2004年4月2日金曜日

国旗と国歌にまつわる話題3

大手新聞間で「社説」での意見交換が続いています。2日の朝日新聞社説によれば、朝日が3月8日と31日の2度に渡って国旗・国歌強制に対する反対を掲げたところ、産経新聞が4月1日の『産経抄』でそれを批判、また読売新聞も3月31日の社説で朝日を遠まわしに批判したというものです。(朝日の社説バックナンバーは読むことができません)




『産経抄』は数ヶ月前までは携帯で毎日読んでいたのですが、パッケット代を払ってまで読む内容でもないと思いその後チェックしていませんでした。読売の社説については私も31日のブログで紹介したばかりです。


産経や読売が右よりであることは今更論を待たないのですが、産経新聞は『都教委はあらかじめ[....]通達を出し、それに反した場合は懲戒処分の対象になることを伝えていた』ため処分された教師は『教師失格者であ』り、都教委の措置は『当然』と断じています。
いやはや。先ほど私が『産経抄』は読む内容ではないと書いたのは、あまりに産経の論調が一方的で同じ内容を毎日毎日繰り返しているだけのように思え辟易したためです(と書くと、産経読者から罵倒されそうですが)


朝日と産経の意見の隔たりは議論にさえなっていません。朝日や私が紹介した岩波の『世界』は、国旗・国歌強制そのものに対する異議であり、都教委の指導そのものが行き過ぎであるのではないかと疑問を呈しているのです。通達先にありきで、それを破ったので処分するのは当然ではお話しにも何もなりません。


朝日も2日の社説の反論では、


 さて、私たちの主張は何か。卒業式で日の丸を掲げるな、君が代を歌うな、などと言っているのではない。処分という脅しをかけて強制するのは行きすぎだと主張しているのだ。それがなぜ国旗・国歌を貶めることになるのだろうか。


と抗弁しています。


日本人は単一民族であると(一応は)されていますし、長く鎖国をしていた経緯や周りを海で囲まれていることなどから、民族意識、国歌意識が大陸諸国よりは薄いのかも知れません。あるいは、同じ島国であっても台湾や東南アジア諸国のように、植民地化の歴史がありませんから民族自立の意識も希薄なのかもしれません。アメリカのように巨大大陸でありながら建国の歴史が浅いことから、強力な国家意識が必要な国もあります。


私は朝日新聞を全面的に信用しているわけでは全くありません。そもそも、国旗や国歌がなぜ必要なのか考えてみる必要があるのではないでしょうか。日本は明治維新そして終戦と二度にわたって国民意識を根底から変革する事態に遭遇しました。過去の歴史と不連続であるわけです。「愛すべき日本」「護るべき日本」とはどのような「日本」なのか、考える必要があるのではないでしょうか。その先にこそ議論はあるわけで、表層的で不毛な国旗・国歌論争には飽き飽きです。


ただひとつ私の態度を明確にしておきますと、天皇の時代が永続的に続くことを歌った「君が代」を、私は国歌であると承服することは全くできません。それが歌詞抜きになったとしてもです。もしこれが日本の精神性を代表する唄であるとするなら、森元首相の暴言ではありませんが、日本はやはり美しい「神の国」という思想まで一直線でしょうに。