��7日の朝日新聞「私の視点」は「特集・有事法制を考える」として、四名の識者が見解が掲載されていた。前回書いた不安が決して私だけの杞憂ではないことを知り、改めて本法制の意味について疑念を強めた。
■ 高知県知事の橋本大二郎氏は、「自衛隊の存在を否定しないなら、隊員が国民を守るために存分に活動できるよう法を整えることは必要だ」とまず主張する。これには異論はない、私個人としても、自衛隊を今の時点で否定する考えにまでは至っていない。
しかし、橋本は「武力攻撃事態」など個別の問題を考える前に「米中の間で、日本がアジアとの連携や結びつきをどのように作ってゆくか、もう少し引いたところで考えてもいいのでは」「アジア諸国のなかでの役割や取りまとめなど横への地域的な取り組みをもっと考えるべき」と主張する。この点にも、全く同意するものだ。ただ政治家であれば、具体的にもっと説明してもらいたい、行動として何が必要なのかということをだ。でなければ、単なる理想主義者と言われかねない。
■ 日弁連有事法制問題対策本部本部長代行の村越進氏は、今回の法案の不備を指摘し反対の立場を明確にしている。彼の一番の懸念は、「有事法制法案は強大な権限を首相に付与する授権法であり、基本的人権を侵害し平和主義に抵触するおそれがあり、民主的な統治構造を変容させ、国家総動員への道をひらく重大な危険性を有する」という点だ。また、「首相がNHKに対し、指示権や直接実施権を有する」点についても疑義を表明している。「首相が「やめる」といわない限り有事は終わらない」のだとすると、メディアおよび国民のチェック機能がどこまで健全であるかということは、重要な問題だ。メディア規制についても未知数で、正確な情報は国民に知らされるのか、改めて疑問に感じる。その場でも「こちらの発表することだけ信じろ」と官房長官は言うのだろうか。
■ 神戸大学教授の栗栖薫子助教授(国際関係論)は、「法律の策定には賛成」という立場を取るが、「あらかじめ原則とルールを決めておくことが重要」と主張している。特に有事法制が「架空の脅威を創造する結果になってはならない」とし、「必要以上に国民の意識に「北朝鮮脅威論」を植え付けることにならないか」と危惧している。脅威を特定したら逆にその脅威から狙われるという危険もないのか、その点も不安である。
■ 最後に石川島播磨重工業の渡辺鋼氏の指摘は生々しい。私が民間の経済活動が有事の影響をどの程度受け、そして有事への協力を要請されるのかわからないと投げかけた、その一例の回答ともいえる。彼によると、911テロの後、テロ対策特別措置法に基づき派遣した自衛隊に対し、すぐに防衛庁から技師への派遣要請があったという。更に、危険地域への出張業務には「厳しい箝口令が敷かれ」たという。「派遣される社員の法的な身分や、だれが安全を保証してくれるかなども不明で」という状態で協力要請に答えていたとは驚きである。更に改正自衛隊法では民間企業に対する守秘義務が加わり、組合活動なども罰則規定のある「漏洩」と見なされかねない危機感があると言うのだ。
かなり割愛して書いているので、新聞のある方は読んでいただきたい。さて、自分自身「自衛隊の存在は許容するものの、有事関連法案は賛成できない」と書いたとたん、自己矛盾を露呈しているようなものであることは認めるものの、この問題はYesかNoか、賛成か反対かと言えるほど単純ではない。
いずれにしても、多くのことが未知であり、曖昧なままであることだけは確かだ。「自衛権とは何か」という根本から考えなくてはならないのだ。やはり、このまま法案が成立してしまうことだけは現時点で反対である。
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