本作は93年、第39回江戸川乱歩賞を受賞した作品である。桐野氏といえば、もはや押しも押されぬミステリー作家としての地位を築いているとは思うが、これは彼女の初期の作品に当たるのだろう。
ミステリー界には三F現象とか四F現象という言葉があるらしい。すなわち作者、主人公、読者の三者がいずれも女性なのが三F、これに翻訳者が加わると四Fなのだとか。
言われてみると、この小説は女性が書いたという雰囲気や匂いに満ち溢れている。登場人物を紹介するときの描写の仕方、服装や香水・アクセサリーなどの小物についての記述など、ブランド名が明確に用いられており、記号として知る人ならばイメージが膨らむように書かれている。あるいは、主人公の村野ミロと一緒に失踪した女性を追う村瀬の描写の仕方、そしてラブシーンへと至る描写・・・あざといほどの「女性の視点」という描写が、逆に私には鼻についてしまう。主人公の村野ミロが、最初は嫌悪しながらも成瀬に惹かれてゆく過程も、やっぱりなあ・・・という思い。
こういう気分は何なのだろうかと、読みながらずっと考える。男社会の描写や視点に慣れすぎている事から来る違和感か、我々男性がしがらみに縛られて逆立ちしてもできないような垣根を、女性たちが軽々と越えてしまうことへの羨望か、あるいは営々と築きあげられてきた男性社会に対して、そういう生きざまをみっともないと思わせられることへの悪あがきか。
もっとも桐野氏はそんなことを意図して書いているのではないようではある。女性にも気持の良い、フットワークの軽い、そして面白いミステリーを書いているだけなのだろう。従ってミステリーとしての面白さは十分、そこにアングラ的なSM風俗や、東独逸のありようとの対比、女性の野心と願望などが織り交ぜて書きこまれており、読物としても悪くはない。
しかし読後感としては、ミステリーとしての味わいよりも彼女の文体そのものの印象が強すぎるため、ゲンナリしてしまう。女性のビビッドなパワーに当てられたというところだろうか。彼女がロマンス小説やレディースコミックの原作者としても活躍している、との解説を読み、成る程と納得した次第。世の中の、女性と男性の妄想の違いに思い至る小説でもあった。
こうしてレビュを書いて気付いたが、私はミステリー読んでも、ミステリーのトリックや質そのものには全然関心も感心もないのだな・・・
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