2006年10月1日日曜日

ファジル・サイ ピアノ・リサイタルinパルテノン多摩

パルテノン多摩でファジル・サイのリサイタルを聴いてきました。



  1. モーツァルト:「ああ、お母さんに聞いて」の主題による12の変奏曲 ハ長調 K.265
  2. モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331《トルコ行進曲付き》
  3. モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
  4. J.S.バッハ(ブゾーニ編):シャコンヌ
  5. ベートーベン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 op.57《熱情》


  • 9月30日(土)19:00 パルテノン多摩
  • ファジル・サイ(p)





本日のプログラムはCDなどで「お馴染みの」、サイ得意の曲ばかりがズラリと並んだもの。最初の曲もモーツァルトの《キラキラ星変奏曲》と非常に親しみ易い曲から始まりました。


サイのモーツァルトは聴いていて、心の底が浮き立つような、うれしくなるような、そんな演奏です。私の席からはサイの口元が良く見えたのですが、モーツァルトの愛すべき曲が心底好きなのか、始終唄いながらピアノを弾いています。彼のピアノは弱音の美しさ、独特のタメとドライブ感が特筆モノだと常々感じています。今日の演奏でもそれを充分に味わうことができました。解釈はCDとほとんど変わることがありませんが、彼が舞い散らしたモーツァルトの花びらは風に舞ってホール中に散りばめられた感さえあります。


休憩をはさんでのバッハは、CDで聴くより余程迫力のある演奏。ブゾーニ編曲による、まさに壮大な建築物を構築するかのような音楽が奏でられました。ただCDでもそうなのですが、これほど彼の演奏に心酔していても、実は今ひとつシャコンヌには共感ができません。音が多すぎて濁りがあるのか、サイ独特の美しさが現れないような気がするのです。


しかしベートーベンは圧巻でしたかね。ともすると猛烈な第三楽章ばかりに関心が向いてしまいますが、今日の演奏では第二楽章の素晴らしさが際立っていた。祈るかのような第一主題が優しく奏でられた瞬間に、そのあまりの美しさにあいた口がふさがらず、この場でサイの音楽を聴けたことを心から感謝しました。


演奏姿を見て分かりましたが、弾き始めと同時にサイの両手は鍵盤を踊ると同時に空中を舞い、あたかも指揮をしているかのよう。曲にあわせて揺れるのみならず、ほとんど客席に向かって語りかけるかのような仕草。左足はソフトペダルを操作しながらも常に拍子をとっている。曲が興に乗ってくるとメタボリックな全身がリズムと化した様に弾み、演奏にも一層ビートがきいてきます。このノリの良さ!


アンコールの《ブラック・アース》はYouTubeの画像でしか接したことがなかったのですが、特殊奏法の部分がこんなにも効果的だとは、実際に聴くまでは思いもしませんでした。この曲にもサイの美学が散りばめられていて、一瞬ウィンダムヒルかと思う部分もなきしもあらずですが、それもよしです。アンコールの後の2曲には文句の付ける余地などあるはずもありません。ベートーベンから上がりっぱなしになったテンションは、最後に一音で最高潮に達し、思わず「ブラボー」と叫んでしまいました。


今日の演奏会を振り返ってみると、実は変奏曲のオンパレードだったのだと気付きました。K.265は12の、K.331は第一楽章が6つの、バッハは30の、そしてベートーベンの第二楽章は3つの変奏が聴かれます。もっともシャコンヌの変奏を全て聴き取ることは至難の業ですが。クラシックもジャズも結局はソナタ形式を含めて主題と変奏の展開の音楽ですからね・・・(^_-