2006年3月19日日曜日

歌舞伎座:三月大歌舞伎 夜の部


歌舞伎座で三月大歌舞伎の夜の部を観てきました。今月の公演は十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言を兼ねており、昼の部では仁左衛門による「道明寺」が、夜の部では我當による「近頃河原の達引」が演じられています。


昼の部の道明寺や吉野山も観たかったのですが、休日の11時前に自分を東銀座に立たせることは困難ですので、夜の部を観ることにしました。夜の部は先の演目に続き、富十郎と菊之助による「二人椀久(ににんわんきゅう)」、そして幸四郎による「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」です。


今回はイヤホンガイドを借りて観劇をしました。


賛否はイロイロありましょうが、夜の部で一番良かったのは「二人椀久」です。この舞踏は遊女松山(菊之助)に入れあげて発狂してしまった大坂の豪商椀屋久兵衛(富十郎)が、松山を恋焦がれて踊るというもの。富十郎と雀右衛門の当たり役ですから、今回初役となる菊之助には少し荷が重過ぎる、というのが従来からの歌舞伎ファンの感想かもしれません。確かに雀右衛門が全盛であったなら、それはそれは素晴らしかったであろうと思います。あの年齢でありながら雀右衛門はいまだに妖艶なオーラを放っていますから。


しかし、この踊りを始めて観る私には、松山を演じる菊之助の若さと美しさ、久兵衛との恋の駆け引きや廓遊びの艶やかさ華やかさなど充分に満喫することができました。最後に松山が消えた後の舞台の上の虚しさとはかなさは格別でありました。また「劇場の天使」というブログのハンナさんの感想とはとは全く異なって、舞台からは「濃厚な官能」をビンビンと感じました(演じている二人の年齢差など全く関係なく)。ハンナさんは続けます


大ベテランでこの踊りで一時代を築いた富十郎と初役の菊之助に同じレベルを求めるのは酷な話ではある。


通の眼から観ると、それほどまでに違いがあるのでしょう、それは否定しません。渡辺保氏も菊之助の松山は初役で仕方がないが、体が硬く、動きが重い劇評で書かれいます。でも私にとっては、この「二人椀久」は良かった。


それにしても今風に言うならば、キャバクラ嬢に入れ揚げて、挙句の果てに昼間(夜か?)から幻想を観てさ迷い歩く・・・という風情。歌舞伎にはこの手の退廃的なテーマが多いですなあ。「保名」にしても恋に迷って踊り狂うというテーマでしたよね。


つづいては「水天宮利生深川(すいてんぐうめぐみのふかがわ)」。明治維新により武士階級がなくなり、筆職人として極貧生活を強いられる船津幸兵衛(幸四郎)の物語。妻に先立たれ、借金取りに追い立てられ、乳飲み子や眼の不自由な子ら三人を養うことができないあまり、幸兵衛は一家心中を図りますが、あまりの苦悶に気がふれてしまいます。この演目は泣かせとともに、この発狂に至る演技が見ものになっています。歌舞伎には、こういう具合に「発狂する過程」とか「酩酊してゆく過程」を純粋に楽しむという嗜虐的な嗜好があります。


幸四郎は、こういう芝居はなかなかうまく、ついつい引き込まれてしまいます。しかし、ふと我にかえると、演技の余りのリアルさに「これは歌舞伎なのだろうか・・・?」という疑問が胸に沸いてこないわけではありません、どこかナマすぎる、幸四郎の演技は歌舞伎と現代劇のギリギリの境界を行ったりきたりしている。そういう点に抵抗を感じないわけでもありません。


芝居は河竹黙阿弥による明治一八年(1885年)の作。ツケも浄瑠璃も入る歌舞伎のスタイルを踏襲したものですし、ラストのハッピーエンドも、あまりにお気楽な歌舞伎的ファンタジーの世界を描いています。もっとも私はこれがなければ暗い気持ちで歌舞伎座を後にしなくてはならなず、救われません。


さて肝心の十三世片岡仁左衛門十三回忌追善狂言であった「水天宮利生深川」は、あまり書くことがありません・・・というか、寝てしまいました(^^;;; つまらなかったというわけではありません。体調が悪かったのです。


「近頃河原の達引」も「水天宮利生深川」も、貧乏な市井のつつましい人たちが主役になっていますが、舞台では極貧はあんまり観たくないなあと。莫迦らしくても退廃でもいいから、豪華で華美で阿呆のような放蕩の方が歌舞伎的精神にはあっているかなと・・・。生活が苦しくて発狂するってのは、なんだかドストエフスキーらの描いたロシアを彷彿としてしんどいです。