2004年2月5日木曜日

森永卓郎:年収300万円時代を生き抜く経済学


先のようなことを考えていたのは、森永さんの本を読んでいたからです。


森永さんの経済に関する考え方についての論評はできませんが、内容は示唆に富むものでした。相容れないところもなくはありませんが。




テレビ朝日のニュース・ステーションに出演されている森永さんの本です。最近この人の書いたものを良く目にします。特に経済系の週間・月間誌、30代ビジネスマン向けの雑誌をぱらぱらと捲れば、人の良さそうな彼の写真をすぐ探すことができます。だから本の題名が良くないですね。「あちこちで結構稼いでいるくせに、人には年収300万円で生き抜けとご教授を垂れるのか」と、やっかみにも似た反発を覚えるものです。


そうは言っても、何を言っているのか、とりあえず読んでみました。


景気回復と不良債権処理の考え方は、竹中金融相や木村剛氏の考えとは真っ向から対立しているようです。森永氏は不良債権をなくしてもデフレからは脱却できず景気も回復しない、むしろマネタリー・ベースを増やして流通現金量を増やし、更に土地担保主義の金融システムを復活させよと主張しています。一方の木村氏は「悪臭の源は不良債権である」(日本資本主義の哲学:木村剛)と言い切っているのですからね。


デフレ処理と不良債権処理に関するテクニカルな問題については、私はその是非を判断する知識を持ち合わせていません。興味のある方は両者の著書を読み比べて判断されると良いかもしれません。


私が面白かったのは、「日本に新たな階級社会が作られる」(2章)、「1%の金持ちが牛耳る社会」(3章)などの部分で、全てではないにしてもかなり説得されてしまいます。薄々私が感じていることと似ているからです。森永氏は最初控えめながら、こう書きます。


不良債権処理を進めても、マネーは増えず、景気も回復しない。[...] (政府は)何ひとつ良いことが起こらない金融再生プログラムをなぜ強行しようとするのか。一つの可能性は、小泉内閣のブレーンたちが、とてつもなく頭が悪いということだ。[...] (そんなことはありえないので)むしろ、小泉内閣の正体が「金持ちをますます金持ちにする」ことになるのだとしたら、この金融再生プログラムは実によくできている (P.49)

これを実現させる手順は以下のようだと書いています。



  1. ITバブルを引き起こして「頭金」を作る。

  2. 金融引き締めによるデフレを仕掛けて、資産価格を急落させ、不動産を借金で購入した企業を追い込む。

  3. 不良債権処理を強行して、放出された不動産を二束三文で買い占める。

  4. デフレを終わらせて、買い占めた不動産価格でキャピタルゲインを得る。

  5. 一度たたき落とした旧来肩の企業や一般市民が、這い上がってこないように弱肉教職社会へ転換する。


今、東京で起きている現象に妙にラップする部分を感じてしまうのは私だけでしょうか(まさに日々そういう事象を仕事でも目にしていますから)。現象は②~③に達しています。


しかしここからが良く分からないのです。森永氏の言う「勝ち組」とは具体的にどこに居る人たちのことなのでしょう。私の業界(完全な「負け組」ですから)では、全く実感を伴いません。


また彼の論では、家族もかえりみず寝る暇も惜しんで働き1億円の年収を得る一部のサラリーマンと、「負け組」の年収300万円のサラリーマン、更にそこにさえ達さない三つの層に分かれると書いています。これは少し私の感覚と異なります。年収1億円のサラリーマンも、年収300万円のサラリーマンも、同じように死ぬほど働いているのが現実のような気がします。(死ぬほど働く期間は異なるでしょうが)。


真に恩恵をこうむるのは、どこに居るのか分からない、死ぬほど働くことを一生しないですむ「資産家」「投資家」のような気がします(それこそ、そんな人たちはどこに居るのだと思いますが)。また、森永氏が主張するように300万円でよしとして、ガリガリ働くことを放棄して優雅に過ごせるような人など、それこそ僅少であるように思うのです。


日本において価値観の転換が必要ということは、おそらく言われなくても皆が気づき始めています。でも理不尽に思うことは、世界でもトップクラスの平均年収を誇り、物質的にも衣糧・教育環境とも豊かな日本国民が、なぜにこんなに「幸福感」を実感できないでいるのでしょう。それは労働時間や高い地価だけのせいでしょうか。


彼の主張は私に色々なことを考えさせてくれました。それはまたおいおい書いていきましょう。