2006年2月3日金曜日

モーツァルト本

今年はモーツァルト・イヤーということですからCDショップに行きますと、モーツァルトの「有名なところ」だけ集めたCDが山積みだったり、モーツァルトのコーナーができています。昨年の「のだめブーム」や東芝EMIの「ベスト・クラシック100」のヒットなどもあり、(どうみても普段はクラシックなんて聴きいていなさそうな)若者たちも、それらのCDを手に取ったり視聴しているのを目にすることができます。


クラシックの裾野が広がる意味では喜ばしいことだわいなあと素直に受け止め、しかしモーツァルトはどうして世界中で「フィーバー」になるのだろうか、考えてしまいます。



少し古いですが「音楽の友 1月号」では海老澤敏氏が『後世に受け継ぐべき「鳴り響く文化財」』と題して特別寄稿されていました。海老澤氏もシューマン歿後150年、バッハ歿後250年などと比較しても、モーツァルトがまさに異常ともいうべき扱いを受けていると書いています。氏は日本におけるモーツァルト研究の第一人者ですから、モーツァルトの商品化やメディアの情報供給からくるモーツァルト像の歪曲化などを危惧しながらも、モーツァルトという奇蹟の文化財を後世に受け渡してゆくことを切に願っています。


従来からの研究者やファンも同じような思いかも知れませんが、モーツァルトがここまで「商品化」されるほどに人気なのは何故なのでしょう。以前も少し触れましたが、昨年から4冊ほどモーツァルト関係本を読んでみました。


  • H.C.ロビンズ・ランドン:モーツァルト 音楽における天才の役割(中央公論社)1992年初版
  • 井上太郎:わが友モーツァルト(講談社現代新書)1986年初版
  • ピーター・ゲイ:モーツァルト(岩波書店)2002年初版
  • 井上太郎:モーツァルトと日本人(平凡社新書)2005年9月初版


今までモーツアルトはあまり馴染まなかったのですが、彼の生涯は非常にドラマチックであり、多くの研究者の興味をそそらせる存在であることは、4冊の本を読むだけで改めて知ることができました。最初の2冊は1991年、モーツアルト歿後200年の時に購入したものの再読。絶版本のようですが、わざわざ探して読むほどではないと思います。(同類の書は他にもあるだろうと思われる故)


ピーター・ゲイ氏の本は、手紙からの引用を豊富に用い、モーツァルトと父親の関係に重点を置いて記述している点で一読の価値があります。最近出版された井上太郎氏の本は、「モーツァルトへの愛」が紙面から溢れるばかりで、モーツァルト愛の薄い私などには、ちょっと辟易するところもある文章です。なぜ「日本人」はモーツァルトが好きなのか?ではなく、「私はかくもモーツァルトが好きである」というモーツァルトに耽溺したごく私的な心の軌跡を、小林秀雄、河上徹太郎、大岡昇平、吉田秀雄、遠山一行を引用しながら吐露した本です。ああ・・・吉田秀和氏の初期のモーツァルト論でも再読したくなりました。