2007年1月7日日曜日

サイモン・シン:暗号解読

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絶妙の筆致で読ませてくれたサイモン・シンによるフェルマーの最終定理に続く、暗号解読にまつわるドラマ。


なんといっても、あれだけの数学的難問にまつわる物語を、感動さえ与えながら数学史と人間ドラマとして仕立て上げたサイモン・シン、本書の面白さはまさに折り紙付きです。amazonのカスタマーズ・レビュも現段階で47もあることが、それを裏付けています。分厚い本が、またたくまに繰られていく、これぞ読書の快楽。





暗号作成に素数や量子論までが使われているなどという、いままで雲を掴むような話だったことを、いとも簡単に思わせてしまうところがシンの凄さでしょうか。難しいことが難しく書かれていない、分かりやすく、それでいて本質的。そしてワクワクするほどに面白い。技術紹介は、無理に「引き下げ」ているわけではなく、何故そういう技術が必要なのかから始めるから流れが分かる。そして、そういう高度な技術や技術者に対する強いリスペクトがある。


暗号作成者と暗号解読者の激闘、戦争の持つもう一つの姿、コンピューターテクノロジーを含めた科学の進歩などが次々とあぶり出されてきます。そして技術論や科学史を描きながらも、しっかり人間を描いているところに感動があります。主要な人物は可能な限り写真が挿入されており、シンの書く人物像を補ってくれる点も効果的です。


多くの孤独な天才達の物語にも興味は尽きませんが、印象的な点をひとつだけ上げるとすると、暗号解読(ドイツ軍のエニグマ機の暗号)にかけた英国の意思決定と行動力でしょうか。ブレッチレー・パークに可能な限りの人材を集めよと指示し、数学者や言語学者のみならず、焼き物の名人、元プラハ美術館の学芸員、全英チェス大会のチャンピオン、トランプのブリッジの名人に至るまで幅広く集めたということ。


八方手を尽くせとは言ったが、ここまで文字通りにやるとはな(P.244)

ブレッチレー・パークに集まった暗号解読者たちを訪ねた時のウィンストン・チャーチルの言葉です。


まさに組織は「人の強みを生かす」ように(人の弱点を補うように)作られ、各人が確実な成果を上げたということ。結果としてチューリング・マシンを初めとして、コンピュータ科学の第一歩を踏み出したこと。まさに「プロジェクトX」の世界であります。


恐怖こそは暗号解読の主たる駆動力であり、逆境こそはそれを支える基盤なのかもしれない。十九世紀末にフランスの暗号解読者を駆り立てたものも、強大化するドイツを目の当たりにした恐怖と逆境だった。(P.198)


戦争とともに発達した暗号は、現在ではIT技術と深く結びつき私たちの生活に不可欠なものになりました。現在は戦争の恐怖ではなく、個人を含めた情報保護という観点から高度な暗号が求められています。暗号の進歩は量子暗号システムが可能になったとき、そこで止まるとシンは最後に書きます。


物理学の歴史の中でもっとも成功を収めた理論である量子暗号によれば、(解読することは(*1))原理的に不可能なのである。(P.463)

あまりにも壮大な戦いの終焉。
  1. 本文では

    アリスとボブが取り決めたワンタイム・パッドの鍵をイヴが正しく傍受することは

    と書かれています。アリスが情報発信者、ボブが受信者、イヴはそれを傍受しようとする第三者。暗号の作成と解読には「鍵」の授受が一番の問題なのです。