2006年2月14日火曜日

絲山秋子:沖で待つ~第134回芥川賞受賞作


第134回芥川賞を受賞した絲山秋子氏の「沖で待つ」が文藝春秋3月号に掲載されているので読んでみました。読んだ感想としては、これが現代の純文学賞のレベルなのかと疑問符を持つものでありました。

作品そのものは、懐かしくて、いとおしいくらいに切ないテーマーを扱っている点で秀逸だと思いますが、一方でこのくらいのテーマと内容であればコミックの世界を探せば類似の作品は幾らでもあるのではないかと思ったりします。


瑞々しさや優しい気持ちには満たされるのですが、なんだか、私が文学に求めるものとは違っているなと。純文学とはなどと論ずる気は毛頭ありませんが(論じる土台もないし)、あまりにもフツー過ぎて拍子抜けといいますか・・・。純文学はやっとマンガの世界に追いついたってことなんでしょうか。(具体的にどのマンガ作品に似ているかと言われても困りますが)


賞の選考者の多くが本作の「新しさ」や(河野多恵子氏)、総合職同期入社の男女という関係性(黒井千次氏)、あるいは友人以上恋人以下の関係(山田詠美、高樹のぶ子、池澤夏樹氏)を描ききったことに評価を与えていますが、石原慎太郎氏のように「本質的主題の喪失」とまでは思わないものの、作品と評者の座標軸のズレを感じないわけではありません。村上龍氏が選評で本作に全く触れないのは彼らしいか。


補足しますが「芥川賞」と考えなければ良い小説です。「芥川賞」とか純文学とかに、とっくに意味などなくなっているということなんでしょう。「○○賞」とは、賞の権威で雑誌やら本を買ってしまう、浅はかな私のようなヲヤジのためのキャッチコピーでしかなかったか。