2005年2月23日水曜日

展覧会:ミュシャ@展東京都美術館



上野の東京都美術館で開催されているミュシャ展を観てきました。観る前は「ミュシャかよ~」という軽い感じだったのですが、観終わった後は、これほど大規模なミュシャ展はもう観ることができないかもしれないと思えるほどに充実した内容でありました。


本展は、ロンドンのミュシャ財団の全面的な協力を受けて開催されており、彼を有名ならしめた女優、サラ・ベルナールのポスターを始めとして、デッサン、水彩画、パステル画、油彩、切手、宝飾品、彫刻などなど、ミュシャの集大成といえるような膨大な240もの作品群なのですから、たまりません。


展示会場を歩めども歩めども、ミュシャ様式がこれでもかと迫ってくるので、しまいには眩暈がしそうになるのですが、これ以上の至福がありましょうかというほどの数時間を堪能することができました。




今更、ミュシャの個々のあの作品が良かったとかの愚評はよすとして、展覧会を通じて感じたミュシャそのものに関することを少しばかり言及しておきましょう。(まあ、これとて愚ですが)


今回はじめて彼のデッサンから彫刻までを観るにつけ、彼の作品について抱いていた「女性的」というイメージが見事に払拭されてしまいました。彼の様式美は、類稀なデッサン力の賜物であると同時に、幾つかの木炭やパステルを使った素描を見るにつけ、彼が非常に男性的な画風の持ち主であり、かつ平面における表現においても、対象をマッス(塊)として捉える力を有していることに源泉があると気付かされるのです。

例えば「主の祈り」の下絵などは、木炭の濃淡だけで描かれた素描ですが、人物の描き方が極めて面的かつ彫刻的です。この一連の素描を観ると彼が彫刻家のような立体感覚を有した画家であることが分かります。


そのようなスキルを持ったミュシャですから、彼の描いた装飾的にしてちょっと見、平面的なポスター群も、仔細に眺めると驚くほどの立体性を有していることに気付かされるのです。計算されつくした線の流れは勿論のこと、一本の線にさえ濃淡を付けながら面と線を構成してゆく様は、理知的な計算に基づいて描かれており、また一枚の作品の中で、仔細に書き込む部分と大雑把に描く部分を切り分ける
「選択と集中」は、時間軸にまで影響するような広がりを与えています。


これらのことは、彼の商品化された作品断片からは全く嗅ぎ取ることができなかったものです。


題材は女性が多いのですが、これとて女々しい表現は微塵もなく、線の大胆さ、構図の独創性、タッチのゆるぎなさなど、全てにおいて潔さと勢いがあり、極めて男性的な表現であることに気付かされます。彼がデビューした1895年頃の作品は、女性ファンがうっとりするような繊細さを兼ね備えていますが、1910年頃の作品になると画風が微妙に変化していることにも気付かされます。また画風とともに画題も変化してったようですが、それは彼が生きた時代とも無縁ではないのでしょう。


それにしても彼の絵を見ていると、密教の曼荼羅やら、仏像に付けられた装飾品やら、琳派やら色々な美術品を想起させてくれ全く飽きません。なんと芳醇にして贅沢な作品群でありましょうか。


先に個々の作品については言及すまいと書きましたが、ひとつだけ挙げるとすれば、彼を一躍有名にした、サラ・べルナール主演の『ジスモンダ』のためのポスター(216×74.2cm)が忘れられません。ポスター制作を依頼されたのが1894年のクリスマス、公演は新年4日から、元旦から張り出したいという要求だったそうです。あいにくクリスマスのためデザイナーは不在、ミュシャが大急ぎでデザインを仕上げ納期に間に合わせたのだとか。そうして見ると、確かに彼の作品にしては細部が甘いように見えますが、逆にそれ故といいましょうか、ポスターの力強さは圧巻で、当時のパリジャンの度肝を抜いたのではないかと思います。もう作品自体が伝説ですな、私は作品の前で震えてしまいました。


いずれにしても、3月27日まで開催しているようです。これを逃す手は絶対にないと(一部の人には強く)断言できます。


(追記)

ページに貼り付けると著作権とかうるさいので、私が買ったポストカード5枚、以下リンク。