サンスクリット語で「謎」を意味する「ブラフマン」と名づけられた小動物と、<創作者の家>という施設の管理人をつとめる主人公との物語。タイトルにあるように、最後には「ブラフマン」に死が訪れることを読者はいやが上にも最初から知らされています。それゆえに「ブラフマン」の温もりが痛いほどに伝わってきます。
物語の軸は、確かに「僕」と「ブラフマン」の純粋な愛情です。しかし単なる動物との交流物語に陥ってはいないところが、小川洋子氏の小説世界。
物語を支配するのは静謐さ。その静謐さの下には、美しさと醜さ、人生に対する不気味と諦め、愛と性、生と死さえも横たわっているかのようです。それらは泉の底の沈殿物のように普段は表面に現れてこない。
ふとした拍子に、泉の表面にさざなみが現れて、下にあったものが露呈することがあったとしても、しばらくすると、全ては押し流され再び静寂と静謐だけが支配する、時間だけは無情に淡々と流れ・・・。
深い悲しみも、絶望も、欲望も、葛藤も、およそ小説のテーマとなるような物語や感情は何ひとつ提示されてはいません。登場人物の描写もひどくそっけない。このような確信的とさえ思えるような描き方をすることで、淡々とした人々の営みと命の物語は、逆に深く心を捉え、蝋燭の仄か光のように心を暖めてくれます。そして、小説を読む愉悦を思い出させてくれます。
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