2004年3月30日火曜日

田中宇:「イラク」


田中宇の国際ニュース解説で「イラク日記」として今年はじめにサイトに掲載された記事が本になりました。


氏がイラクで見聞きしたことを通して、開戦直前のイラクの状況と、そしてアメリカの対イラク戦略というものが透けて見えてきます。



田中宇氏が2003年1月6日から19日までイラクを訪問したときのルポが中心となっています。本が書かれたのはアメリカのイラク侵攻の直前の時期で、氏自ら語っているように今となっては情報としては「過去の話」であると言えるかもしれません。また、氏の分析力を以ってしても3月1日の段階では「開戦の可能性は50%。どちらともいえない状態」とし、イラクのアメリカ侵攻は避けられるのではないかと思っていたようです。


結果はアメリカは国連決議を無視しほぼ単独でイラク戦争を始めました。田中氏の意図するところは、ジャーナリストとしての皮膚感覚を得るため、つまりは開戦直前のイラクが実際はどのような状態なのか、欧米の(そしてそれを垂れ流すだけの日本の)マスコミが伝えない状況とはどういうものなのかを、実際に確かめるためです。


その意味から、この本は私には興味深く読むことができました。開戦直前のイラクが、戦時に備えるという緊迫した状況ではなく、日常が続いていたこと、イラクという国は実は中東の中で非常に豊かな国であり、潜在的な発展の可能性を秘めていること、スンニ派、シーア派、クルド人などと分けて説明されることの多いイラク人が、個人的には宗派に関係なく親密であること、「戦争」となるのはひとえに「政府」が原因であることなどなど、色々と教えさせられる内容でした。


特にイラク人が勤勉で真面目であること、そして細やかな気配りのできる人であること、という説明は私には意外な思いで読みました。それほどまでに、アラブ人(と一くくりにできないこともわかりましたが)に対する情報の不足や先入観に満ちた情報に振り回されているのだなと。


田中氏はイラクで見聞きしたことを通して、アメリカの中東支配に関するアメリカ中枢部の思惑の裏側について独特の視点で解説をしてゆきます。アメリカのイラク侵攻をアラブの油田の権利と結びつけて説明する論もありますが、これも田中氏は「理論が中途半端」であると説明します。イラクの勤勉な素質と豊富な石油収入が結びついてイラクが経済大国になること、そして他のアラブ諸国の牽引役となる可能性のあること、これこそがアメリカがイラクを攻撃した最大の理由ではないか、と田中氏は示唆します。


アメリカは「大量破壊兵器の温存」を理由に攻め込みました。しかし、氏の本を読んでいると長年の経済制裁を受け、物資が不足していた国で、いくら裏貿易があったとしても大量破壊兵器を作る能力などあったのかと疑わざるを得ません。


田中氏が劣化ウラン弾の影響と思われる白血病や癌に侵されている子供の多い「バスラ小児科産婦人科病院」を訪れた際の担当医の言葉は痛烈です。


「アメリカは、劣化ウラン弾をばらまいて子供たちを病気にしただけでなく、薬の輸入を禁じて治療をさせないようにして、無実の子供たちを殺している。」


他民族国家であるイラク(自衛隊のイラク派遣でも話題になったように、更には様々な部族に分かれている)において、良くも悪くも独裁者としてのサダム・フセインが国家のタガとなってまとめていたことだけは確かです。民主政治VS独裁政治というくくりも、西欧社会の概念でしかないのではないかと考えさせられました。


「アメリカの(為政者に都合の良い)民主主義」、「アメリカの(国益だけのための世界の)保安官業務」、そのためならば一国の運命を弄ぶこともいとわない国。タカ派と中道派が世界戦略において覇権を争いながら世界をも動かしている国。日本はもっと情報と思考力においてタフさと深さが不可欠であると思わされる本でした。