2006年9月21日木曜日

モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番、第13番/ファジル・サイ





    モーツァルト
  1. ピアノ・ソナタ第13番変ロ長調K.333
  2. キラキラ星変奏曲(「ああ、ママに言うわ」による12の変奏曲ハ長調K.265)
  3. ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330
  4. ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331《トルコ行進曲》
  • ファジル・サイ(p)
  • 1997年9月、パリ
  • WPCS-11742

ファジル・サイのモーツァルトがとても楽しい。モーツァルトのソナタ集では1953年録音のギーゼキング盤などが昔の定番であったように思えます。その中からいくつかを聴いてみますと音質は悪いものの、硬質にして男性的、そして理知的な(結構表現は激しい部分もありますが)モーツァルトを聴くことができ、今でもその価値は失ってはいないと思います。

しかしサイのモーツァルトを聴いてしまうと、録音の新しい古いを越えて、サイの音楽の瑞々しさと真新しさに驚いてしまうのです。

例えばK.330です。この曲はアインシュタインが「かつてモーツァルトが書いたもっとも愛らしいもののひとつ」と評したとのこと。今時の小学生か中学生でも弾きこなしてしまうのではないかと思えるような平易明朗な曲。しかし、この弾むようなリズム感、生き生きとした躍動感はまさにモーツァルトの天才にしか成しえない作品。サイの装飾音符の切れ味と小気味の良さ、音楽からあふれ出す喜び。第二楽章の、長調の曲に一瞬翳る憂いと気だるさ。第三楽章で再び蘇る若さの弾力と美しさを、サイの演奏は十全に表現していることに驚きます。ところどころ、左手バスの響きがはっとするほどに重く力強く(しかし粗くない)、曲に深みを与えています。まるでフィギュアスケート選手の華麗にして力感あふれる繊細な演技が描く氷の弧を眺めているかのよう。ラストのドライブ感とそれに続く強打も利き処。

K.333も同様に流麗軽快な曲。アンダンテ・カンタビーレの第二楽章はことさらに美しく、暖かい日差しの中でウトウトとまどろむがごとき曲想、しかしここにもモーツァルト的な深刻ならざる翳りが差します、このアンニュイがたまらない。冒頭の主題に戻ったときの柔らかな安心感の格別さ、全ては夢の中。再現部をサイは提示部よりも華麗かつ繊細に弾きます。とにかく聴いているだけで幸せが二つくらい増えたような気にさせてくれる曲。サイの演奏に喝采。

もっとも、17のピアノ・ソナタひとつづつの魅力や特徴を書き分ける能力は私にはないので、上の感想も、どちらがどちらのものか良く分からないのですが・・・(^^;;


どの曲でもサイは唸るように歌っていてます。それが気になるといえば気になるのですが、まあ、唸る人は他にもいますから、多めにみるとしましょう。