2005年2月24日木曜日

ソニーPDA市場から完全撤退

CNET JAPANによるとソニーがPDA市場から完全撤退を決定したらしい。ソニーがPDAの海外市場から撤退を決めたと報じられたのが2004年6月であったから、わずか半年で全面撤退となったわけである。(Clala内関連記事:SONYが海外PDA市場から撤退)


9月には有機ELディスプレイを搭載したCLIE VZ90が発表されたが、私には時期をほぼ同じにして発表されていたVAIOやその他の同社内での類似製品との差異がよく理解できなかったし、大きくなりすぎたソニーが事業部間の調整が上手く出来ず、重複した開発投資を行っているように思えた。(Clala内関連記事:SONY CLIE VZ90


だから、10月にPalm Magazine(技術評論社)が廃刊となった頃には、記事で幾らソニーのCLIE担当者が「これからも期待していて欲しい」と言っても、いずれPDAは日本からなくなることを、はっきりと予感したものだ。(Clala内関連記事:Palmマガジンを読んで




思えば、数年前にPalmがまだ日本で花盛りであった頃から考えるとわずか3~4年程のことだが、IT業界における3年というのは、果てしない時間であり、その間に日本の携帯電話がいかに変化してきたか、その内容とスピードを考えるとPDAの末路は、ある意味で当然だったのかもしれない。(Clala内関連記事:Palm m500を購入  2001.9.18)


それにしても、PDAやスマートフォンのようなツールが日本においてほとんど受容されないという土壌は、文化の形成の仕方が欧米諸国と異なっているのか、あるいは消費の主流が彼国とは異なっているのか、おそらくは両者ともの理由だろうとは思うものの、これは言語の違いだけに由来するものなのだろうか、と考えてしまう。


もっともPDAが敗退したのは、文化の問題ではなく、単に通信機能が弱かったという点が最たるものであったのかもしれない。日本においてPalmがもてはやされたころのOSはPalmOS3.*で、このOSには通信機能はなかったハズである(ここらウロ覚え、フォローする気なし)。爆発的に普及を始めたインターネットとブロードバンド化の奔流の中にあって、ネットワークが他のPalmやPCとのシンクロに限定されたものでは、本体がいくら高性能であっても消費者には魅力がなかったということか。


逆に、彼国において日本的なケータイが受容されるだろうかということについては、例えば日本のアニメやキティちゃんが既に受容されつつあるのと似たような流れを辿るかもしれないとぼんやり思い、それは文化的に見てどういう意味を持つのだろうかと、つい小難しく考えてしまう>考えても分らんが。


��DAは小型のPCと携帯のハザマにあって、存在意義を主張しにくいものに成り果てたという気はしており、今後は携帯のPC化が益々加速するのではなかろうかと、個人的には期待しているが、はてさて日本市場を相手に商売しているメーカーたちは、次なる一手をどう打つのだろう。ソニーの撤退は携帯メーカーにとって全く興味ない話題なのだろうか。


ちなみに、私もCLIEを持っているが、最近は完全に「紙の手帳派」に逆戻りしている。(Clala内関連記事:手帳