2007年12月10日月曜日

小川洋子:薬指の標本




小川洋子という作家の作品が映画化もされ話題になっていることは知っていました。しかし積極的に読みたいリストには入ってはいませんでした。日経新聞夕刊で12月3日から「人間発見」という企画で『物語の森の観察者』と題する彼女とのインタビュー記事が5回にわたって連載され、記事を読んでみたところ、作品にも興味を持ちました。


小学校の頃は体も小さく、色々なことがみんなと一緒にできず、図書館だけは楽しかったという少女が大人になって。小説を書き始めた頃は最も重要なのは自分自身だったということ。一番知りたいのは自分で、それが最も深い闇だったと自覚していた彼女。彼女の創作はどこに飛翔したのかと。





最初に読んだのが、代表作の一つである『薬指の標本』。評判とおり透明で静謐な作品です。どこかを突付くと、そこからこなごなに壊れてしまいそうなくらいに繊細で、微妙なバランスで保たれた世界。ディテールはリアルでありながら全く現実離れしています。標本を作ってもらうということと、それを作るということ。


「封じ込めること、分離すること、完結させることが、ここの標本の意義だからです。繰り返し思い出し、懐かしむための品物を持ってくる人はいないんです。」


と説明する標本技師。彼は地下室で標本つくりに没頭し、それを保管し続けます。「標本」にして所有するということとは。主人公である彼女は、標本技師に抱かれながら問いかけられます。


「君は何か、標本にしてもらいたいものを持っているかい?」


その二人が、標本技師が彼女にプレゼントした靴をキーとしながら、秘められた関係性に陥っていきます。


「これからは、毎日その靴をはいてほしい」

彼女に、あまりにぴったり過ぎる靴。靴が彼女の足を侵食する。その束縛と解放がないまぜとなって、秘められたエクスタシーにまで昇華されてゆきます。

「自由になんてなりたくないんです。この靴をはいたまま、標本室で、彼に封じ込められていたいんです」


「標本」とは、いわば部分と時間を閉じ込めた小世界。その中に収められたモノは永遠に残ったとしても、それを包括していた全体としての存在は消えているということ。存在の消失と永続性、フェティシズムと乾いたエロティシズム。束縛されることで自己を解放するというアンビバレンツな衝動、むしろエロスよりはタナトスか。非常に雰囲気と香りを伴ったフランス人好みの作品かもしれません。



文庫に収められている、もうひとつの『六角形の小部屋』という作品も、『薬指の標本』に劣らずに不思議な小説です。しかし、ここでも語られるのは主人公の心、そして束縛と解放。


どちらも、ひたすら自己の内面に静かに降りて行くような作品。自分の心の井戸の底に何が沈んでいるのか、当の自分にも分からない、井戸の底にチラリと見えた水面がどんな色をしているのか。その水は透き通っているのか、はたまた黒く濁っているのか、毒なのか。


小川氏の小説は始めて読みましたが、この静謐さや幻想性は非常に儚い。性的な描写も女性の視点のそれだし、まるで少女の夢想した世界のよう。まだ彼女の作品は短編ニ作のみ、誤読している可能性はありますが、続けて幾つか読みたいと思わせる作家でもあります。