた。「秘密」がヒットしている頃、読もうかと思った。思っているうちに映画化されて、読む気をなくし機会を逸した。その本を手に取るかとらないかなんて、色々な偶然に支配されるものだ、もっとも、私の場合だが。

さて、ミステリなので内容に触れることは避けたいが、凝ったストーリー作りの割には、のめりこむことができず、はっきり言ってそれほど面白くなかった。以下はネタバレになるが、簡単に感想を書いておく。

ストーリーや、話の展開は非常に良くできていて、単細胞な私など、犯人どころかその最大のテーマである動機に至るまで、「なるほどねえ、良く考えるねえ」などと関心してしまう作りだ。では、何が(私に)だめだったのか。

本作は主に野々口という殺人の第一発見者と加賀という刑事の手記という形で進められる。野々口は作家らしいから、まだよい。刑事の手記とか独白とか、はたまた記録という形であらわれる文章の部分が。「刑事がこんな文章したためるかいな」てなことを感じてしまい、物語の世界に入ってゆけないのだ。

途中から、この「記録」と言う形式に、作者東野のしくんだトラップがあることに気付くのだが、そこを面白いと考え、トラップを見つけ出そうとするか、あるいはそれに乗れないかは、この作品を楽しむ上で重要な要素だと思う。

「彼らを知るものたちの話」という章も、まだるっこしい。最後の解明の章も、文体が・・・。
 小説を組み立てていく上での一つのスキルを見せられているようで、そこの作者のあざとさを感じてしまう。最後まで読んだときにも、犯人の暗い動機に深く共感を覚えることも出来ず、うすぼやけた霧の中に墨汁を垂らしたような犯人像と、粘着質の刑事のドラマが、ミステリを読んだ後の手ごたえさえぼやけさせてしまっているように感じる。

けなしてばかりで申し訳ない。この作品は、合わなかった。別な東野の作品読んで、出直してみる。