2004年3月8日月曜日

宮部みゆき:龍は眠る

宮部みゆきが好きになったというわけではないのですが、「龍は眠る」という長編を読んでみました。




宮部みゆきの代表作のひとつ、92年の第45回日本推理作家協会賞の長編部門を受賞した作品です。しかし読んでみますと推理小説とは趣がだいぶん異なります。先に紹介した「クロスファイア」や「鳩笛草」と同じく、超能力者をテーマとした小説になっているからでしょうか。テーマも推理やサスペンスより、超能力を持ったが故に苦悩する、二人の対照的な少年と青年に焦点が絞られているようです。


この小説に登場する超能力は、相手の考えていることや物品に残存する記憶を読み取ることのできる能力です。バラエティでよく放映されていますが、FBI超能力捜査官にも同じような能力者が登場しますよね。そういう能力を持った者は、聞きたくなくても他者の声が聞こえてくるため、能力をコントロールしないと精神的に参ってしまうということに宮部氏は着目しているわけです。そして、自分が望んだわけでもないのに能力を有しているが故に、何故その能力が備わっているのか悩み、力とどのように折り合いを付けるかということに人生の問題を置かざるを得ないと考えているのようです。ですから小説は、二人の能力を持つ少年が、ある事件に対して、どのように接し自分の人生を定めてゆくかが描かれています。こういうところが全く推理小説的ではなく、青少年向けの小説のように思えてしまいます。


推理仕立のところもあるのですが、二人の少年が余りに純粋すぎ、そして痛々しく、また相手の心を読んでしまうという能力をネガティブに捉えすぎるため小説の雰囲気も内向的で湿りがちです。「クロスファイア」でもそうでしたが、能力を持つことに対する決意と責任感と悲壮感がひしひしと漂います。そして物凄い芯の強さを発揮して自分の役割をまっとうする様は、殉職という雰囲気さえ漂います。能力者を別に超能力に限定せずとも、個人に備わった色々な資質として読み替えることもできますが、そこまで深読みすることもなさそうです。


内容は文句なしに面白いことは請負いますがのですが、(ぐっと来る人にはこたえられないのでしょうが)私にはこの湿っぽさと生真面目さがちょっと苦手ではあります。彼女はスティーブン・キングがずいぶんお好きなようですが、宮部氏の小説はキングよりは遥かに上質で上品で、しかも毒がありません。それゆえキングのような善も悪も突き抜けた破壊力とは全く逆の作風で、いかにも日本人の作品なのだなあと思うのでした。