2007年10月15日月曜日

三遊亭円朝作:怪談 牡丹燈籠 岩波文庫


ということで、歌舞伎を観た(→clala)ついでに三遊亭円朝(1839-1900)の『牡丹燈籠』を読んでみました。人情話に長じた円朝が中国は明の『牡丹燈記』から着想を得て、それに天保年間牛込の旗本で起こった事件を加えて創作したお話し。円朝の高座での話を速記でしたためたもので、この時代の作なれども言文一致の見事な作品に仕上がっていることにまず驚嘆します。


円朝の講談での流れるような台詞回しがそのまま写し取られているかのようなリズムと流れの良さ。それに人物の台詞の言い回しの妙。どこを読んでも味わい深く面白い。




しかも、物語は歌舞伎の劇よりもはるかに深く、「忠」「義」「孝」など、いかにも江戸時代的なテーマが横たわる仇討ちの物語になっています。円朝作の原本の真の(?)主人公は、お峰や伴蔵などではなく、実は歌舞伎には登場しない若者であったりします。かといって、お峰、伴蔵、お国、源次郎などのかげが薄くなることはまったくなく、よくぞ彼らのしぶとい生き様を活写したものであります。


『怪談』とあり、確かにかの有名な幽霊も登場しますが、幽霊以上に恐ろしいのは人間の方でございまして、恐るべき因縁と業が絡まり合います。色や欲に溺れ、裏切りと殺しが続き、そこに自己犠牲と忠義が加わり、様々な物語が錯綜しつつ最後は一本の糸に繋がり感動の大団円へと進むのあります。(ご都合主義などと言ってはいけない)


お峰が死んだ後も話しは続くのですが、御母堂登場後のシーンなど、涙なしに読むことはできませぬ(;_;)余程日本人はこのような仇討ち話が好きなのであるなと思わざるを得ないのでありました。


歌舞伎との筋の違いを書き立てても、両者は全く別物に仕上がっていますから何のタシにもなりません。歌舞伎の方も、あれはあれで見事な着眼点と演出になっています。それでも、ふたつだけ書くとするならば、伴蔵は円朝作では大した悪党として描かれていることと、お露の幽霊にサプライズが用意されていることでしょうか。ご興味のある方は一読を。