2007年6月15日金曜日

[NML]テンシュテットのブル3に驚愕


とんでもない演奏を聴いてしまった、それもNMLで! 


メジバロももう行けないし、ガッティのオペラはチマチマ訳しながら聴いてはいるが、仕事も相変わらず忙しいし、ということで、天秤座+AB型のバランス感覚ゆえベタな方にベクトルが傾いた。そして、何気にブルックナーの3番を聴いてみようという気になったのである。


そもそもブル3はCDさえ持っていない。従って、あまり期待していなかったし、軽い気持ちで聴きはじめたのだ。





しかし、これは何と言う演奏であろうか。そして、これはブルックナーなのだろうか。いや、確かに、第一楽章冒頭の弦とホルンの静かな始まり方、盛り上がる部分でのオーケストレーションの騒々しさはブルックナーではある。しかし、だ。第二楽章の半音階など、一瞬トリスタンだし、マーラーを思わせるところもある。


テンシュテットが振るのは、バイエルン放送響。1976年11月4,5日のミュンヘンでのライヴ録音だ。実のところテンシュテットのブルックナーは少ない。この演奏も正規版としてファン待望の盤として発売された。


それにしてもだ。全く予想を覆す演奏である。ブル3がこんなにも面白い曲であったなんて! 何度感嘆符を付けても足りない。どんな演奏かは、私の拙い感情的な感想を読むより以下を参照すると良く分かる。




その凄まじさは、許氏がおそらく生で聴けばホールの天井が抜けるのでは、いやそれより聴いている人間の神経が持たないのではと驚愕するであろうことと書くように、第一楽章から全開なのである。この爆発するエネルギーと重さはどこから生ずるのか。フォルテッシモにおける、何処までも突き抜ける金管の咆哮、恐ろしいほどの低弦の分厚さ、打楽器の確かさ。弦の旋律の滑らかさと質量感。ああ、なんていいオケなんだ。


ちょっとでも聴いてしまうと、鷲掴みにされたまま終楽章まであっという間に連れて行かれる。第一楽章も凄いが、第三楽章のスケルツォから終楽章にかけては、もはや言葉も発せられない。ダダダ・ダッダッダッの付点的な、いかにも野暮なスケルツォにミニマル音楽のような弦の伴奏が絡まり、猛烈な演奏を繰り広げる。 終楽章冒頭はゲンダイ音楽さえ彷彿とさせるが、それも一瞬で、再び凄まじい熱い激情の奔流が渦巻く。ラストのティンパニのロールのクライマックスは鳥肌もの。


いやはや、再度問う。これはブルックナーなのか。これがブルックナーなのか。いや、それに意味はない。これもブルックナーの一つの姿なのかもしれない。細かいことは私には分からない。私は何度も聴いた。そして、こういう演奏を心底凄いと思う。こういう盤があるから、クラ聴きは止められない。


ただし、好みは分かれる、保障はしない。そして、こんな演奏をNMLで聴いていていいのか?(>いいって、買わなくて) こんな演奏に感動する私は、やっぱり、冷静なバロクーにはなれないか(苦笑)