2001年5月6日日曜日

【シベリウスの交響曲を聴く】 ベルグルンド指揮 ボーンマス響による交響曲第1番

指揮:パーヴォ・ベルグルンド
演奏:ボーンマス交響楽団
録音:Sep 1974
EMI TOCE-19004 (国内版)

曲について

シベリウスのこの第1番交響曲は1899年、彼が34歳のときの作品である。

この曲を聴くと分かるが、既にシベリウス独特のサウンドが充満しており、非常に立派な交響曲に仕上がっていることに改めて気付きそして驚かされた。

彼のオーケストレーションは、激しく燃え上がる部分であっても、どこか冷ややかであり、青白き炎がたぎるという印象を受ける。彼のこの1番交響曲は、その成立過程からしても、解説にもあるように「フィンランド的情緒」とか「民族としての共感を代弁する」などの要素を汲み取ることはできるかもしれない。しかし、そのような歴史的な背景を考えずにこの曲に接したとしても、内から鼓舞されるかのような印象を受け、力が漲ってくるのを禁じることができない。

そういう意味からすると、第一楽章が一番力強く、そしてエネルギーに満ち、そしてなおかつシベリウスらしいと言える。曲の構成と分かりやすさと共感のしやすさという点でも、第一楽章が一番かもしれない。メロディラインも美しくそして、ハープが独特の色彩を与えている。力強さだけではなく、何か物悲しさと不安感の間を揺れ動くような微妙な感情も聴くことができる。しかし、総体的に支配しているのは、やはり誇りともいうべき堂々とした雰囲気であろうか。

第二楽章は緩徐楽章であるが、冒頭の弦と木管のメロディはゆったりとして、ロマンチックな気分にさせてくれる。途中に入るトライアングルやフルートのトリルも美しく効果的である。しかし、この甘さをシベリウスは余り引きずることをしない。不安げな木管のメロディに乗って到達するのは、やはり揺れ動く感情であるようだ。4分半から始まるチェロのテーマとその裏で奏でる風のようなフルートの伴奏の部分は、ものすごくシベリウス独特の色彩であり、ここを聴くだけで背筋に電流が走るような感情を覚える。そして、この楽章のラストは高揚感のある力強き感情の高まりである。激しいテーマの奏し方やその後の静かな歌い方は、チャイコフスキーの影響を感じる部分である。

スケルツォの第三楽章は、この盤の解説によると「トリオはフィンランド的田園の調べ」とある。確かに田園風景を感じさせる部位もないわけではないが、楽章の印象は性急にして非常にゴツゴツとしたものであり経過句的な印象を与える。

第四楽章は「Quasi una fantasia = 幻想曲のように」と記されているように、自由な形式をとっている。第一楽章のクラリネットの暗い主題がここでは弦で再現されるが、前楽章の性急さは受け継がれある方向性を持って動いてゆくように感じる。3分半ころから始まる、弦による第二主題は何かの唄だろうか、ハープの響きも加えられ、この曲の聴き所の一つと言えるかもしれない。この旋律にかぶさるように始まるトランペットの響きの扱いなど、本当にシベリウス独自の世界だと思う。激しさと性急さと、そしてメランコリックな雰囲気をごちゃ混ぜにしたような印象で、「幻想曲のよう」と言われれば納得はするのだが、気まぐれな印象を受けないわけではない。最後に向けてひとつのところに求心してゆくようなエネルギーには少し欠けているようにも思える。もっとも、9分に再現される第二主題は、以前よりも確信を持っており決然とした感情さえ漂わせている。二つの感情の間を揺れ動いていたシベリウス自身が、ある結論をみたようであり、ラストは今までにないほどの明確な意思をもって曲を終えるのかと思いきや(!)、弦のピチカートによるで(第一楽章と同じように)締めくくられる。私はここに、不安を残したまま煮え切らない印象を受けて少々当惑する。

このような感情の揺らぎや自身と不安の表出は、シベリウス自身の境遇や、当時のフィンランドの情勢を映しているものであることは予想がつくのだが、いまの段階ではあまり詳しく調べていないのでここに書ける事はない。また、シベリウスの交響曲はチャイコフスキーの影響を色濃く受けていると良く評されるようだが、私が聴く限りにおいては、二つの交響曲は目指すテーマにおいても別物であると感じざるを得ない。

確かに形式だけ考えれば、第一楽章冒頭のクラリネットのテーマが第四楽章において弦楽器で復活するなどの手法も、チャイコフスキー的と言われれば、なるほどとは思う。また、民族的なものを鼓舞するような部分も見られはするが、一番の違いは、チャイコフスキーのような「激情の赴くままの吐露」というものは、彼の曲からは感じない。むしろ不安さとナイーブさの点ではシューマンに近い感情を感じるのだ。

この演奏について

シベリウスといえばベルグルンドというくらいに有名なのだが、この盤は彼の3つの全集のうち、一番古い録音で、ボーンマス響とのものである。

弦の音色の重心が低く、そして打楽器も決然として力強い。そのため、ちょっと粗削りな印象は受けるものの、シベリウス独特の冷ややかさと劇的さがうまく表現されているのではなかろうか。緩徐楽章なども甘くメランコリックになりすぎず、節度をもった奏し方であると思う。

この段階では、ベルグルンドの最新盤を聴いていないので、彼の解釈がどこを指向しているのかを明確に言うことはできないのだが・・・・