2007年7月2日月曜日

[TV] 言葉で奏でる音楽~吉田秀和の軌跡~


7月1日のNHKでETV特集「言葉で奏でる音楽~吉田秀和の軌跡~」が放映されていました。最初の十数分を見逃したものの、他に並ぶ者のいない音楽評論家の姿を眺められたのは、なんだかとても僥倖であったと思います。


彼の音楽評論は、結構読んでいます。『主題と変奏』などの初期評論も、一時絶版であった全集を神田古本街で探しまわって入手したものです。彼の文章には音楽や芸術への愛が溢れていて、素直に敬意を感じるのですよね。そして、音楽評論の内容云々を越えてしみじみとした気持ちになってしまうのです、それが彼の文章の魅力でしょうか。


そんな吉田氏が、カメラに向かって語る言葉にも偽りはなく、真摯な姿勢が滲み出ており、やはり文章通りの人であったなあと思い嬉しく思ったものです。


戦後、吉田氏は内閣情報局を辞します。引き止める上司に「食べていくくらい、なんとかなるだろう」と応え、音楽について書く道に入ります。「書きたいことはあったし、書こうとしているものは、世界で誰も書いたことのないものだと分かっていたから」なのですとか。小林秀雄について語る時の彼の逡巡。「小林さんの文章にはカデンツァがない。飛躍がある」という批判。「小林秀雄よりも自分は音楽を語れると思った」「彼よりもずっと『音楽』を勉強している」という自信。でも、「あの文章(『モオツァルト』 )はまさに小林氏にしか書けないもの」なのだと。そこに彼の小林氏に対する複雑さが込められています。


原稿用紙に万年筆を走らせ、雑誌に載せる楽譜は自ら写譜しヤマト糊で貼り付ける。原稿を書くということは「こういう手作業」から生ずるものなのだと、そして原稿を書くことよりも、校正することの方が「楽しい」のだと。そして、自らの手作業の楽しさについて、画家のドガを引き合いに出してこう説明します。「ドガが木の葉っぱを一枚一枚描いているのを、詩人のヴェルレーヌが、面倒ではないかというようなことを尋ねた。ドガは画家というのは、そういう風にして葉っぱを描くことそのことが楽しいのだよと答えた」 


あまりにも有名な「ひび割れた骨董品」の書評についてもコメントしていました。私は、吉田氏がそれを語るときの、言い知れぬ深い愛惜をこめた悲しい口調を、吉田氏の映像とともに忘れることはないでしょう。そしてまた、次の言葉も。


結局は、バッハ、モーツァルト、ベートーベンに尽きるなア。バーバラが死んだ後、音楽を聴く気にもならなかったけれど、バッハの音楽は邪魔をしないんだ。

インタビューアは堀江敏幸氏でありました。不勉強にして私は彼を知りません。どうやら小説家にしてフランス文学者らしいです。吉田氏と対談できるという機会を得たにも関わらず、インタビュアーとしては少々役不足と感じられたことは否めません。