2008年1月12日土曜日

小川洋子:博士の愛した数式

映画にもなって、小川洋子氏の名前を広く世に知らしめた代表作です。多くの人が彼女の独自の世界観に、そして作品内容の誠実さと愛おしさに感動したことと思います。

しかし、私にとっては、この作品はそれ程面白いものではありませんでした。

決して作品をけなすつもりはありませんよ、小川氏の小説家としての才能、そして彼女が小説に求めている核はここでも健在です。それを私なりに解釈すると、例えば彼女の短編にあった、ある「生」あるいは「命」を別の者がしっかり受け止めるとでもいうような、切なくなるような受け渡しと、そこに潜むやさしい喪失の物語でしょうか。

しかし、「薬指の標本」のような作品に認められた、背徳的なエロスとかタナトス、不気味さ、じわじわとした恐怖のようなものは、「博士の~」からは全く剥ぎ取られてしまいました。

今までに読んだ短編(ごく少ないです)の、ネット上レビュを読むと「何を書いているのか分からない」という感想がチラホラ目につきます。確かにラストを放り投げたようなものや、未完に感じられるものもあります。私にとっては、そういう「異色さ」が小川氏を他の作家との隔てているものであり、そこに魅力を感じていたのですが、小川氏は「異色さ」を主として作品を書いてはいないものの。

彼女の作品は翻訳もされ海外でも評価されているようです。村上春樹と同様の無国籍性と無臭性を感じる部分です。小川氏の作品のどこが評価されているのか詳しく調べたことはありません。それでも、国内においては「博士の愛した~」が最も彼女の名を広く知らしめた作品だというのは間違っていないでしょう。「異色さ」を剥ぎ取っても、一層に万人受けしたのですから、やはり確かな才能なのだと思います。

記憶を80分しか維持することのできない数学者という突飛な人物が主人公、その存在そのものが「異色」といえば異色です。数学はつけたしではなく、それも数論という分野の持つ特殊さと純粋さを作品は見事に吸収し消化してます。

しかし、そうであっても残念ながら、私にとって本作が小川氏の作品の初読であったならば、他の作品を続けて読もうという気にはならなかったかもしれません、ひねくれていますかね。

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