2001年9月25日火曜日

狂牛病とテロ

公私忙しく、ニュースをじっくりと熟読している時間がない。

思ったことをメモる程度に今回は留めるが、狂牛病である。いままでは遠く、ヨーロッパの話であるという認識しかなかった。日本は安全なのだと、過信していた。

しかし、今回の狂牛病の発覚により、世界の中で日本だけが特別ではないことを知らされた。

これは、アメリカへのテロ問題についても同様の認識を持たねばならないことを示唆している。ニュースキャスターも指摘するように、米国がテロ社会に報復をすると、日本へのテロが発生しないとは言い切れないのだ。テロ対策としての政府の対応はどうであろうか。

数日前の朝日新聞に、民主党議員が、テロの翌朝の永田町ののんびりと珈琲をすすりながらテロについて話す風景に、危機意識の薄さを嘆いた一文がよせられていた。テロの後、国民への呼びかけや、迅速な対応が日本にあっただろうか。

テロも、狂牛病も、イスラム問題も、すべて自国のこととして考える主体性が必要なのだ。米国に付いていきます、自衛隊を新法つくって派遣します、ということで、国際的地位の回復を図ろうとすることは、本来の方向からずれたものだと私には思えてしまう。米国は、決して日本を対等などとは見なしていないだろうし。

日本政府や官僚は、日本国民を守るというという意識が、抜け落ちているのではなかろうか。

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