2004年3月3日水曜日

国歌、国旗についての読売新聞


本日の読売新聞社説は『[国旗・国歌]「卒業式も国際的標準を視野に」』とした上で、国旗国歌の重要性を説いていました。私を含めて、国旗、国歌に複雑な思いを抱く人は多いと思います。



読売新聞いわく


 先進諸国は共通して、学校での国旗、国歌教育を重視している。アメリカでは法律で、学校などの公的機関に国旗を掲揚することが定められている。自分たちの歴史や文化、アイデンティティー(自己同一性)を確認し、国の将来を構築していく意志を示すためだ。

 国旗、国歌を通じ子供に精神的な支柱を形成する取り組みが、グローバル化が進む今、以前にも増して重要だ。

国旗、国歌に限らず、国家とは何かという認識が重要であること、(国家なくして個人は国際社会で存在できませんから)国家によるアイデンティティの確立も重要であることは認めます。


学校においては、国旗掲揚及び国歌斉唱の実施は義務付けられていますから「国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われる」らしいです。


再度読売新聞に戻りますが、


 日本では、戦前の軍国主義体制への嫌悪感などから、国家について突き詰めて考えることを避け、国旗、国歌への態度も曖昧(あいまい)にする傾向が続いてきた。


とあります。嫌悪感とともに出されるのが贖罪意識あるいは自虐史観に基づいた歴史認識です。やはりそういう歴史を総括して清算しない限り、国歌、国旗問題、ひいては憲法9条問題も解決しないのではないでしょうか。外圧や対外的な脅威のみに依存した、安易な解決や改革しなくてはならないような雰囲気つくりに流されること、こういうことはやはり避けるべきだと思いますが、いかがでしょう。

若い歌手が「アカペラで国歌を歌いたい」と言う発言には、どう受け止めるべきでしょう。以前、忌野清四郎が国歌を歌いましたが、変にカッコよかっただけに不気味でした。


サッカーW杯などで無邪気に国旗を振る海外選手を見ると、うらやましいと思いますが、日本は何故国旗を振ることに罪悪感と抵抗感があるのでしょう。サッカーのオリンピック予選が始まりましたが、どうしてあんなに「国を挙げて」熱狂する雰囲気をマスコミは作り、それにまた皆乗ってしまうのでしょう。


アメリカは占領地に星条旗を立てて歴史を作ってきましたが、彼らには贖罪意識はありませんね。やっぱり連合国だからでしょうか・・・


右傾化や改憲派が与野党で趨勢を占めてきましたが、彼らや彼女らは徴兵制を前提(1)に議論しているのですか? 彼や彼女らは、自分たちの子供や孫を戦地へ送る覚悟ができているのですか?  戦地での彼らや彼女らに、相手が敵なら銃剣で刺し殺せと教えるのですか? 日本人が海外で銃弾に当たって死ぬことや、地雷や爆弾に当たって吹き飛ばされることを許容できているのですか?


国旗、国歌問題から飛躍しすぎかもしれませんが、こういう問題を考えると己の勉強不足と認識不足に、はっきり言ってうんざりしてしまいます。


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(1) 安直に徴兵制度と書きましたが、調べてみると現在の主流は志願兵制度ですね。現在の防衛強化の方向を、「徴兵への移行」などと考えるのは短絡すぎるようです。ドイツは徴兵制を残していますが、イギリス、フランス、スペインでは徴兵制は廃止されています。イタリアも2005年には完全志願制に移行する予定です。勿論アメリカも志願兵性ですね。日本が軍隊を持つとしても、志願制で人が集まらない状況にならない限り、徴兵制は採用されないという議論もあります。また、現代の近代化した兵器を扱うのに、期間兵では役に立たないとか、徴兵されたものを教育する体制にないなどの現実的な問題もあるようです。おっと、このエントリーは「国旗、国歌問題」でしたね。この手の問題は、まだまだ勉強不足のようです。