2006年3月5日日曜日

バッハ:インヴェンションとシンフォニア/グールド


定期的に拝読しているブログ日用帳『インヴェンションとシンフォニア』についての言及がありました。グールドの盤がiTunesに入れてあったなあと思い出し、エントリで触れられている四方田犬彦氏の文章を読みながら演奏を聴いてみました。



グールドの演奏はインヴェンションとシンフォニアを交互に、演奏順番は1、2、5、14、11、10、15、7、6、13、12、3、4、8、9になっています。探してみたらシフの盤もiTunes内に入れてありました。こちらは律儀にインヴェンションとシンフォニアを別々に、しかも数字の並びです。


さて、モンダイの9番をグールドは一番最後にもってきています。ひとつの演奏世界を形成するように配置したのでしょうか。iTunesのライブラリで7、8、9、10となるように入れ替えて繰り返し聴いて見ますと(グールドの意には反するでしょうが)、四方田氏が指摘するように9番の異質性が際立ちます。二声から三声に移る部分は、指摘されれば確かにゾッとした気分になります。四方田氏は向こう側の世界から強い力と書いていますが、何気に聴いていてもグッとどこかに惹き込まれてしまうような強烈な引力を感じます。


特にグールドのベタっとした演奏で、この部分だけリピートして聴いていると、だんだん無気力になってきます。試しにシフの盤でもインヴェンションとシンフォニアを交互に配置して8、9、10と聴いてみましたが、9番の重みが変わることはないものの、最後の和音の響き方は両者でまるで違っています。グールドのそれは、死や祈りを暗示するのに対し、シフは決然と明るい終結で締めています。


「インベンションとシンフォニア」はピアノを習った人であれば、演奏したことがある人も多いでしょう。私はピアノはやりませんが、家には古ぼけた家内の楽譜が本棚に納まっています。バッハの鍵盤作品の中で、この曲を少し軽く見ていたところがありますので、四方田氏の文章(引用だけですが)を読むまで、この曲の魅力に気付きませんでした。バッハの音楽は、ことさら感情を込めなくても、楽譜の通り演奏すると、その人のレベルに応じて音楽が語ってくれると、以前に聴きいたことを思い出しました。