2003年6月7日土曜日

久しぶりにサントリーで生オケ

東京交響楽団第504回定期演奏会~社会主義レアリズムの苦悩

プロコフィエフ:交響的協奏曲 作品125(チェロ協奏曲 第2番 ホ短調)
ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 作品47

ジャナンドレア・ノセダ 指揮
エンリコ・ディンド チェロ
2003年6月7日(土)18:00~
サントリーホール

生のオーケストラを聴いたのは久しぶりである。最後に聴いたのがいつだったのか思い出せないほどだ。予定のない休日であったので、思い立って当日券を電話予約しサントリーに向った。指揮者もチェリストも聞いたことはなかったし、ましてや東京交響楽団さえ聴くのが始めてであったので、失礼ながら期待半分、不安半分であった。

演奏終了した後の感想はいつものことながら、やっぱりオケは生に限るということに尽き、久々にリフレッシュさせていただいた。特にオケの全音量を体全体に浴びると、それだけで何かが浄い流されたような気がするものだ。

それにしても、東京交響楽団の定期演奏会である。いつものことなのかは分からないが、席はほぼ8割以上埋まっていたのではなかろうか。私は1階席後方であったのだが、少なくとも私の前後左右に並んだ空席などを見つけることはできなかった。なんとも幸せな定期ではないか。

コンマスの大谷さんは非常に艶やかな音色を奏でる方で、あのスレンダーな体型からかくもホールに響く音を紡ぎ出すとはと思ったものである。レビュはこちら。

2003年6月5日木曜日

アバド/ワーグナー・アルバム

1 歌劇《タンホイザー》:序曲
2 舞台神聖祭典劇《パルジファル》:第1幕への前奏曲
・舞台神聖祭典劇《パルジファル》:第3幕からの組曲
   3-4 聖金曜日の奇跡 5 鳴り響く鐘と騎士たちの入場
   6 パルジファルが聖槍を高く掲げる
7-8 楽劇《トリスタンとイゾルデ》:前奏曲と愛の死
9 楽劇《ワルキューレ》:ヴァルキューレの騎行(国内盤のみのボーナストラック)

クラウディオ・アバド 指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
スウェーデン放送合唱団
2000年11月、2003年3月
DG UCCG1149(国内盤)

2000年から2002年にかけてのアバドとベルリンフィルによるワーグナーの演奏である。2000年のベルリン来日の際に《トリスタンとイゾルデ》を演奏したので聴きに行かれた方も多いだろう。私はその頃ワーグナーなど聴かない人間だったので、あまり興味が沸かなかったのだが、考えてみれば惜しいことをしたものだ。(もっとも時間とお金ともなかったとは思うが・・・)

ここに収録されているのは《パルジファル》前奏曲と《トリスタンとイゾルデ》そしてヴァルキューレが2000年11月ベルリンの、残りが2003年3月のザルツブルク、祝祭大劇場で録音されたものらしい。

アバドのワーグナーが世間でどのような評価を得ているのかは不勉強にして知らないが、この盤を聴く限りにおいては、非情に高度なオーケストレーションの技術に裏打ちされた完成度の高い演奏のように思える。それに艶めかしさやワーグナー独特の濃さよりも、何か大切なものを削りながら音を構築しているような、ある種悲愴感が漂うようにも思える。それは選曲によるのか、それとも、この時期アバドが病苦と戦いながら演奏活動をしていたという事実が頭に刷り込まれているからだろうか。それゆえというべきか、旋律の甘美さや美しさは陶然とするがごときだ。

《トリスタンとイゾルデ》と、ヴァルキューレはオーケストラヴァージョンなのが残念である。イゾルデのラストの慄然とするような歌唱や、ヴァルキューレの螺旋のように渦巻く叫び声を聴けないのは、この曲を聴く楽しみを半減させてしまってはいる。頭の中で、誰かの歌唱を補完しながら聴いてしまうのだが、最初はわさびの入らない上等の鮨を食わされているような思いであった。合唱部分をヴァイオリンなどが代役を務めているのだが、ヴァルキューレなどは少し滑稽に聴こえなくもない。

《パルジファル》第3幕も、騎士たちの合唱は入っているのだが、これに続く死を願うアンフォルタスと、彼を聖槍で救うパルジファルの歌は、やはりオーケストラヴァージョンになってしまっている。

オーケストラヴァージョンとして何度か聴けば、これほど密度の高い演奏というのもそうあるものではないと思わせはする、音響的な分厚さはさすがというべきか。しかしながら、セレクト盤なのでワーグナーを聴き通したいう満足感と感動は得られず、返って鰻の匂いだけかがされてしまったような気持は残るのであるが。



2003年6月4日水曜日

高村薫:半眼訥々


高村氏の雑文集である。テーマは時代性のことや自分の作品のこと、自分自身のこと、さらには音楽のこと(ブラームスとシューマン)などまさに「雑文集」であるのだが、高村氏を知る上では興味が尽きない。

この雑文集を読んでいると、彼女の書いてきた主人公は、ひょっとすると彼女自身の分身なのではないかと思えてくる。特に『神の火』の島田とか幸田など。俗世間にあまり染まっていない姿や、何か奥に秘めたところがある姿などに、高村氏自身の影を感じるのかもしれない。

「学校は地獄。勉強は不毛。ピアノは苦痛。友だちなし。希望なし。やりたいことなし。一人深い藪の中で紫のスミレを紫に見入って、何を考えていたのかは覚えていない」(「折々の花」P.267)

と小さい頃を回想する高村氏。スミレの向こう見据えていた物は確かに、水蒸気が雲を形成するように、もくもくと、捉えどころはないが小説という形にはなったのではなかろうかと思うのだが。

また高村氏の小説に対する想いも知ることが出来る。小説を書き始めたきっかけについては、彼女は会社勤めをしている間

「自宅のパソコンを使って時間潰しの文章を書き始めたのは、喉が渇いたから水を飲むような抑えられない欲求であった」

と書き、

「いったいわたくしが没頭したのは、書くという行為なのか、それともストーリーの中身なのか。やがて姿を現したのは、真摯な随筆でも私小説でもなく、荒唐無稽な拙いスパイ小説だった」(「折々の花」P.271)

と説明している。そのときに書いた小説はおそらく「リヴィエラを撃て」だと想うが、あのような小説が「時間潰し」で出来あがったとしたら、高村氏とはいったいどういう人物なのかと、謎は深まるのではあるが。

会社勤めのOLが得意先への道すがら、行きずりの某都市銀行本店の前を歩きながら、この銀行を襲って金を取ったらスカッとするだろうなと思い立った」(「情報化時代と小説」P.194)ことが処女作『黄金を抱いて翔べ』になったと説明するが、読めば分かるがこの小説とてそんなに単純なものではない。確かに銀行強盗を企てた北川は、「やったるぜい」という気概に溢れているが、主人公の幸田とモモの関係など、「スカッと」するような感覚というよりも、鉛のような重さと夜に迷い込んだ小路のような陰影を作品に投げかけている。

あるいは改稿について彼女が語ることは、驚きにさえ満ちている。

「拙作『神の火』の文庫本用ゲラを、わたくしは他人として読み始め、数十ページで投げ出してしまった。文章の稚拙、構成の不備、人物造形の浅はかさといった表面的な拙さは多目に見ても、この作者が何を書こうとしているのか、どうしてもピンとこなかった」(「改稿について」P.222)

それを彼女は「小説の主題と構造が根本的に合致していない」(同P.223)と自己分析し、主題を変えて構造を残すということを選択し改稿するわけである。こうなったら、おそらくは単行本版と文庫本版は異母兄弟のようなものだ。あるいは全く別物といっても良いのかもしれない。これは参った、何故ならもう単行本版は古本屋にしかないだろうし、高村ファンは、それこそ血眼になって古本屋を徘徊しているだろうからだ。

さらにだ、『マークスの山』の主人公、合田雄一郎は「大阪弁を話す男」(「小説の言葉」P.293)として小説に登場していたというではないか。文庫本版では標準語を話す男であり、何かの拍子に大阪弁が飛び出しはするが、義兄弟の加納に大阪弁を話す合田も悪くないと茶化されるくらいだ。

このように強烈な自己批判と「自意識の塊のような」(「折々の花」P.273)高村氏は、小説の快楽、小説の力、そして小説とは何かということを考えつつ、作品を生み出しているのだ。高村薫はミステリー界の女王と呼ばれているらしいが、この雑文集を読んで、彼女の存在そのものがミステリーであるという想いを深くした。(40%くらいが引用になってしまったな・・・)

2003年6月3日火曜日

サイトで書くということ あるいは呟き

高村薫氏の「半眼訥訥」という本を読んでいてはっとした。
 
自分の気分を言葉で表現することで、とりあえず意見らしい体裁が整うのだが、客観的な比較検討や分析を加えられていないその正体は、以前として気分であり、個人の呟きの披見に過ぎない。そのことを、彼らが当分意識することはないだろうと思うのは、この社会と時代が、彼らの呟きとまったく同じありようをしているからだ。 「呟きの時代」(P.115)

これは、最近の携帯メールや掲示板でのありようを指摘したものだ。
 
以前、作家の村上龍氏が、違う文脈においてマスコミや日本のサイトを「日本語というものに守られて、国際競争や批判にさらされることのない環境」と指摘していたことを、さらに思い出した。
 
私がこうして、音楽や本の感想を綴るということも、高村氏に言わせるならば「呟き」の範囲を越えるものではないと、今さらながらにして思う。感情の赴くままに、個人的な考えだからと無防備にして無邪気な文章をしたため続ける、その行為はいったい何なのかと自問するに、これは感想という体裁をとった長大なる日誌に過ぎないのだと気づく。
 
自分で自分を納得させるために書くのということか。HPをベースにして発展的な話題を求めているわけでもなく、あたかも食べたものを吐き出すかのごとく、個人にしか意味のない文章を綴り続けているだけだ。
 
私のサイトに限らないが、そういうサイトは多い。特に日記サイトは(それが日本だけのものなのかは分からないが)、信じられないほどの数だ。中には小さなコミュニティを形成している幸せなサイトもあるが、関係ないものから眺めると、原始的にして局地的な小集団にしか見えないし、多くはムーブメントをつくるまでには至らない。私もそうだが、大きな集団などは求めていないのだから余計なお世話と言えばそれまでである。
 
意見らしきものを書くサイトにおいてさえ、仲間内にしか通じない話題に特化した時点で、それは表現や意見や主張などではなく「呟き」以外の何物でもないと思い知らされる。「呟き」は個人を慰め、浄化しはするが「他人の分析や評価に耐えない、稚拙な呟き」(同書 P.116)にそれ以上の意味は、おそらくない。思うに電子空間とは畢竟、精神空間の巨大な掃き溜めのようなものか。

2003年6月2日月曜日

高村薫:地を這う虫

高村氏の小説には、女性が出てこない、いや出てきたとしても重要な役割は与えられない。同様に若者たちも出てこない、いや、こちらも出ては来るのだが、今時の茶髪にピアスの若者ではない。例えば「神の火」では、暗い目をしてハンス・カロッサとかチェーザレ・パヴェーゼなど読む言葉少なげな若者だったりする。

とどのつまり、高村氏の小説の主人公は、おおむね中年男性ということだ。この小説集の主人公は、警察を何らかの理由で辞めた者たちである。彼らが第二の人生で過ごしている姿が書かれている。中年男性とは言っても、夜の歓楽街で憂さを晴らしているような男たち、欲望を制御できないでいるようなナサケナイ大人たちを高村氏は書かない。この小説に限らないが、高村氏の小説の主人公たちは驚くほど冷静で、そしてどこか覚めており、かつ純粋で、そして不器用だ。

現実の自分をある程度客観視しながら、一方で今の自分を百パーセント充足したものとは認めることができず、それでも現実を生き続けることしか出来ない姿として書く。これを《矜持》と呼ぶのか。矜持とは誇りであると言っても良いかもしれない。「ただ自分自身の小さな思いを守るためだけに、一人で滑稽な立ち回りを演じてきた男」(「地を這う虫」P.225) そういう男たちだ。そうした主人公たちの姿に感情移入してしまう。このような設定は、高村氏のファンをある読者層に限ってしまうのではないかとは思うのだが。

政治と司直の両勢力が引き合っているうちが花で、一旦バランスが崩れたが最後、自分は両手をなくすことになる」(「父が来た道」P.144)と小さなスパイ行為を行う男は考える。自分が精一杯に生きているその場さえ、相対的で危ういもの、もしかすると明日になると霧のごとく消え去る立場かもしれないという認識。これは「神の火」の島田たちの認識にも共通している。二重スパイが存在意義をもつ世界と、存在意義を全く失う世界、あるいは自分がカードになる時間と、まったく意味を失う時間。それらは、個人の努力や意思を超えたところで動いているという非情さと悲哀、そういう立場に居ながらも、何かを必至に守るために筋を通して行く姿。

ある程度の年齢を過ぎた中年の男たちにの中には、彼らの少し屈折した二重の姿に、どこか自分を重ねてしまうものもいるかもしれない。こういう男たちを極限にまで書いたら「神の火」に行き付いてしまう。しかし、ここの短編集の男たちには、まだ救いが残されているようだ。

高村氏の小説には「自分とは何者なのか」という問いが常に投げかけられている点において、重く深い。

2003年6月1日日曜日

高村薫:神の火(文庫版)



いったい、彼らは、ドラマの終わりまでに何本のウォッカを空けたのだろう。ウォッカという酒は、どこか他を寄せ付けない厳しさと純粋さを持っている酒だと思う。辛口であり、かつ強いスピリッツだ。冷凍庫に入れてボトルに霜がつくほどに冷やしておくと、グラスに注いだときにトロリと粘度を帯び、一くち含むだけで、芳醇なる甘さと清涼感、そして妬けつくような香りを感じることができる。当然、水で割ったりしない。

しかし、何本ウォッカを空けたところで、小説の主人公たちの空虚さは満たされることはない。ウォッカなどで満たされるわけがないほどの空虚さとは、いったい何なのか。

物語は、島田というスパイを中心にした男たちの物語だ。彼らの抱えた過去について、あるいは、なぜ彼らがスパイあるいは二重スパイにならなくてはならなかったのか、そういうところは、全く描かれていない。最初から彼らはそういう存在として登場し過去を多く語らない。高村氏の小説のこういうところを、不満に想う読者もいるようだが、私は気にならない。過去を語れば現在が見えてくるほど単純なものではなかろうと想うからだ。

スパイを演じることの悲哀は、主人公島田の姿を追っていると、痛々しいまでに重くそしてつらい。

一部分だけの裏切りというのはあり得ないんだよ。妻を愛しているスパイ、親を慈しむスパイ、親友を持っているスパイ。そんなものは言葉の正しい意味で、あり得ないのだ

とは江口が島田に語った言葉だ。島田が最後に元同僚のベティさんと対峙するシーンは痛々しさを通り越している。

また、CIA、KGB、《北》、日本の政府・・・入り乱れての駆け引きからは、日本の政治の生々しい実像や、国家と言うものの危うさ露呈させれてくる。こんな着想を、高村氏はどこから得たというのだろうか。

あるいは、これは男たちの愛の物語でもある。いかにも高村氏のテーマだ。友情なのではない。例えば島田と良(パーヴェル)、島田と島田をスパイに仕立て上げた二重スパイの江口、島田と屈折した幼なじみの日野、島田と島田をスパイとして育てたヴォリス・・・。これらの島田を中心とした男たちは、巨大な虚構と虚無を抱えながら、何かを守るために策謀し、世間からはずれたギリギリのところで己を生きている。彼らの間にあるのは、狂おしいまでの男の愛憎の感情だ。なぜに、島田が良を、そこまで想うようになったのか、そのわけは一度読みとおしただけでは、見えてこなかった。おそらくは、彼の空虚さに嵌まり込んでしまったのだろうか。

この作品も文庫本化に当たり、大幅に改稿されてしまっている。単行本作品において、彼らの関係がどのように書かれていたのか、興味はつきない。というのも、男たちの愛憎というものが、原作ではもっと生々しく書かれていたのではなかろうか、と思ってしまうからなのだが。

あるいは、これは、男たちの、止むに止まれぬ精算の物語でもある。それが自分の不実の過去なのか、男としての頑固な思いこみなのか、埋めることのできない空洞の故なのか、単純な破壊衝動なのか、または社会の脆弱性に対する反抗なのか、愛への証なのか。そのどれと特定することはできない。しかし、もはや理由も問えず、しかも止めることもできない感情の奔流は、おそるべきカタストロフとしてのクライマックスと、救いのない破滅のラストに向って行く。

こういう小説を「エンターテイメント」とか「スパイ小説」と読んで良いのだろうか。果して、この作品は、先の「黄金を抱いて翔べ」との類似点が非常に多い。ほとんど設定は同じではないかと思う部分も多い。しかし、「黄金を抱いて跳べ」の方がまだ軽く、そして救いがあった。「神の火」を読み終わった後の感想は、虚しさとそして開放感による安堵が支配する、何もない世界だった。こんな哀しさはめったにあるものではない。

彼女の小説が、熱烈なる人気があるわけが、本小説を読んで分かった気がする。細部が凄い、全体のプロットが面白い、そして人間たちが魅力的だ。ひとりひとりの顔や姿が目に浮かぶようだ。マニアックにこの小説を語り始めれば、一行一行を追いながらウォッカの瓶を傾けなくてはならないだろう。物語の意味を問い始めれば、深夜からじっくりと読み据えなくてはならない。そういう意味からは、まさにエンターテイメントの極致である。

レビュを書いたが、語ろうとしても語りたいことの十分の一も語れなかった。何かの機会に反芻したい。

2003年5月26日月曜日

田部京子/モーツアルト ピアノ協奏曲第9番、24番


ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271 《ジュノム》
ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
田部京子 ピアノ
ヘスス・ロペス=コボス指揮
ローザンヌ室内管弦楽団
1995年6月10,11日 スイス、ラ・ショード・フォン、ムジカ・テアトル
DENON COCO-70537

天真爛漫な明るさ、日がふと翳るがごとき暗さと憂い、気まぐれな不機嫌。あるいは思わせぶりな仕草やさや当て。自分では演じているつもりだったのに、本当に哀しくなってしまうのは、やりすぎさ。いやいや、いまのは冗談、ほらほら、明るくやろうよ、こんなに美しく楽しいじゃない。ほんとうに君は何て愛らしいのかしら。そんなところでじっとしてないで、踊ろうよ。踊ればさっきの気まぐれな気分なんて、吹き飛ぶじゃない? ほらじっとぼくの目を見てみて、ハハ、何か見えたかい! ウ○コタレちゃん!(>超キメ-!)

てことを、モーツアルトを聴くと感じるんだよな(-_-;;; 映画「アマデウス」の影響はでかい。

だから、モーツアルトのスケールやアルペジオは深刻になってはだめなので、あくまでもそのまま天上へ駆け上るかのような加速とスピードが欲しい。精神性なんていらない、そんなもの用意しなくても、モーツアルトの音楽には後から幾らでもついてくる。この単純極まりない恐るべき音形の中に、既に神や悪魔が潜んでいるのだから。そういう意味からは、K.271の田部氏とオケは少しだけ重いと感ずる部分がなきにしもあらず。(>そう思うのは私だけだと思うが)

でも、K.491番は良い。何たってモーツアルトの短調だ(モーツアルトは31曲のピアノ協奏曲を書いていながら、短調はこのK.491とK.466だけだ)。冒頭からして良い、晩年のモーツアルトの重く暗い深刻さが出ている。K.271から続けて聴くと、音楽が深化しているのが如実に分かる。いやモーツアルトという人間が深化したのか。ここまで来ると、彼の音楽からは悪ふざけは姿を消し、どこか深いところを覗いてしまったかのような神秘性が宿る(ように私は感じる)。1楽章再現部の後のカデンツァは田部氏のオリジナルのもの(モーツアルトはカデンツァを遺さなかった)。ここは、ずいぶん力を入れて弾いている、どちらかというとベートーベンを志向する音楽に仕上げているように聴こえる。

��楽章のピアノの響きには、少し怜悧にして硬い響きが欲しいと感じた。孤高の孤独さを表現するような雑味の少ない響きを。もっとも私はモーツアルトにそんなに親しんでいるわけでも、誰かの演奏を思い浮かべているわけでもない、あくまで曲から感じるイメージである。勿論のことモーツアルトの作品背景などを知ってのものでもない、所詮私には音楽をその時のイメージでしか語ることはできない。

軽い気持ちで、久しぶりにモーツアルトでも聴いて癒されようと思ったのに、意に反して真面目に聴いてしまった・・・トホホ

2003年5月24日土曜日

チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルのブルックナー4番


チェリビダッケ指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
1988年5月25日 ミュンヘン・ガスタイクザール
EMI TOCE-11613
許光俊氏の影響というわけではないのだが、チェリのブル4を聴いてみた。許氏は「世界最高のクラシック」で「チェリビダッケは時々、度肝を抜くような特異な表現で聴衆を驚かせたものだが、この第四楽章の数分間はその典型である」と書いて、いかにこの演奏が「想像もできないような音楽」であるのか説明している(同書 P.188)

さて、どう「想像もできない音楽」なのかは、許氏の著述を読み、本CDに接して判断していただきたいが、私は今一つ乗りきれなかったというのが正直なところである。というか、そもそもブルックナーの作品の中にあって4番は、中途半端な感じがしてしまう。チェリならばと期待したのだが、やはりその想いは完全には拭いきれなかった。

いや、確かにチェリのこの演奏は美しく華麗だ、それも類稀なほどに。霧の中に薄日が刺すかのごときホルンの響き、ホールの底がぞわりと盛りあがるかのごとき恐るべきクレッシェンド(特にチューバの響きが尋常ではない)、全身をなでて過ぎ去る弦のざわめき。長い残響と、それに合わせたテンポの遅さ、そこから聴こえる驚くべき沈黙の間合い。スケルツォ楽章でなどでは、背筋がゾクゾクしてしまう。第4楽章の冒頭も凄いの一語に尽きる。幾重にも重なった芳醇なるオルガンのようなブルックナーサウンドの洪水、頭を垂ひれ伏してしまうかのような中間部の表現、ニ声になって聞こえてくるテーマの複雑な絡み合いの効果の見事さ、そして許氏も指摘するラストに向けての壮大なる息の長いクレッシェンド・・・などなど、演奏はものすごく完成度が高い。そこかしこで、「そうくるか」「ここでそういう表現をするか」と何度もはっとさせられる。ラストのコーダには思わず忘我の境地に入りそうになってしまう、いやはや凄まじい演奏だ。

え? それだけの演奏でありながら、何の不満があろうかと? 美しすぎることが不満なのか、完成度が高すぎることへの苛立ちなのか。何か足りないと思うこと、ブルックナーの4番にそれ求めることが間違いなのか。あるいは私の勘違いのなせる技なのか。ブルックナーはやっぱり7、8、9番なのかなあ・・・と思うのであった。ブル4を責めて、チェリは責めずというところか。(>ブルックナー責めてどうするんだよ)

2003年5月14日水曜日

高村薫:黄金を抱いて翔べ(文庫版)


こめかみのあたりがチリチリする。けだるく熱い空気があたりを漂う。汗とドブと血と火薬の匂いが充満して、今にも爆発寸前の男たち。

まいったなあ、高村薫の小説にはというのが本音。小説評には圧倒的な迫力と正確無比なディテルとあるけれどそんなことどうだっていい。ここに書かれているのは、男たちのがむしゃらさと、命を掛けてまで自分を追い込まないと生きていけない、ギリギリの人生だ。

端的に言ってしまえば、銀行泥棒の話しだ。ラストに向けてのプロット造りや迫真性は、かつてないほどの描写ではあるけれど、それはドラマ仕立て、書割の背景でしかないように思える。彼らが何故、銀行強盗を行おうとしたのか、銀行強盗を行った後にどんな人生を夢見ていたのか、そんなことは一切小説では言及していない。最初から「銀行強盗」それも福沢諭吉だったら、やる気はない。金塊だから、やるのさ(16頁)なのだ。最初に強盗ありきなのだ。

その強盗を何故行わなくてはならないのかは自明のことで、男たちは犯罪を犯すこと1点のために結束し、集中し、揺らぎながらも鉄のような意思のもとに決行してゆく。強盗に至る過程と主人公たちの自身と、心理の動きにこそドラマがあり、おそらく映画化したならば一番のクライマックスであろう派手な手に汗握るラストは、サッカーで言えば最期のシュートシーンでしかない。(サッカーのシュートシーンこそ重要だというならば話しは別だが)

何故に男たちは、自分を追い詰めたような人生を、必至に生きなくてはならないのだろう。何故にもっと気楽に生きないのか。そもそも彼らは何のために生きていたのか。

例えばモモ。…あんな男を殺してまで、生きる意味はないと思った。……それだけだ。(161頁)。何と冷めた自己認識であることか。そして幸田だ、生きるための仕事には、憎悪がなければならない(21頁)殺してやる……。《人間のいない土地》の次ぎに口癖だった言葉を、幸田はまた、腕の中でささやいた(154頁) 北川も、野田も、春樹も似たり寄ったりだ。自分の中で抑えきれない衝動願望を抑えている、爆発寸前のダイナマイトだ。

そんな男たちに世間並の幸福など訪れるわけはない。破滅に向ってひた走るというのとも違う、逆に破滅から逃れるために、今の自分を超えるために、爆薬庫の中に突っ込んで行く。

こういう小説は、たまらない。どことなくジョン・ウーの映画の世界を思わせる。こんな硬派な小説を書く作家が日本に居たのか。それも女性がこんな世界観を書ききるのか。ラストに少しの救いと甘さを残すところは「マークスの山」と同じだが、それがなかったら、本当に救いのない人生だものな。

2003年5月11日日曜日

安藤忠雄展 2003 再生-環境と建築

東京ステーションギャラリーで開催されている安藤忠雄展に行ってきた。安藤忠雄氏はコンクリート打放しのギリギリにまで凝縮された建築美で知られる世界的に活躍する建築家である。

私は建築設計などが専門ではないため、彼の建築について知ることは今でも少ない。しかし、それでも彼の建築の魅力は何だろうかと考えると、数年前に彼の作品巡りをしたときのことを思い出す。関西を中心に、姫路文学館や直島コンテンポラリーアートミュージアム・アネックスなどを見学しのだ。

彼の作品はそれでも少しは写真などで見知っていたものの、実際にその空間に立ったときの驚きと感動は強烈であり、今でも忘れがたいものとなっている。

ここで建築のデザイン論とか安藤建築について、拙い意見を述べる気はないのだが、そのとき確かにデザインのもつ力というものを如実に感じた。建築でデザインを云々する人の中には、自己満足に終始してしまい、説得力を持ち得ないものを主張する人もいる。そういうものは得てして、出来あがった後の評判は芳しくない。一方で、彼の建築からは、ある種の普遍的な力を感じたものだ。何故そこにそのディテールなのか感じ取ることができた。彼のデザインに打ちのめされたと言っても良い。

建築は「作品」とよく言われるが、決して棚や壁に飾るような芸術作品とは違う。それは用途をもった空間と生活や様式までも設計しているものだ。だから、現代美術におけるインスタレーション作品とも一線を画さなくてはならないのだと思う。 彼の作品が、そういう意味から使われ続ける建築足り得ているかは、彼の作品群がそれを証明しているかもしれない。

パンフレットの作品模型は2001年10月、国際コンペで参加の決定したフランスの「ピノー現代美術館」。チケットのスケッチは社会問題ともなった青山同潤会アパート建替え計画だ。直島プロジェクトにおいて、あるいは同潤会アパートにおいて、建物を地下に埋設し「見えない建築」を目指したということは、環境に配慮した建築計画だろうが、ガラスの多用や見えない建築というコンセプトは何も安藤のオリジナルではない。また、意外かもしれないが、安藤氏の作品は東京には多くない。東京が「建築無法時代」とも言われるほど空前の変貌を経験しつつあり、あまたのデザイン要素が氾濫している中にあって、安藤建築が東京にどのような楔を打ち込むのか興味がつきないところだ*1)

なお、本展示会にはイロイロな種類の人が訪れていた。それこそ老若男女入り乱れてという感じなのだ。改めて彼の人気の広さを思い知った次第。また、本展示会の情報を私に教えてくれたEさんに感謝。

  1. (追記)以下BBS書きこみより

    安藤忠雄ですが、HPに書いたものは堅苦しくて面白くないですね。

    展示会には写真やビデオのほか、ドローイングや模型も多く、 建築知識のない人にも楽しめる内容でした。

    建築家のドローイングや図面は(自分で書いているかどうかは別にして) そのまま額に入れて飾れるようなデザインのものがあるのですが、 まさに安藤のドローイングはそれで、図面的には緻密というわけでは全く ないものの、建築のイメージを伝えるという意味からは、なかなか イマジネーションに飛んだものだと感じました。

    また、彼は常にアイデアが吹き出ているようで、ホテルやらレストランの ナプキン、または飛行機の半券などにまでエスキスを描いているのには 驚かされます。 ��画家ぢゃないから、それが号いくらという値段にはなりませんがね)

    かの丹下健三が赤坂プリンスのデザインを決めたときも、どこかのホテルの ナプキンかマッチの箱に「こんな形」とかぐちゃぐちゃ描いたのがオオモト 案だと聞いたこともありますし。マッチの裏のぐちゃぐちゃを形にしてしま うところが、まあ大家たる所以ですかね。

    模型もなかなかかっこよくて、光の入り方や空間の意外性などが良く分る ものでした。特に同潤会アパート建替え計画は、表参道の並木より建物高さ を低く抑えるため地下階が深いんですよ。そのため、地下にまで自然光を入れ るため、アトリウムを囲むように店舗と住宅を配置しているのです。そういう 仕組みがやっぱり模型の方がよく分る。

    アトリウムを広くとって大階段を設置するという計画は、原広司の京都駅でも おなじみですが、それが彼のモチーフとなってフランスのピノー美術館や 同潤会アパートでも見ることができます。これは計画上の模倣というよりは ボキャブラリーと判断すべきでしょうが。

    マンハッタンのペントハウスという計画は、既存の超高層ビルの屋上と、 中間階にガラスの箱を貫通させた計画ですが、非常に斬新なアイデアで、 模型を見てうなっちゃいました。 イメージ的には最近竣工した上野のこども図書館の手法ですね。保存建築に 新たな表層や空間を加えることで、再生するというものです。まあ、これも 安藤だけのモチーフではありませんが。

    マンハッタンのグラウンドゼロプロジェクトは、建物ではなくモニュメント を設計したという点で注意を引きました。現在、あそこはWTCを上回る 超高層計画がコンペで決まりましたが、安藤のような解決策もありかなとは 思ったものです。

2003年5月10日土曜日

【風見鶏】安藤忠雄展2003 再生-環境と建築

東京ステーションギャラリーで開催されている安藤忠雄展に行ってきた。安藤忠雄氏はコンクリート打放しのギリギリにまで凝縮された建築美で知られる世界的に活躍する建築家である。

私は建築設計などが専門ではないため、彼の建築について知ることは今でも少ない。しかし、それでも彼の建築の魅力は何だろうかと考えると、数年前に彼の作品巡りをしたときのことを思い出す。関西を中心に、姫路文学館や直島コンテンポラリーアートミュージアム・アネックスなどを見学しのだ。

彼の作品はそれでも少しは写真などで見知っていたものの、実際にその空間に立ったときの驚きと感動は強烈であり、今でも忘れがたいものとなっている。
ここで建築のデザイン論とか安藤建築について、拙い意見を述べる気はないのだが、そのとき確かにデザインのもつ力というものを如実に感じた。建築でデザインを云々する人の中には、自己満足に終始してしまい、説得力を持ち得ないものを主張する人もいる。そういうものは得てして、出来あがった後の評判は芳しくない。一方で、彼の建築からは、ある種の普遍的な力を感じたものだ。何故そこにそのディテールなのか感じ取ることができた。彼のデザインに打ちのめされたと言っても良い。

建築は「作品」とよく言われるが、決して棚や壁に飾るような芸術作品とは違う。それは用途をもった空間と生活や様式までも設計しているものだ。だから、現代美術におけるインスタレーション作品とも一線を画さなくてはならないのだと思う。

彼の作品が、そういう意味から使われ続ける建築足り得ているかは、彼の作品群がそれを証明しているかもしれない。

パンフレットの作品模型は2001年10月、国際コンペで参加の決定したフランスの「ピノー現代美術館」。チケットのスケッチは社会問題ともなった青山同潤会アパート建替え計画だ。直島プロジェクトにおいて、あるいは同潤会アパートにおいて、建物を地下に埋設し「見えない建築」を目指したということは、環境に配慮した建築計画だろうが、ガラスの多用や見えない建築というコンセプトは何も安藤のオリジナルではない。また、意外かもしれないが、安藤氏の作品は東京には多くない。東京が「建築無法時代」とも言われるほど空前の変貌を経験しつつあり、あまたのデザイン要素が氾濫している中にあって、安藤建築が東京にどのような楔を打ち込むのか興味がつきないところだ。

なお、本展示会にはイロイロな種類の人が訪れていた。それこそ老若男女入り乱れてという感じなのだ。改めて彼の人気の広さを思い知った次第。また、本展示会の情報を私に教えてくれたEさんに感謝。

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��追記)以下BBS書きこみより

安藤忠雄ですが、HPに書いたものは堅苦しくて面白くないですね。

展示会には写真やビデオのほか、ドローイングや模型も多く、 建築知識のない人にも楽しめる内容でした。

建築家のドローイングや図面は(自分で書いているかどうかは別にして) そのまま額に入れて飾れるようなデザインのものがあるのですが、 まさに安藤のドローイングはそれで、図面的には緻密というわけでは全く ないものの、建築のイメージを伝えるという意味からは、なかなか イマジネーションに飛んだものだと感じました。

また、彼は常にアイデアが吹き出ているようで、ホテルやらレストランの ナプキン、または飛行機の半券などにまでエスキスを描いているのには 驚かされます。 (画家ぢゃないから、それが号いくらという値段にはなりませんがね)

かの丹下健三が赤坂プリンスのデザインを決めたときも、どこかのホテルの ナプキンかマッチの箱に「こんな形」とかぐちゃぐちゃ描いたのがオオモト 案だと聞いたこともありますし。マッチの裏のぐちゃぐちゃを形にしてしま うところが、まあ大家たる所以ですかね。

模型もなかなかかっこよくて、光の入り方や空間の意外性などが良く分る ものでした。特に同潤会アパート建替え計画は、表参道の並木より建物高さ を低く抑えるため地下階が深いんですよ。そのため、地下にまで自然光を入れ るため、アトリウムを囲むように店舗と住宅を配置しているのです。そういう 仕組みがやっぱり模型の方がよく分る。

アトリウムを広くとって大階段を設置するという計画は、原広司の京都駅でも おなじみですが、それが彼のモチーフとなってフランスのピノー美術館や 同潤会アパートでも見ることができます。これは計画上の模倣というよりは ボキャブラリーと判断すべきでしょうが。

マンハッタンのペントハウスという計画は、既存の超高層ビルの屋上と、 中間階にガラスの箱を貫通させた計画ですが、非常に斬新なアイデアで、 模型を見てうなっちゃいました。 イメージ的には最近竣工した上野のこども図書館の手法ですね。保存建築に 新たな表層や空間を加えることで、再生するというものです。まあ、これも 安藤だけのモチーフではありませんが。

マンハッタンのグラウンドゼロプロジェクトは、建物ではなくモニュメント を設計したという点で注意を引きました。現在、あそこはWTCを上回る 超高層計画がコンペで決まりましたが、安藤のような解決策もありかなとは 思ったものです。

高村薫:マークスの山(文庫本版)




文庫本帯に踊る「警察小説の金字塔」「全面改稿」「泣かされる」「合田雄一郎登場第一作」「第109回直木賞受賞作」というモノモノしいキャッチコピー。さらに書店の目立つ部分に山と積まれているので、通常ならば少しゲンナリした気分になるだけで、本書を手にとることはない。しかし山のイラストが書かれた表紙が気を引き、裏表紙の作品紹介に漠然と目を走らせ「とにかく山岳を舞台にした小説か」という一点で購入した本ではあった。

私は読書人ではないので、高村薫氏の小説は読んだことがなかった。従って彼女の書く小説がどんな作風であるのか知りもせず、そして期待もしていなかった。最初読み始めて思ったのは、「こいつは本格山岳刑事モノかと思いきや、一時流行ったサイコサスペンスものか、おいおい期待を裏切らないでくれよ」というものであった。

しかしながら、私の初期の感想は見事に覆されたのである。とにかく本格的な小説に仕上がっており、内容の面白さ、そして充実度など、どこをとっても文句の言いようがなく、これほど終わりの頁を捲るのが惜しいと思った小説は久しぶりである。

この小説は刑事 合田雄一郎登場の第一作ということだ。彼をどのように紹介しているか、「マークスの山」の中で彼二度目の登場のくだりを引用してみよう。

・・・合田雄一郎は音一つなく立ち上がった。三十三歳六ヶ月。いったん仕事に入ると、警察官職務執行法が服を着て歩いているような規律と忍耐の塊になる。長期研修で所轄署と本庁を言ったり来たりしながら捜査畑十年。捜査一課二百三十名の中でもっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石のひとつだった。(上巻135頁)

何とも劇画チックで大仰な描写だと思った。高村薫氏は1953年生まれ、いわゆる劇画世代ではないが、どこか今風のキビキビしたタッチの劇画主人公を思わせた。小説に入りこめるか否かは、細部描写の現実感と主人公への感情移入が一つの要素としてあるならば、その点においても、高村は周到なのである。最初大仰に思えたこの描写も、読み進めるうちにそれが作品のひとつの特徴となって熟成したことを考えると、彼女の計算の上での描写や作風と思えた。

合田の逡巡する姿や、他者への嫉妬や闘争本能、組織への反抗や、がむしゃらに走ることに疑問を感じつつも、(いったい何のためになのか)走らずにはいられない姿には、確かに一人の若者の姿が書かれているのだ。このように端的に書いてしまうと、「なんだ月並みな」と思えてしまうが、高村氏の描写は濃く、読むものに深く食い込む力がある。そう感じた瞬間に、読者である私は、高村氏の仕掛けた陥穽にすっぽりとはまりこみ、降りるべき駅が過ぎるのも、夜が更けるのも忘れさせるほどの時間を過ごすことになってしまったのだ。

この小説には、事件の特殊性や意外性、そして展開の面白さもさることながら、警察社会や事件を取り巻く刑事たちの人間そのものにこそ面白さがあるといえるかもしれない。刑事たちを名前ではなく、刑事仲間が呼ぶ「あだ名」で描写するやり方は、特に効果的である。主な人物を挙げれば、合田の相棒でアトピーの《お欄》こと森義孝巡査部長30歳(上137頁)、合田の同僚で風の《又三郎》の異名をもつ有沢三郎巡査部長35歳(上145頁)、柔道七段、澁澤龍彦を愛読する《雪之丞》こと広田義則巡査部長35歳、新人類扱いの《十姉妹》こと松岡譲巡査、そして東大卒のキレ者《ペコ》こと吾妻哲郎警部補36歳(以上 上147頁)などなど。

気づいてもらえたと思うが、高村氏は主人公たちを、若手からは卒業しつつあるものの、組織に組込まれてしまった40代の管理職とも違う、血気も実力も兼ね備えた30歳半ばに設定している。組織内での競争意識を剥き出しにし、事件や上層部と格闘するさまは壮絶である。

一人の女のことを頭と子宮がつながっていると切って捨てた又三郎と自分だが、そういう自分たちこそ、頭と下半身がつなっがいるのは間違いない、闘争本能丸出しの牡だった。(下211頁)

という描写に端的に表れた主人公らの素性の見事さと冷徹さ。そこには、読んだ人なら分かるが「自分を客観視する自分」の存在が認められ、それこそまさに作品に隠されたもう一つの仕掛けではないかと気づかされる。

高村薫氏が女性作家だとは本当に驚きだ。読み終わって作者について調べるまで、私は高村薫氏が女性だとは全く思っていなかったのである(それくらい文壇に無知ということです)。骨太の描写、男臭さ。女性だからこそかえってこういう描写ができるのか。そういえば真知子という女性は限りなく救いがなく哀しかったではないか。

高村氏がこの小説で直木賞を取ったのは1993年だ。今回の文庫本化に当たり全面改訂したという(彼女はよくやるらしい)。そういう彼女のブルックナー的性癖*1)が、作品への完成度へと結実しているようでさえある。いずれにしても、今回は高村氏の小説に感服、他の作品も機会があれば読んでみたいと思わせるのであった。

  1. ここがクラシック音楽中心のサイトであることを忘れてはなりません(^0^)

2003年5月6日火曜日

チェリビダッケ/ベートーベン 交響曲第5番「運命」

冒頭のテーマを聴いて、意外の念に捕われた。今まで聴いたことがない響きにだ。「ダダダ、ダーン」が何と即物的に響くことか。まるで、とって付けたようと言っては的を得ていないかもしれない。聴こえてきたのは、ベートーベンの苦悩でも運命の扉を叩く音でもなく、「ダダダ、ダーン」という音響そのものであった。テーマ続いて奏でられる裏での弦の刻み、あるいはホルンの吹奏の響きも何とあざとらしくイヤらしいことか。

許氏はこの演奏を「ちょっと信じ難い演奏」(「世界最高のクラシック」P.195)と評していた。私はこの文章に接したとき、許が何を言っているのか分からなかった。しかし、フルトヴェングラーとケーゲルの演奏を聴いた後、チェリビダッケの1楽章冒頭に続けて接したとき、この演奏の異様さがおぼろげながら分かったような気がした。

許氏は書く。「普通音楽を聴く者が求める感動だとか興奮だとか高揚というものから遠い。チェリビダッケは、人を興奮させる演説がどのように書かれているか、どのような仕組みでできているかを指摘している」(同書 P.196) 何とフルヴェングラーやケーゲルの演奏と対極にある演奏であることか。チェリはここに、剥き出しの感情を込めてはいないようだ。

ではつまらない演奏なのかといえば、決してそうではない。堂々としている、演奏されているのはベートーベンの風格そのものだ、まさに横綱相撲。たとえば第2楽章の骨格の太さと構造的な頑丈さときたらどうだ。どこに隙があろうかと言っているかのようだ。だから、ケーゲルで聴こえたような感情の振幅はない。

第四楽章も極めて遅く奏される。C.クライバーの演奏を思い出すまでもなく、滑稽なほどに遅い、止まってしまうのではないかという気にさえなる。しかし、実際は音楽は全く停滞していないのである。遅いテンポの中に音の履歴が積み厚く積み重ねられ、次第に音楽という構築物が姿を成して行く様を見せ付けられる、いや聴かされる。

苦悩から歓喜へと至る部分も極めて、音楽的に骨格が明確だ。音と音の対比がはっきりしている。リズムの効果が示される、音の積み重ねが手に取るように聴こえる。それでいて、いやそれだからか、ベートーベンを聴く分厚い満足を得ることができる。今まで聴いたどのベートーベンとも違う、そして紛れもないベートーベンがここにはある。彼の肖像を見るがごときだ。素晴らしい演奏であると感嘆止まない思いだ。

彼が音楽において調和を重視したということも分からないでもない。あそこの音が素晴らしい、ここのテンポが良いというのは瑣末的な指摘に過ぎない。絵画において、一部分のタッチが軽妙だと言っているに等しい。全ての音楽を聴き終わった後に聴衆に残される全体像、そこに時間芸術としての音楽観があったのかもしれない。だから彼は、スピードと勢いで音楽を表現するようなやり方も拒んだのかもしれない。

いや、そうなのだ。演奏にやたら感情を込めた激情型の演奏がすばらしいと、私は思いすぎているのではなかったろうか。「演奏家の個人的解釈に価値を見出す」ということに対し、チェリビダッケは否定的であったのではなかったか。

ここらへんで止めておこう、というかここまでだ。私にはまだチェリビダッケの音楽を語るほどの語彙が不足している。交響曲第4番のレビュはまた機会があれば。

ケーゲル/ベートーベン 交響曲第5番「運命」


  1. ベートーベン 交響曲第5番 ハ短調「運命」作品67
  2.  J.S.バッハ 管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV.1068~アリア 
  • 指揮:ヘルベルト・ケーゲル 
  • 演奏:ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 
  • 録音:1989年10月18日サントリーホール 
  • Altus ALT056(国内版) 
ケーゲルのベートーベンだ、許光俊氏が絶賛する演奏。彼は、この演奏を「フルトヴェングラー以来の、歓喜への信頼に満ちた演奏」(CD解説)と評した。そういう彼のフィルターを払いのけて演奏に接することは難しいかもしれない。しかし、予備知識はアタマに刷り込まれてしまった、果してどんな「運命」が聴こえてくるのか、期待と不安錯綜しながら聴きはじめた。
1楽章4分半当たりから感じられるただごとではない響きに、思わず襟を正した。低弦が太く嘆くようだというばかりではない、ヴァイオリンは長く厚い音を響かせ、琥珀色の音色を重ねている、美しい。しかしそればかりではなく、1楽章に込められた哀しみの表現に気づかされる。
単純な「ダダダ、ダーン」のリズムが、かくも残響を残して、絶望か苦悩の嘆きを唄うのを聴いたことはない。声をかけて慰めることさえできない姿がそこにある。7分50秒頃から、巨体が崩れるかのごとき1楽章のフィナーレの圧巻さ。
2楽章とて楽天はまだ支配していない。それは在りし日の思い出や回想に聞える部分もあるが、漂う寂寞感はぬぐえない表情だ。勝利を予感するトランペットの響きはまだ懐疑の中に沈みこむ。これがベートーベンの「運命」であるとは思えないほどに感情的で悲愴的ではないか。
3楽章がこんなにも堂々と迫ってくる、あるいは日が翳るがごとくあっという間に表情を変えてしまう演奏を私は知らない。フルトヴェングラーの1947年のベルリン復帰の演奏であっても、これほどに多感ではなかったのではと思わされる。テンポの操り方、強弱の付け方などの演奏技法によるところもあるのだろうが、演奏を聴いていて感情が両極端に振幅するのを抑えることができない。
4楽章も引き摺る様に重々しく始まる。まだ不安は拭うことができない。1分20秒くらいから始まる表現は痛々しいまでの迷いを感じる。ここから歓喜へ向うには、どのような変貌を見せるのだろうかと次ぎへの展開に期待は高まる。
テンポは揺れるが決して速くはない。着実な歩みで演奏は進む。4分、冒頭の繰り返しのところで少し面白い表現を聴かせてくれた、いったいこれはなんだろう。そう、聴きながらあれやこれやと考えさせられてしまう。おやおや弦のピチカートてこんなにも雄弁だったかしらとか。
そして、ティンパニに導かれて始まる第4楽章への移行、ああ・・・光がさしてくる。そして抜けてしまう・・・全身に浴びる溢れるばかりのまばゆい光の洪水! 鬱状態から圧倒的躁状態への遷移。おお、まるで揺れて大波に乗るよう、酔いさえ感じるような演奏ではないか。ベートーベンなのになんと筋肉質的でないことか、表現が極めて優しい。弱いというのでは決してない。包まれるがごとき喜びをの表現。
確信と祈りにもにた歓喜の希求。しかし裏に不安はないのか、本当にこんなに歓喜を信じて良いのか、という疑義。ラストを聴き終えても、楽天的な歓喜と満足感が私の心を満たしてはいない。聴こえるのは、痛々しいまでの涙を含んだ歓喜への願いだ。
それは、アンコールのJ・S・バッハのアリアを聴いたときに突然生じた。私の中での理性と感情の堰が切れてしまったのだ。「運命」の後での曲だ、通常なら違和感があるところが、あまりのハマリ方に私は呆然となってしまった。この美しさと哀しさはどうだ、最初の一音が弦の合奏が聴こえたその瞬間に、まさにこの曲が「運命」の後の必然であると思わせる説得力で語りかけけてきたのだ。
ああ・・・もう一度聴きなおす気力は起きない、というよりも、こういう演奏は何度も繰り返し聴いてはいけない。何と言う音楽だろうか、そして何と言う演奏であろうか。私は音盤を聴いて、こんなにも泣いてしまったことは、かつて一度もない。(あったかもしれないが、恥かしいから思い出したくない>いつも泣いてるぢゃないかよ>CD聴いただけで泣くなよな)
*)この感想は、CDを聴きながら同時進行で文章をしたためた。そして再度、CDを聴きなおすこともしていない。それゆえ、極めて感情的で一面的なレビュになっていることに自分でも気づいてはいるのだが、書きなおす気もしないのでご容赦願いたい。

2003年5月5日月曜日

三つのベートーベン「運命」聴き比べ

許光俊氏の「世界最高のクラシック」を読んで、彼が最高と評する音楽のいくつかに接したいと思うようになった。そこで、とりあえずフルトヴェングラー(1947)、ケーゲル(1989)、チェリビダッケ(199)による三種類の「運命」を聴いてみることとした。どの盤もライブ録音である。フルトヴェングラーの演奏は、ベルリン復帰の歴史的名演の初日のものである。

それぞれの演奏時間は下記の通り。

フルトヴェングラーケーゲルチェリビダッケ
第一楽章7’53”8’13”7’08”
第ニ楽章10’29”12’29”11’42”
第三楽章5”40”6’01”6’17”
第四楽章7”45”9’48”10’41”
TOTAL31”47”36’31”35’48”

チェリビダッケは晩年、テンポが遅くなったことで有名だ。単に演奏時間だけを取りだして云々することには意味があるとは思えないのだが、それでも、三つの演奏を比較してみた場合、意外にもケーゲルの演奏が一番演奏時間が長いことに気づく。

それぞれの楽章の長短をケーゲルとチェリビダッケで比べてみると面白い。レビュに書いたが、ケーゲルの演奏を聴いて、この曲の2楽章の姿を改めて知る気がした。また、チェリビダッケの演奏を聴き、この交響曲が極めて構築的な音楽であることに気づいたのである。どれも必然のテンポといえるのかもしれない。

フルトヴェングラーの演奏は明らかに速い、比べて聴かなくてもその速さには気づく。でもその速さから伝わるものがあることも認めざるを得ない。

ここに示した三種類の「運命」は、ぶっ続けで聴いたのだが(フルヴェンとチェリは時間を改めて再度聴いたが)、どれも特異な演奏であり、また驚くべきほどの集中力を見せた瞠目に値する音楽となっていることを認めざるを得ない。


フルトヴェングラー指揮
ベルリン・フィル
1947年5月25日 ベルリン
TAHRA-FURT 1063-1066 (Made in France)
言わずと知れたフルトヴェングラーの名演である。かつて音楽雑記帳(2001年8月)において、私はベルリン復帰の3日目の演奏の感想を(そのときも同じように三種類の「運命」聴き比べで)述べた。始めて聴いた時のような震えるような感動は、今回は得ることができなかったが、凄まじい演奏であることに変わりはないようだ。

��日目のものは札幌に置いてきているので、この初日の演奏と3日目の演奏を比べることはしていないのだが、何かをはらすような叩きつけるような表現、ラストに向ってオケを追い立てるさまは、ドグマの噴出のような思いさえし、異様なまでの迫力だ。

迫力が音質のせいもあってか粗さや雑さに聴こえる部分もないわけではない。しかし、ラストに向い何かに憑かれたようにオケを引連れて突進する様は、鬼人と言えるかもしれない。

いずれにしても「超」が付くほどの因縁めいたベルリンライブ。その筋の人たちにとっては既に語り尽くされた感がある演奏だ。もはや「評することを拒絶している」演奏だと言えるかもしれない。音質は他のフルベンの録音と比べるとどうなのか、詳しいことは私には判断できないが、演奏の質を判断できるほどの録音ではある。

とにかく、まずはフルトヴェングラーを聴いてから以下の2枚を聴いたということだ。


ヘルベルト・ケーゲル指揮
ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
1989年10月18日 サントリーホール(東京)
Altus ALT056(国内版)
驚いた、心底驚いた。許氏が『これは日本ライヴであり、生演奏やFM放送を聴いたひとたちの間では半ば伝説として語られていた超強力な演奏』(「世界最高のクラシック」P.204)と書くだけのことは、確かにあった。

CDの解説も許氏だ。『その頃の日本は、バブル経済によって贅沢を貪り尽くし、あらゆる楽天主義が蔓延していた時代であった。こともあろうにそんな東京のまんあかで、絶望と希望のギリギリの対決のような音楽が行われていたのだ。何と言う悲惨でグロテスクな風景だったろう。』と許氏は書いている。

1989年、東ドイツ崩壊の前後、ケーゲルは間違いなく社会主義者であったという。そして、この演奏の翌年、ケーゲルは自らの命を絶つ。許氏も言うように、こんな音楽を奏でてしまったことは、果して演奏する側にとっても聴く側にとっても幸せなことなのだろうか。

ケーゲルというとシベリウスの4番のように、ちょっとキワモノ扱いのように感じていたのだが、全く考えが改まった。レビュは別頁に記した。




セルジュ・チェリビダッケ指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
1992年5月28、31日 ミュンヘン
EMI TOCE-11603
これまた、驚くべき演奏であった。フルトヴェングラー、ケーゲルト聴いてきて、このチェリビダッケの演奏を聴いたときに、その特異性が際だって浮き上がってきた。

私は恐れ多くて、チェリビダッケの音楽について語る素養は持ち合わせてはいない。とりあえずレビュを書いたが、いったいチェリビダッケの何について語ったことになろうか。

こうして、「運命」をぶっ続けで聴いて分かったことがある。これほど消費し尽くされていると思っていたこの曲に、まだまだ多くの発見や喜びを見出すことができるということだ。三種類の演奏を聴いて、なお飽きるということがない。恐るべしベートーベン、といったところだろうか。(>恐るべしクラシックヲタクと言うべきだよ、ヤレヤレ。)

蛇足になるが、これらの演奏は、許光俊氏が推薦する演奏であったわけだ。いったい評論家に指南されなければ、これらの演奏の凄さに気づかなかったのだろうか、あるいは、ケーゲルの感想でも書いたように、評論家の意見の刷り込みの呪縛から自由な状態で演奏に接しているのだろうか、そこに疑問を感じないわけではない。特にフルトヴェングラーのような音質の良くない演奏をありがたがるという態度については、やはり一般受けはしないだろうなあと思うのであった。