2006年1月19日木曜日

遠藤徹:「姉飼」


18日に今年のA賞、N賞が決定したようですね。両賞とも実力派の二人ですが、おそらく読まないだろうなと(^^;;; さて、第12回 日本ホラー小説大賞
作品の感想
を先日書きましたが、そういえば第10回の本作は読まずにいたなと思い出し、こちらも短編なので、ついでですから(気は進まないのですが)読んでみることとしました。


大賞受賞作なのに今まで読まずにいたのは、この題名と表紙、そして帯に踊る文字にゲンナリしてしまい、これは私の読む作品ではないなと思っていたからです。読んだ感想としては、日本ホラー小説大賞を選ぶ選考委員の方々も随分ですねといったところ。当然ですが立ち読みです、細かいところはフォローできません。




とにかく、こういう作品を選んでしまう、選ばざるを得ないところに他の作品のレベルやテーマの飽和度を感じてしまいます。選考委員の方々も、新たな地平とか刺激とか、可能性に偏りすぎているのではないかと思ったりします。ダメなものはダメです。これが「選ばれるとは思わなかった」というのなら、選考システムがオカシイ。


「加虐過剰」とか「別の次元から送られてきた作品」とか評されていますが、想像力は貧困で、どこか同人誌的な匂いを感じます。マニアックでフェティッシュな同人誌系(読んだことないですが)にありがちな、作者と読者の妄想を最大限に膨らませた、狭い世界での異形のファンタジーですね。これが秋葉原とか中野のような場所で売られているのなら文句もつけませんが、一般書店の一等地に売られていることは少し異常です。


人間の理性が崩れてく様を描くとしても他にやりようはあるでしょうし、ここには確信犯的なグロテスクとサディスティックさしか私には感じられません。倫理観も小説観もブチ壊し、あえて賞に挑むという点からは「選考委員への挑戦か!?」というのは当たっているかもしれません。江戸川乱歩や谷崎潤一郎のような耽美を今更求めるわけではありませんが。


唯一秀逸なのは「姉飼」という題名でしょうか。「姉」という言葉と意味の無関係さ、奇妙なズレ感とザラついた嫌悪感。このセンスでもっと別な世界を書いていてくれたのなら、印象は違ったか。一番コワイのは内容ではなくて小説の「題名」なんですから。


この作品を読んで、日本ホラー小説大賞の底はとっくに割れていたと考えるか、光明と捉えるか。いずれにしても、好きにはなれない作品です、ああ読まなきゃよかった。

追記


えんどう・とおる 1961年神戸市生まれ。東大文、農学部卒業後、早稲田大大学院博士課程で学ぶ。現在、同志社大言語文化教育研究センター助教授。研究書に「プラスチックの文化史」「溶解論」など。京田辺市在住。


あちゃ、同世代ぢゃん! もっと若い人と思っていました。