2008年12月26日金曜日

個展:石田徹也展~僕たちの自画像~


練馬区美術館で開催されている「石田徹也展」に行ってきました。行かずにはいられないと思って西武池袋線の中村橋まで足を運びましたが、これは正解。というか、衝撃の世界が練馬の小美術館で展開されています。必見です(→石田徹也公式HP http://www.tetsuyaishida.jp/)。

「NHK美術迷宮館」で、かの「飛べなくなった人」が紹介され、気にはなっていたのです。しかし、彼のこれらの作品をどう評価するか。深刻なメッセージと取るか、あるいは日常の違った面からの断章と取るか。石田氏自身は「ユーモア」という言葉を用いて自分の作品を説明したりもします。そう、それほど「深刻」になる必要はないのか、と思ったのが、比較的受容も解釈もできる第一展示室の作品群。

しかし、第二展示室は生と死と虚無と希望が横溢した、凄まじい世界が静かに展開されていました。驚きの作家の内実。31歳、町田付近で踏切事故で若い命を落としました。彼の作品を見ると、この先彼は生き続けることができたのか、こんなにナイーブな精神が、現代で通用しただろうかと思ってしまいます。

柔らかく、壊れやすく、あたたかく、湿っていて、決して人前には出せないので隠し持っているような何か。まるで子宮願望のような回帰性。現実に「嫌だ嫌だ」を内心では繰り返しながらも、表では能面のような風を装い、そして何かが毀れていく。石田氏の作品が内包する世界は、現実世界そのものや自分のありように対する苛立ちと反逆となって奔流します。そういう自分を「ユーモア」で笑い飛ばしながらも、目だけは笑っていない。

一貫して描かれた虚ろな目をした青年が、画布の向こうから見据える我々は、いまどんな風に見えているのでしょうか。

彼の作品は、先に紹介した公式HPでも閲覧できます。しかし、画集や画像からは分かりにくいディテールの凄まじさは、実物に接しなくては得られません。その大きさと細やかさと執拗さ。画家の精神に圧倒されます。

詳細なレポートは弐代目・青い日記帳(→http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1567)をご覧下さい。東京では28日(日)まで開催されています。