2005年7月20日水曜日

ガロア/武満徹:海へⅠ


武満徹の「海へ」は全てアルト・フルートの曲ですが、伴奏によってギターとのⅠ、ハープと弦楽合奏のⅡ(1981)、そしてハープとのⅢ(1989)の三つのバージョンがあります。一番多く演奏されるのはⅠとⅢだと思いますが、このガロアのアルバムには全てのバージョンが納められていてお得です。






Takemitsu:I Hear The Water Dreaming


    ①I Hear The Water Dreaming ②Toward the SeaⅠ ③Le Fils des etolies ④Toward the SeaⅡ ⑤And Then I Knew 'twas Wind ⑥Toward the SeaⅢ ⑦Air


  • Patric Gallois(fl) Fabrice Pierre(hp) Goran Sollscher(g) BBS so.

  • 9/1999 London Warehouse
  • Deutsche Grammophon 453 459-2





ガロアが吹くのはChris Abellの木管フルート。最初の出だしから絶妙に抑制された音色が、モノトーンな武満の世界を提示してくれます。意図的なのか「尺八」的な表現も聴こえてきますから、先に聴いた高木綾子さんの「海へⅠ」よりも余程日本的な湿度を伴った演奏に聴こえるから不思議です。落ち着いていながらにしてスリリング、変に煽るようなところは全くない深い演奏です。


高木さんの演奏は、以前も書いたように音色表現の幅は広いものの、エネルギーレベルも高く挑みかかるようなチャレンジングな演奏です。それゆえに「人間と対峙する孤独な鯨」というような印象を受けます。一方でガロアの演奏は木管フルートというせいもあるのか、自制(自省)的で「対峙」や「闘争」はありません。ひたすらどこかに潜行する巨体が想像できるだけです。どちらも表現としてはありかなと思いますが。


武満はこの作品をメルヴィルの「白鯨」から次の言葉を引用して説明しています。


Let the most absent-minded of men be plunged in his deepest reveries...and he will infallibly lead you to water...Yes, as everyone knows,meditation and water are wedded together.


spiritual domainとか言われても実際のところは「なんのこっちゃ?」という感じなのですが、ガロアの「海へⅠ」を聴いていると、自分の深い部分と対話しているようで落ち着いた気分にさせてくれます。その意味からは私にとって非常に貴重な一枚です。


ちなみにガロアが木管フルートに興味を持ったのは武満徹のノヴェンバー・ステップスに影響を受けてのことだそうです。