2001年2月26日月曜日

小林研一郎 指揮 チェコ・フィルによる第5番交響曲

  1. 指揮:小林 研一郎
  2. 演奏:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
  3. 録音:25-26 Feb 1999 「芸術の家」ドボルザークホール

小林 研一郎とチェコ・フィルによる第5である。彼のディスクは他にも日フィルを指揮したものなどいくつかあるようだ。小林 研一郎といえば「炎のコバケン」の愛称があるくらいに、熱く激しい指揮者と言う印象がある。クラシック経験の浅い私は、コバケンの演奏を聴くのは本CDが初めてであるため、大いなる熱演を期待したのだが、聴き終った後の感想は最初のイメージとは少し異なるものだった。

まず、1楽章から深く響きの重心が低い。不安感の混ざった、ざわざわとした感じが上手い。打楽器の音もしっかりして激しく、弦楽器が憂愁を帯びた旋律を奏するところは、十分に歌わせてる。解説にある「叙情的な表現と力強い表現との力関係」というこの交響曲の持つ性格を、十分に把握した上でのテンポ設定や、弦・管楽器の歌わせ方を考えていると思わせる。両者の力関係ということで書けば対比が見事であり、強いドラマ性を感じさせる解釈である。

上手く表現できないのだが、激しいところはひたすら激しい。打楽器と弦楽器によるリズムの刻みは、精緻さや鋭さはないが底から迫ってくるようなストレートな迫力がある。逆にゆったり奏するところは、不思議な抑揚と余韻がある。比喩が適切とは思えないが、重いはずみ車を回した後、慣性で回りつづける・・・といった余韻、あるいは非常に粘性の高い液体の中を棒でかき回すときの抵抗感といったらよいのか。ただしこれを好むか好まないかは意見が分かれるかもれない。(適切な比喩じゃないなあ・・・)

2楽章のホルンの旋律の部分も響きが分厚い。チャイコフスキー自らの問いかけとそれに対する答えがやさしい。懐の広さと、包み込むような解答がこめられているかのよう。第1楽章で感じたような粘性感が上手くこの楽章の表現にマッチしている。

3楽章のワルツはちょっと野暮ったい感じを受ける。丁寧すぎる奏し方と相まって優雅さに欠ける。6分25秒という演奏時間は、今までの中でカラヤン・ベルリンに次いで長く、一番短い盤に比べると1分近くも遅い。演奏時間の長短を比較することに意味あるかはさておき、全体にのったりした印象を受けることも否めない。もっとも他の盤との比較による相対的な感じ方なのだろうが・・・

4楽章序奏部の堂々としたリズムと余韻は、言いようのない懐かしさが漂う。トランペットの不思議な抑揚や弦の響きが気持ちを揺さぶる。幾多の旅の果てにここにたどり着いたかのよう。3分過ぎからは、一転して早く激しくなる。1楽章で感じた余韻や粘着感がこの楽章でも感じられる。それはそれで、一つの解釈の結果なのだと思うが、例えば金管群の奏し方が甘く曖昧にも感じられる。いわゆる切り込むような鋭利さは感じられない。悪い意味で評しているのではない、逆に金管群がうるさすぎないため、ある種のロマンチシズムをたたえた、やわらかさのある演奏である。CD解説には「堂々とした曖昧さのない出来栄え」とか「金管などを強調しつつも・・・」とあるのだが、私の受けた感じ方は少々異なるものだ。(まあ、冷静に聴けば金管も凄いよ)

ラストに向けて、打楽器の響きも凄くなり、緩急自在のテンポ設定がいやがおうにも、大きなクライマックスを感じさせてくれるものの、全体に暑苦しく汗たぎる演奏ではない。コバケンに「汗臭い」イメージを聴く前に持っていただけに、少々意外であったのだが、それでも物凄い熱演であることに変わりはない。緩急のつけ方や強弱の対比、楽器群の差異など非常に明確で、曲の持つ性格を十分に表出していると言える。激しさとやさしさを併せ持った演奏という印象を受ける。演奏時間のトータルを見ると、他の盤に比べて特別速いわけではないのだが、躍進するリズム感や推進力をも見事である。以上のような意味合いからは「炎のコバケン」と言われるのも、分からないでもない。

ただし、指揮者の唸り声が随所に聴こえる。ゲルギエフ盤でも唸りが聞こえるのだが、これはちょっといただけないなと個人的には思う。演奏にのめりこめばそれほど気になるものでもないか・・・(ヘッドフォンで聴くことはお薦めしない、近隣に注意しながらスピーカーを通して聴きましょう)

蛇足だが、スラヴ行進曲は凄い! 何たる演奏と重み!!!!!!!