2001年2月9日金曜日

【チャイコフスキーの交響曲を聴く】 マズア指揮によマンフレッド交響曲

マンフレッド交響曲 ロ単調 作品58
指揮:クルト・マズア
演奏:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音:1991
Teldec WPCS-5948 Diamonds Classical (国内版)

マンフレッド交響曲は交響曲4番と5番の間に作曲されたもので、バイロンの劇詩「マンフレッド」をもとにした標題交響曲である。チャイコフスキーの場合、3番、4番、5番で標題なしの音楽を作曲したが、標題性への欲求が抜きがたかったのか。(3番は「ポーランド」との題名がついているが、意味のあるものではないと思う)

これをマズアの演奏で聴いてみた。あまり聴きこんでいる曲でもないし、指揮者マズアについて知るところも少ないため曲の解説みたいになってしまうのだが(それもへたくそな)、以下に印象を書いてみたい。

��楽章はマンフレッドの苦悩と暗い運命をあらわすテーマが強烈で、かきむしられるような想いがにじみ出た音楽になっている。途中で女性的なものが登場するが、楽章を貫くのはマンフレッドの不幸な人生で、非常に完結した物語性を有した劇的な楽章である。チャイコにはよくあるのだが、この楽章だけでもう十分というくらいの出来だ。

��楽章は一転する。最初の細かな動きは、小動物たちが森から駆け出してくるような情景が目に浮かぶ。「アルプスの霊」の章だから妖精たちなのかもしれない。ゆったりとしたバイオリンのテーマから、美しい中間部にむけて非常に繊細で女性的な楽章である。楽章最後の消え入るようなバイオリンの音色は格別で息をのむばかり。道ならぬ恋をして、死に至らしめてしまったアスタテーテをイメージした楽章だろうか。

引き続く3楽章はAndanteで再び心が開放される。このゆったりした世界に、マンフレッドが登場したりするのだが、楽章の印象は2楽章同様に女性的な優しさと安らかさに満ちている。2楽章の終わりに登場する不気味な旋律と鐘の音は、安らぎの中にも迫り来る不幸な結末を象徴しているようである。解説によると、マンフレッドの自殺を表しているとも。

自分がフルートを吹くからではないが、フルートが2楽章でも3楽章でも効果的に用いられている。うーん、ここだけ吹いてみたい。

二つの中間楽章は非常に美しい楽章であるが、強い主張を持った1楽章と4楽章にはさまれており、聴きようによっては位置の定まらない楽章とも言えるかも知れない。

��楽章は再びマンフレッドの章。邪神アリマネスの神殿へ向かうところから始まっている。オーケストレーションと不安な推進力は聴き所だ。中間部(5分あたり)から、ゆったりとしたテーマが出現、これがアマネリスか?白髪の老人を思わせる描写、実際の劇ではどうなるのかは知らないが。交響曲1番、3番でも試みたフーガがまたも用いられているが、この曲ではマンフレッドの混乱した想いやらなにやらを表現したのか。

続いて登場するアスタテーテのテーマはひたすら哀しく優しい。ハープの音色が儚さをよく表現している。短いテーマだが印象的で、地獄で見た唯一の燭光といってもいい。

この後に、第1楽章のコーダが展開されるが、マンフレッドはその最期に向かってまっしぐらに不幸な時間を早めていく。この部分は、非常に非常にチャイコフスキー的な「泣き」のオーケストレーションである。最期はパイプオルガンが入る!が、ここにきてやっと安らかな終わり方となる。

改めて聴いてみると、非常に盛りだくさんな音楽に仕上がっていることに気づかされる。マズアは、この劇的な交響曲を比較的淡々と、決してマンフレッドの激情に流されないように振っている。マンフレッド交響曲はオルガンまで含む非常に大編成のオーケストラで演奏されるのだけあり、マズアの真面目な指揮ぶりにあっても、盛り上がるところは十分過ぎるくらいの迫力で迫ってくる。曲の持つ内容からすると、激情系の演奏に走りやすい気もするが、こういう曲を冷静に振るとは、なんともドイツな指揮者である。(最期意味不明)

標題交響曲といえば、ベルリオーズの幻想交響曲が思い浮かぶ。曲調などで似通った点があるので、思い出しながら聴いてみるのも面白いかもしれない。ただし、「どこが似ているんだ、ええ?」なんて突っ込みは入れてはいけない。