4月23日のLetter from Yochomachiで紹介していたThe New York Timesのイラクの人質3人に対するパッシングについて書かれた記事は『反日日系人(?)による自作自演
』であるとするブログを見つけました。
「社怪人日記2004」と「リアルじゃ他人には話せないこともあるし。」というサイトですが、記事を書いたのが「NORIMITU OONISHI」という日系人東京支局長であるという点と、朝日とNTは記事提携をしている点のみから類推し『それだけでストーリーが見えてしまいます
』と書いています。
築地周辺の情報だけニューヨークや世界に流さないでほしいなぁ。(社怪人日記2004)
朝日のマッチポンプにはいい加減うんざりです。(リアルじゃ他人には話せないこともあるし。)
Letter from Yochomachi氏のサイトは毎日チェックしているのですが、これも最近ですが仏ルモンド・ディプロマティックの記事を紹介したエントリーに対して、記事の執筆者が「進歩的左翼」の「東京特派員記者」である点を突き、ルモンドの記事は偏向していると指摘するコメントが付けられたこともありました。これらを読むに付け、どうしても自分の論理に優位なように難癖を付けたり裏を勘ぐっているような、つまり相手に全く敬意を抱かず不信感ばかりを表明することに何だかなあと思っていたら、また続きがありました。
Letter from Yoshimachiの4月27日のエントリーでは『保守派でタカ派のリチャード・コーヘン
』氏によるWashington Postの記事を紹介しながら、小泉政権や一部の日本人が人質パッシングに走ったことに大きな違和感を感じているというものです。記事には疑問点もあるのですが、アメリカの保守系の方の日本に対する端的な見方が露呈されているようで、これはこれで衝撃的ではありましたが。
人質パッシングを積極的に行った方々や、ルモンドや朝日新聞を保守系の方は目の仇にします。中国の文化大革命や北朝鮮を擁護した朝日新聞を、毛嫌いすることは仕方ないのかもしれませんし、赤旗をはなから相手にしない気持ちもわからないでもありません。
しかし、軸足の定まらない私のような浮遊層にとっては、どの新聞や雑誌であっても思想的な色や、ゆるやかであっても一定の編集方針があることはおぼろに理解できますし、朝日も産経も読売も思想的プロパガンダを展開している点では(程度の差こそあれ)大差はないように思えているため、どうしてそんなに目くじらを立てて「自作自演」だとか「マッチポンプ」だとか言って感情論的な展開をするのかが理解できません。これこそ、文化の違いなんだろうかなどと同じ日本人でありながらも、彼らとの間に横たわる溝の深さに呆然としてしまうのですが、いかがでしょう。
浮遊するのはいだたけないのですが、色々な視点の中から日本をどう捉えるかということこういうことこそ問題であると思うので、日々のくだらない仕事に追われつつも、ふと立ち止まって考えてみたりするのですが。・・・と何だかまとまらないエントリーになってしまいました。仕事しながら缶水割り飲んでいたので脳が開いてしまいまひた。
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