2001年12月13日木曜日

青木建設の破綻

長らく不良債権問題の牙城といわれていたゼネコンの中で、中堅ゼネコンである青木建設がついに民事再生法の申請に踏み切ったのは記憶に新しい。ゼネコン・ウォッチをしていたので「ついに牙城が崩れ始めたか」という思いで受け止めた。

青木建設の破綻は、同社の再建計画を(債務放棄していながら)市場が認めなかったこと、そして直接的にはメインバンクが自らの生き残りをかけて処理をしはじめたということでもある。瀕死の患者に生命維持装置とカンフルを与えつづけることを止めたということだ。

思い起こせば、ゼネコンの莫大なる不良債権はバブル期の本業以外でのものがほとんどである。当時、不動産取得や開発を手がけなかった企業は、これまで比較的安定した財務体質を維持しており、今から考えると賢明な判断だったとなるのだろうか。

当時はイケイケドンドンの雰囲気で、経営目標にも「脱建設業」「受注の創造」「多角経営」といった前向きな経営方針が踊ったものだ。バブル崩壊後の土地や株価の低迷による含み資産の減少、それに伴う受注の減少から本業回帰がうたわれたが、内部的にはバルブ前の企業体質にも企業風土にも戻ることはできていない。バブルをはさんだ前後を知るものは、その質的差異に気付き愕然としている。

「勝ち組」と「負け組み」という表現を、評論家やマスコミは好むが、建設業の全体市場は今でも約50兆円である。ただし、そこに不況になってもかえって増えた58万社が、スーパー大手から一人親方の会社まで群がっているのだ、どこかおかしい。青木とて民事再生法だ、企業として破綻したわけではなく再建を選んでいる。

ゼネコン問題は非常に根深いものがあるように思える。一つだけいえることはバブル以前には間違っても戻れない(バブルに戻るとっているのではない)。だとすると、新たなビジネスモデルを構築できるのかが、これからを考えるポイントであることに疑いはないのだが、その羅針盤は関係者に見えているのだろうか。

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