2004年6月25日金曜日

検証が可能であるということ

「CVID」「完全に、検証可能なやり方で、再生不能なかたちで破壊する(Complete, Verifiable, Irreversible Dismantlement)」とは北朝鮮の核開発プロジェクトに対するアメリカの主張です。これは北朝鮮に対するアメリカの強硬姿勢の現れとも取ることが出来るのですが、一方でイラクの大量破壊兵器に関してもそうであったように、北朝鮮やイラクが近隣諸国の武力が近隣諸国に対し脅威足りうるのかどうか、そこのところをアメリカ側の主張だけをもとにして信用してよいものか、疑問を感じもします。




政府の主張するイラク自衛隊派遣から多国籍軍への参加につながる判断についても、北朝鮮の脅威を前提とした上での国益を護るためと主張しているのですから、盲信・盲従でないことを願いたいところです。


日本国にはアメリカに匹敵する諜報機関も諜報能力も有していないのですから、アメリカの調査結果を正面切って否定することができないわけです。そういう意味からは、情報が著しく「非対称」であると言えます。検証などできないですし、アメリカの主張を疑問視する国との協調関係は全く築けていないように思えます。


相手に対し「完全に、検証可能なやり方で」と主張するからには、自身の調査結果についても本来はそうでなくてはならないわけですから、つまりは最近話題にした「外部監査」という機能が必要なのではないかと思うわけです。イラクの大量破壊兵器に対するパウエル国務長官の政略と詭弁に満ちた発現についても、世界各国は国益にかけてアメリカの妥当性を検証せねばならなかったはずです。


同じ話しは日本国内での年金問題や税金問題についても同様で、政府の示すバランスシートに対しての正当性を評価するようなことがあってこそ、新たな議論が始まるのではないかと、つらつら思うのでした。そういう意味では木村剛氏の活動に期待はしているのですが・・・ちょっと話しがバラバラでしたね。