2005年2月28日月曜日

近松半ニ:お染久松 新版歌祭文


二度の観劇(2/202/24)に及んだ「新版歌祭文 野崎村」ですが、これはもとは近松半ニ(1728-86)による人形浄瑠璃「お染久松」の心中物の第ニ場にあたります。実家には岩波書店の日本古典文学大系が新旧で全て揃っておりますので、旧版より「浄瑠璃集 下」を失敬し休日につらつらと読んでみましたが、なかなかに面白かったので、気付いたことをメモしておきましょう。







お染久松の心中事件は宝永五年(1708年)に実際にあった事なのだとか。それはすぐに歌祭文の種となって流布し、歌祭文も数種現存するのでが、狂言の骨子はだいたい同じで以下のような設定なのですとか。


お染の家は大阪東横堀瓦屋橋の搾り油屋で鬼門屋敷であったこと、お染は一人娘で十六歳であること、久松は子飼の丁稚であること、冬の間に結納を取り交わし、お染は一月十七日に山家屋へ嫁入ることになっていたこと、お染は既に妊娠五ヶ月で腹帯を締めていること、一家が山家屋へ節振舞に招かれて留守の間に、種蔵の前でお染は剃刀、久松は首をくくって死ぬこと



心中物ですから救いがないのですが、この物語に近松半ニはさらに「野崎村」の段を加えることで、他のお染久松心中物とは一味もふた味も違ったものに仕上がっているようです。可憐なおみつに着目し、久松の実家を書くことで物語に深みが増し、お染久松の決定版とも言える出来のようです。


その第ニ場「野崎村」が歌舞伎として上演されているわけですが、第一場は「座摩社の段」です。ここでは丁稚の久松が油屋の下男である小助に騙され(この小助というのが本当に悪党で、詐欺師、盗人、良心のかけらもないという奴)預かった商いの金を盗んだという濡れ衣を着せられてしまいます。


これがあるから、「野崎村」で久松が年末で忙しいというのに実家に戻されることにつながるのですね。そして、こうなったら病に伏せている母親を喜ばすために、母の連れ子のおみつと祝言をあげよう、という段取りになるわけです。

「野崎村」の原本には、歌舞伎と違って母親も登場します。久松とお染が心中まで覚悟していることを知って、おみつが投島田を切り五条袈裟をかけて尼になる決心をした後の有名な場面。


冥加ない事をおっしゃります。所詮望みは叶ふまいと思いの外祝言の。盃する様になって。嬉しかったはたった半時。無理にわたしが添ふとすれば。死しゃんすをしりながら。どふ盃がなりませふぞいな。


の後に、盲目の母親が、おみつの切髪を知らずに久松との祝言が無事に行われると思って


おみつの何をいやるやら。女夫になりゃるを此母も。悦びこそすれ何の死の。


という台詞につながります。そして母はおみつの花嫁姿を思い描いて


一世一度の娘が晴。定めて髪も美しう出来たであろ。裂笄に結やったか。(おみつ:イエ)そんなら両輪か。


と喜びをあらわにします。ここの場面があってから、


しらず悦ぶ母親の。心を察し誰誰も泣声せじとくひしばる。四人の涙八つの袖。榎並八ケの落し水膝の。堤や越ぬらん。見聞くつらさに忍び兼。お染は覚悟の以前の剃刀。なむあみだ仏と自害の体。


とつながります。そして母親が「何が不足で死るのじゃと」おみつに這いより、はじめて五条袈裟に気付くことになります。驚く母に、おみつは尼になって身をひいたことを知ります。この哀しみがあればこそ、お染が耐え切れずに


其の悲しみをかけるのも此のお染から起こった事。死るがせめて身の言訳。



とあいなって、お染、久松、おみつ、久作の「死ぬる、思いとどまって、サア、サア、サア」の見せ場へとつながるのですね(参考)。こういうやりとりがあればこそ、お染の行動にも唐突さがなく、切羽詰った緊張感が最高潮に達するのだと、つくづく思いました。そして其の後にお染の母親が登場し、場がひかれていくわけです。いやあ、面白い。



続くは「下巻 長町の段」そして「油屋の段」となっていきます。久松が和泉の国石津の御家中、相良丈太夫の息子で、「聊かの事で」家がつぶれ、久作がひきとり丁稚奉公をさせていることは「野崎村」で久作の口から伝えられましたが、家退転したのも吉光の守り刀を紛失した誤りでのことが明かされます。しかも、その刀、紛失したのではなく石津の家来鈴木弥忠太(こいつも小助と一緒になって悪事を働いたり騙されたり)が盗んだこと、そしてそれを質入れしている先が、お染の嫁ぐ予定の山家屋であることなどが分かってきます。(この質草でもまた捻りがきいているのですが)


殿様のお目出度に合わせて御赦免があるところから、何とか吉光を取り戻し、久松を和泉の国へ帰参させたいと思案する乳母のお庄も登場し、いよいよに奸計や騙りが渦巻きながら悲劇の終末へと突き進んでいくのですが、なかなかに複雑な物語仕立てになっています。さらには年の瀬の情景と、当時の大阪の世相が生き生きと描かれて、まことに興味がつきない作品となっているのですが、疲れたのでこれにて。