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2016年4月6日水曜日

2016/04/06 夜桜能 靖国神社

靖国神社で行われた夜桜能を観てきました。野村万作、萬斎さんが出演されています。




演目は以下の通り。

火入式
◆舞囃子『融(とおる)』
 大坪喜美雄
 大鼓:柿原光博 小鼓:田邊恭資 太鼓:金春國直 笛:一噌隆之
 地謡:武田孝史・水上優・佐野由於・田崎甫・今井基
◆狂言『苞山伏(つとやまぶし)』
 男:野村万作 山伏:岡聡史 山人:飯田豪
 後見:月崎晴夫
◆能『鉄輪(かなわ)』
 前シテ(都の女)/後シテ(鬼女):宝生和英
 ワキ(安倍晴明):宝生欣哉  ワキツレ(臣下):御厨誠吾
 アイ(貴船の宮の社人):野村萬斎
 地謡:大坪喜美雄・武田孝史・水上優・藤井雅之・亀井雄二・藪克徳・辰巳大二郎・川瀬隆士
 後見:田崎隆三・佐野由於・佐野玄宜






狂言は楽しめるものでしたが、能の「鉄輪」は、夫に捨てられた女性の怨念を扱った、とても暗く哀しいストーリーです。なぜ、彼女が「鬼」にならざるを得なかったのか。

春の夜桜の少し浮かれた気分には合わない内容ではなかったかしら、と思ったものです。






「鉄輪」を観た後のせいでしょうか。

この季節にしては、肌寒さが身にしみました。


2015年11月29日日曜日

万作を観る会「千鳥」「鮒」「楢山節考」 国立能楽堂

国立能楽堂で「万作を観る会」を観てきました。

最初の演目は「千鳥」
来客があるからと酒屋に太郎太夫(萬斎)を酒を買にやらせる主人。しかしツケの酒代を払っていないため、ウソを言って酒を取ってこいと言う無茶な話。太郎太夫が持ち前の話し上手、歌上手の特技を発揮して酒をかっさらってくるという、たわいもない話。「千鳥」の名前にもなった、「ちりちり〜」の台詞が耳にのこる。
狂言の持つ世界の平和さというか、時間のゆったりさ加減は全く現代から失われたものであると感ずる一方で、狂言の笑いは、漫才や落語にも通ずる部分があり、また歌や踊りによる遊びについても、現代日本に通ずる感性なのかと感ずる面もある。

次は小舞の「鮒」。見どころ云々の前に、あっという間に終わってしまった。

休憩をはさんでの「楢山節考」。59年ぶりの上演ということ。
狂言とはいうが、まったく笑いの要素はない。むしろ、狂言という枠取りの中に演劇の可能性を求めた、若い万作の野心作というべきなのだろう。解説にあるとおり、部隊は陰鬱、陰惨に支配されている。当時の食糧事情があるにしても、おりん(万作)は69歳、70歳になったら捨てられるという時代背景。現代ならば70歳はまだ働き盛りをすこし過ぎたばかり、登山して遭難するほどに元気である。とても息子に背負われて楢山に向かうという世代ではない。
劇はそういう悲劇性を持ちながらも、親子の情愛と、おりんの毅然とした決意を賛美はしていないものの、決然とした意思の表れとして描写している。そこに涙と美しさがが際立つ。
これらの運命を冷徹に見下ろしているのが、萬斎が演じる烏。この不気味さは花道に登場したときに、一瞬肝を潰したほど。悪意の塊のような存在だが、一方で神の視線でもあるか。
降り積もる雪の中で、おりんの回想が駆け巡るが、この時代の農民たちにあって、人生というものはいったい何であったのか。一見時代は変わったものの、現代版姥捨て山と呼ばれる実態と何が変わるのか。この時代に楢山節考を再演した意義は深いかもしれない。