2006年1月17日火曜日

恒川光太郎:「夜市(よいち)」



第12回日本ホラー小説大賞を受賞、林真理子氏、荒俣宏氏、高橋克彦氏らが絶賛している作品です。日本ホラー小説大賞は1994年に始まっていますが、大賞受賞作は今回の作品を含めてわずか6作品という、大変権威ある賞です(>本当か?)。何と言いましても第1回に始まったときは、大賞なしでスタートしたのですから!(佳作は板東眞砂子氏の「蟲」)


そういうわけで期待を込めて本屋に行ったのですが、開いてみますとスカスカの行間で七十数頁の短編小説。恒川光太郎氏のデビュー作であるらしく、ここは慎重を期して立ち読みで済ますことにしました(^^;;




で、読んだ感想ですが、荒俣さん・・・この小説のどこで「めずらしく泣」けましたか? 高橋さん・・・どこで「愕然となった」のですか? そして林さん・・・、文章にムダがなければ良いわけぢゃなかろうに、「文句なしの大賞」ですか? 皆さん大賞のボーダーが変わってません? というのが第一印象。


確かに面白いですよ、独特の雰囲気もグッドです。「悲しみをたたえたストーリー」であることも認めましょう。野球がうまくなって青空に向かってホームランを打っても、気持ちが晴れない、次第に高まる自己嫌悪と自らの存在を脅かす得体の知れない不安と恐怖。怖れ悩みながらも、「夜市」を待ち、そこに行くことを決心するには、大きな葛藤もあったことでしょう。


そういうプロットは理解した上でなのですが、私がこの作品から受けた印象は、感動とか恐怖とは別の、全体を覆う希薄さでした。主人公が大きな代償を払ってまで手に入れた「才能」に対する執着のなさと諦め。女性の恐怖感の薄さ、帰りたいという願望の希薄さ、言動の端々の不自然さ、弟の「逃げた」後の生活のリアリティの薄さなどなど・・・


小説の主人公達は、自ら陥っている出口のない状況にも関わらず、凍るような恐怖も、あくなき願望も、侮恨の声も発さないかのようです。主人公の青年が、最後は「夜市」の一部になることさえ、穏やかな諦めの中で認め、そして自ら進んでそうなろうとします。


この小説は、欲望とか願望とか才能とか、あるいは他者との関係性どころか自分さえもが、この世界においては、そんなに重要なものではないということ。彼女が指摘した「ゴミみたい」なものに我々が包まれていることを是認した地平の上に成立しているように思えます。それが主人公が代償の果てに手に入れた理想や欲望に対する諦念であるため、そこにある種のニヒリズムさえ感じてしまいます。


この希薄さが一種独特の静けさにつながり、この世にあらぬ「夜市」の雰囲気にマッチしています。でも、すっごく淋しい小説です。終わり方もハッピーエンドかバッドエンドかと論ぜられるようなものではない。うまいと言えば上手いのでしょうが、でもねえ、こんな小説で満足しちゃダメだっ!! もっと(下品でもいいから)「ガツン!」としたホラーが読みたい!という気持ちも否定できないのでした。(>今の時代の雰囲気に合っているのかと、思ったりもしましたが・・・)