2004年11月4日木曜日

映画:2046


ウォン・カーウァイ監督の<2046>を観てきました。木村拓哉が出演しているとか、アンドロイドに恋をするなどの近未来的な映像の宣伝にすっかり騙されてしまいましたが、この映画にSF的なものを求めるのならば、それは100%裏切られます。言ってみれば色男の女性遍歴と、彼が彼自身を求めて内面へと降りてゆく、非常に息苦しい映画なんですから。




何と言っても、カメラワークが異様ですね。2時間以上のこの作品、ほとんどが部屋の中で、それも人物がアップで描かれています。それも、手前や横に大きく部屋の一部が写りこむ形で写されていますので、観客はどこかから部屋を覗き見しているような感覚になります。


色男を演じるトニー・レオンですが、実際彼も映画の中で自分自身の過去を覗き込んでいるという設定ですから、こういう演出もありかなとは思いますが。(彼の役柄も、口髭も私の趣味ではないので、そこらあたりでも感情移入がしにくく、ちょっとつらかったりします)


映画にはアンドロイドなんてほとんど出てきません。もう少し伏線として列車の中でのシーンを重視して欲しいという気はしましたが、メインテーマではないので仕方のないところでしょうか。しかしアンドロイドが、その瞬間では気持ちが分からない異性へのアナロジーなのではないかと気付かせてくれます。


「俺と一緒に行かないか」と木村拓哉やトニー・レオンは繰り返します。しかし、それに相手の女性は無言で答えるだけ、彼らには自分がこんなにも愛しているのに、彼女らの拒絶の理由が分かりません。別れた数時間後に、彼女たちが悲痛の涙を流していたとしても、彼にはそれがわからないという意味で感覚が麻痺していて、其の瞬間には喜怒哀楽を表現できなくなったアンドロイド(数時間後に笑ったり泣いたりする)と相似であるということなのでしょうか。

過去に、思いを寄せた女性から拒絶された経験を持つ主人公トニー・レオンが、その後、次々と女性遍歴を繰り返すのも、宿泊先で知り合った日本人男性に自分の昔の姿を重ねるてしまうのも、自然な成り行きであるのかもしれません。


だからと言って、トニー・レオンのチャン・ツィイーに対する酷薄な態度は、感情的に許せなかったりするのですが、まああのくらいの態度を取れなくては「女遊び」などできず「色男」になどなれないのでしょう。それでも彼の心に忍び寄るのは、いつまでも離れない昔の想いであり「失われた愛」をもう一度みつけるために<2046>に旅立たなくてはならないのだとするのならば、彼の人生もそれほど華麗というわけではなさそうです。


彼らが、あるいは彼女らが何を打ち明けたかったのか、映画の中で何度か繰り返される「秘密の打ち明け方」。すなわち森の中の大きな樹の下に穴を掘って、秘密を埋めてしまうということ。そうまでして、自らの気持ちを押し隠し、そして解放せずにはいられないという狂おしいまでの欲求。彼らが求めた<2046>は主人公の書く小説の題名でもあり、書くという行為が彼の心を解放するのではありますが、しかし彼には遂に「ハッピーエンド」を書くことができないのです。娯楽小説ならば死んだ人間を再登場させることもした彼が、100時間も原稿用紙に向かってもハッピーエンドを思い描けないということは、救われない結末です。


映画はかように、派手さはなく内面的な故に、贅沢なまでにアジアのスターを結集させてはいるものの、ウケない人には全くダメなようです。同監督の<花様年華><欲望の翼>などを観ている方(私は観てない)には、更に評価は低いようです。個人的には充分楽しめましたし、チャン・ツィイーの魅力や、コン・リーの圧倒的な存在感など、アジアの女優の演技を鑑賞する意味でも価値はあったかなと思います。


あと、音楽も良いです。フルートの奏でる旋律は、楽譜が欲しいくらいです。


もひとつ、いくら宣伝とは言っても、この映画の予告編はムチャクチャです、これほど予告編と内容が乖離している映画も珍しいんではないでしょうか>え?映画を知らない人間の勝手な思い込みだって?


追記

俺の右手にいた、映画観ながらいで始終ケータイメールしていた女、映画館ではマナー守れよな。そうそう、木村拓哉出演のせいか、女性一人客が目立つ映画でした。彼女らの期待は果たして満たされたか?