2006年2月13日月曜日

映画:ホテル・ルワンダ

k-tanakaの映画的箱庭で何度も紹介されていました、話題作「ホテル・ルワンダ」をユナイテッド・シネマ豊島園で観てきました。あちこちで絶賛の嵐ですから、あえてここでは内容の詳細については触れません。



映画は本当に良く出来ています。メッセージ性も極めて高く感動的です。日々報じられるメディア裏側の真実とメディアの限界、国連平和維持軍の実態などイロイロ考えさせられますが、素直に訴えかけるのはドン・チードルが演じるホテル支配人ポール・ルセサバギナの家族愛と行動力。


彼が最後までホテルマンとして振舞ったことは、一見滑稽でありながら極めて意義のあることです。彼が「アフリカ人」であるがゆえに、彼の勤めるベルギー系4星ホテルの「支配人」にはなれても決して「オーナー」にはなれない。はからずも国連平和維持軍のオリバー大佐に指摘され、彼も自分が「思い上がっていた」ことに痛烈な侮恨を感じますが、それでも彼を支えているのは「ホテルマンとして社会に位置づけられていた自我」であることを映画は描いています。それを捨てては全ての繋がりを失う。


彼は高邁な理想を持ったヒーローでもなければ、ハリウッド的超人力を発揮するわけでもありません。また家族を守るためだからと自ら武器を持つこともありません(持とうともしない)。銃声の鳴り止まぬ絶望的な状況の中で、彼は限りない家族愛を示し、ホテルマンとしての矜持を失わず、可能な限りの等身大の行動を取ります。ポールが家族と別れホテルに残ることを突然決心したことも、彼が高次の人間愛に目覚めたというよりは、彼のものであったホテルに「客」が残っている以上、それ以外に選択できる行動がなかったのだろうと思います。


この映画を観ることは、やたら政治的になることよりも、自分の中に「内なるルワンダ」が居るかもしれないことを恐れると同時に、自らの「ポール的なるもの」を問い直すことになるような気がします。ラストのポールの言葉「いつでも部屋は空いていた」は、全てを言い表しています。