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2013年11月21日木曜日

【演奏会】エンリコ・ガッティ @白寿ホール コレッリ

エンリコ・ガッティ(バロック・ヴァイオリン) Enrico Gatti - baroque violin
グイード・モリーニ(チェンバロ) Guido Morini - harpshichord
曲目 未発表コレッリ 
THE UNKNOWN CORELLI  From the 12 unpublished sonatas in the Assisi manuscript    

  • ソナタ 第1番 ニ長調    
  • ソナタ 第2番 イ長調    
  • ソナタ 第3番 ニ短調    
  • ソナタ 第5番 イ短調    
  • ソナタ 第6番 ト長調    
  • ソナタ anh.34 ニ長調    
  • ソナタ 第7番 ヘ長調    
  • ソナタ 第8番 ハ短調    
  • ソナタ 第9番 変ロ長調    
  • ソナタ 第10番 ト短調    
  • ソナタ 第11番 ホ長調    
  • ソナタ 第12番 イ長調    
  • ソナタ anh.33 イ長調    
  • ソナタ anh.35 イ短調

すばらしいの一言、充実の音楽。コレッリの初期作品が、こんなにも豊かに響くのだとは。








2007年9月19日水曜日

【音盤】ガッティでストラデッラのオラトリオ《スザンナ》を聴く(3)

前回から随分と時間があいてしまいましたが、涼しくなってきましたので「ストラデッラの《スザンナ》を聴く」の続きを書くこととしましょう。 オラトリオは大きく、二幕構成になっています。

第一幕は二人の審判(GIUDICE IeII)が自らの抑え切れない欲望を歌い、そして遂に、スザンナの沐浴中に彼女に襲いかかります。しかし、スザンナに拒否され召使に見つかってしまったため、逆にスザンナが不倫をしていたと偽りを言い、スザンナを貶めるまでです。

第ニ幕はスザンナの牢獄から始まります。無実であることと神への助けを求める心と、理不尽な死への恐怖の間を揺れ動く心を切々と歌います。遂に彼女の死刑(縛り付けられたまま、市民に石をぶつけられて死ぬという刑)が執行されようと群集の中に連れ出されたとき救世主たるダニエルが登場します。ダニエルは二人の審判を別々に審問し、その虚偽を明かし、逆に彼らに死罪を言い渡し、めでたしめでたしとなるまでです。

曲はレチタティーヴォとアリアや二重唱やコーラスが交互に歌われます。三重唱(Terzetto)も一曲だけあります。レチタティーヴォは、それぞれの登場人物の台詞や心象であるとともに、テキスト進行や解説の役目も果たしています。TESTOとされた部分がそれです。
一般にレチタティーヴォというと、アリアの間のツナギみたいな印象を受けますが、ストラデッラはレチタティーヴォでもしっかり歌わせています。

レチタティーヴォのテキスト進行役にカウンター・テナーを配したというのは、非常に素晴らしいアイデアだったかもしれません。最初のシンフォニアが終わった後、カウンター・テナーの声が聴こえてきたときには、全く意表をつかれてしまい、思わず息を飲んだものです。もっとも、更に息を飲む場面はもう一箇所用意されていたのですが、これは後で書きましょう。

伴奏はハープシコードとオルガンの通奏低音に第一、第二バイオリン、ヴィオロンチェロ、コントラバス、それにarpa doppiaと呼ばれるイタリア・ルネッサンス期のハープ(→Wikipedia)によるアンサンブルです。この小編成のアンサンブルが極めて秀逸です。小気味良い劇進行、歌手陣をしっかりと支え、引き立たせ、そして場合によっては対等の対話を行います。好色と狡猾故の陰鬱な物語ながら、イタリアの乾いた風を感じさせる心地よさが全編に漂うのは、アンサンブル・アウロラの伴奏のせいかもしれません。

曲の最初のシンフォニアだけでも聴いてみると良いかもしれません(買わないと聴けませんが)。ノンヴィヴラートの単調なヴァイオリンの響きによる短い導入はスザンナの内面を表象するかのような暗さを湛えています。その後、打って変わって快活な悦びが満ち溢れ、神への感謝と崇高ささえ感じる音楽となります。ガッティは自在に歌い、流麗に流れ、その馥郁たる響きは惚れ惚れするほどです。ガッティ好きならば、シンフォニアを聴いただけでニヤニヤしてしまうかもしれません。

このように、そもそもといえば、ガッティのヴァイオリンを聴こうと思って購入した盤ではありました。ところが繰り返し聴くにつけ(そう、繰り返し聴くに値するのです)、曲の美しさがジワジワと染み出してきまして、いまやガッティのヴァイオリンがなくとも(いや、「ない」と困りますが)愛すべき盤となってしまいました。それ程にストラデッラの曲が美しいのです、歌手陣も良いのです。

ガッティはマイナーな曲の発掘に精力を傾けていますが、彼が敢えてこの曲を選んだわけも分かろうというものです。



せっかく再開しましたが、今日はここまでです。その後のエントリはまだ白紙です。誰に読ませるでもない、個人的な「覚え書き」ですからね(^^;;。
次は、曲をひとつづつ解説するのも何ですのから、聴き所がどこかということを簡単に書こうと思ってはいるのですが、はてさて、いつになりますか。

2007年8月27日月曜日

【音盤】残暑をガッティがらみの2枚を聴いてしのぐ

今年の夏は北海道も猛暑でした。本州と変わらないような34度とかの気温に流石にぐったりです。それでも8月中旬になると、めっきりと気温も落ち着いてきて北海道らしく涼しくなったものです。しかし東京に戻ってみると相変わらず30度以上の残暑、結構バテます。

夏休み中はほとんど音楽も聴かず、ぼんやりと無為に過ごしてしまいました。昨日は残暑の中、用あってN区方面を3時間ほどウロウロ。今日は太陽の下に一歩も出る気もせず、部屋の片づけをしたり、本を読んだり、昼寝をしたり、購入しておいた盤をかけたりと、のんびり過ごしました。


CORELLI SONATA DA CHIESA,SONATE POSTUME
Ensemble Aurora, direction & violon Enrico Gatti
A402 - 3464858024026

これはたまたまHMVで見つけて購入しておいたもの。コレッリの教会ソナタなどが納められています。アンサンブル・アウロラとガッティの美音を堪能できますね。

◇  marco beasley,guido morini/il settecento napoletano
Marco BEASLEY Voice,Guido MORINI Harpsichord and musical direction,GATTI Enrico Violin,CROCE Rossella Violin,COMBS Claudia Violin,BECKER Judith M. Cello,ROCCO Stefano Guitar & archslute,PAVAN Franco Theorbo
CYP1649

《ナポリの18世紀-アレッサンドロ・スカルラッティとその時代~カンタータとソナタの世界》と題されたアルバム。こちらもHMVで、ガッティの名前に惹かれて買ったのですが、メインはマルコ・ビズリー。これは明るい、軽い、羽ばたくような歌声にガッティの美音の滴り!ひたすらに!ああ、何て聴いていて気持ちいいんでしょう、しかしイタリア人て奴らは!こういう乾いた暑さ、日本の湿度の多い夏ではなく。

2007年6月18日月曜日

【音盤】ガッティでストラデッラのオラトリオ《スザンナ》を聴く(2)

ガッティの《スザンナ》を聴くの、第二回目です。

演奏者

Glossaのライナーには演奏者についての言及が全くありませんので、ネットで調べてみました。

演奏のアンサンブル・アウロラは1986年設立の団体。ガッティが音楽監督を務めています。彼らの使用楽器は以下のようになっています。

  • Enrico Gatti (Violin - L. Storioni, Cremona - 1789)
  • Claudia Combs (Violin - S. Klotz, Mittenwald - 1746)
  • Gaetano Nasillo (Cello - B. Norman, London - ca. 1710)
  • Giancarlo de Frenza (Double Bass - G. Sgarbi, Rome)
  • Loredana Gintoli (Double Harp - Thurau - 1990, aft Domenichino)
  • Anna Fontana (Harpsichord - R. Mattiazzo, Bologna - 1987)
  • Francesco Baroni (Organ - F. Zanin, Codroipo - 2000)

ガッティのヴァイオリンは、クレモナ黄金期最後の名人ロレンツォ・ストリオーニ(1715-1820)の手によるものなのですね。1789年製ですから、ストリオーニの油の乗り切った時期の楽器のようです。

対するC.Combs(左)は、イタリアではなくミッテンヴァルトの楽器なのですね。だからといって、私に楽器の音の違いや性格の違いが分かるってわけぢゃありません。とりあえず(役に立たない)薀蓄としては、おさえておかなくてはです。


このオラトリオは登場人物が5人しかいません。先ほども書いたように、スザンナ、ダニエル、二人の長老(審判官)、それにナレーターです。私はバロクーではないばかりか、歌劇系・歌手系にも全く疎いので、彼や彼女らの名前を聞いてもさっぱりです。有名なんだかレパートリーは何なのか分からないで聴くのも何なので、軽くググってみました。私の英語力は中学生レベルですから、いつもこんなことをしているワケではありません。

  • Emanuela Galli (Soprano - Susanna)
  • Barbara Zanichelli (Soprano - Daniel)
  • Roberto Balconi (Countertenor - Narrator)
  • Luca Dordolo (Tenor - Second Judge)
  • Matteo Bellotto (Bass - First Judge)


ソプラノのE.Galliはイタリア・バロックを中心としたレバートリーで活躍している歌手です。CD Universeによると(→こちら)、バッハ、Bassani、Durante、Jommelliなどを録音しています。

特にモーツァルトと同時代に活躍したイタリアのN.Jommeli(1714-1774)の作品はスペシャル・レコメンデッドされてます。ちょっと欲しいかも。あとMonteverdiの曲も録音していますね。



もう一人のソプラノはダニエル役のB.Zanichelliです。ダニエルがソプラノとは、聴いていて意表をつかれましたが、なかなか良いです。彼女の場合は、バロックばかりではなく、ワーグナーやシュトックハウゼンなどロマン派や現代音楽でも幅広く活躍しています。現代音楽やイタリアの重要な作曲家を中心に演奏しているdedalo ensembleの一員としても活躍しているようです。



カウンター・テナーのR.Balconi は公式サイトがあります。English Baroque SoloistsやらIl Giardino Armonicoなどの著名団体とも演奏しているようで、カウンター・テナー界では有名な方なのでしょう。Marcello、Buxtehude、Monteverdi、Vivaldiレコーディングも多いですね。今後もバロックを聴いていればお世話になる方なのかもしれません。

写真は公式サイトからの無断借用ですが、にしても、顎に手をおいて写真を撮られるアーティストって以外と多いです、なんでなのでしょう。


さて、邪悪な恋心を持った長老は二人います。審判官2であるテノールのL.Dordoloは、ググっても紹介が出てきません。CD UniverseではMonteverdiなどCD録音は多いようです。

最後は審判官1のバスM.Bellotto、こちらも紹介文は出てきませんが、naiveのヴィヴァルディ・エディションの中でアレッサンドリーニによるVespri per l'Assunzione di Maria(→CD Univers)に、この人の名前があります。Bellottoのバスを聴きたくてこの盤を買う事はないと思いますが、アレッサンドリーニなら聴いてみたいかなと。ジャケも綺麗だし。

ということで今日も、演奏者を調べるだけで疲れてしまいました。曲の感想は当分お預けです。

2007年6月11日月曜日

【音盤】ガッティでストラデッラのオラトリオ《スザンナ》を聴く

エンリコ・ガッティとアンサンブル・アウロラがGLOSSAレーベルに初録音した、ストラデッラの《スザンナ》を聴いてみました。ガッティの演奏を聴きたくて買った盤でしたが、聴いてみれば曲そのものも、ストラデッラも興味深く、一度聴いただけでCD棚に納めるのがもったいないと思える作品です。ということで、防備録的に調べたり感じたりしたことを書いておきます。(モトネタはネットとCDブックレットという安易さです)

本CDと、オラトリオの解説、それにストラデッラの生涯について、クラシック通販ショップ「アリアCD」に詳しいので、興味のある方は、まずそちらをご覧になると良いと思います。

(→http://www.aria-cd.com/oldhp/yomimono/vol25.htm)





  • Emanuela Galli (Soprano - Susanna)
  • Barbara Zanichelli (Soprano - Daniel)
  • Roberto Balconi (Countertenor - Narrator)
  • Luca Dordolo (Tenor - Second Judge)
  • Matteo Bellotto (Bass - First Judge)
  • Enrico Gatti (Violin - L. Storioni, Cremona - 1789)
  • Claudia Combs (Violin - S. Klotz, Mittenwald - 1746)
  • Gaetano Nasillo (Cello - B. Norman, London - ca. 1710)
  • Giancarlo de Frenza (Double Bass - G. Sgarbi, Rome)
  • Loredana Gintoli (Double Harp - Thurau - 1990, aft Domenichino)
  • Anna Fontana (Harpsichord - R. Mattiazzo, Bologna - 1987)
  • Francesco Baroni (Organ - F. Zanin, Codroipo - 2000)
  • Glossa GCD921202M

ストラデッラについて


ストラデッラ(1644-1682)は17世紀イタリアで活躍した作曲家ですが、その浮気性のため殺し屋につけ狙われ、遂には暗殺者の刃で命を落とすという放蕩人生を送ったことで有名です。そこから「ストラデッラ伝説」が生まれ、彼の生涯そのものがオペラや小説、詩などの題材にされたりしています。

その生涯はかなり脚色されているようで、実際のところは不明な点も多いらしいのです。音楽よりも生涯が有名とは言え、彼は「1670年代のイタリアで最も優れた音楽家」でありましたし、その功績はコンチェルト・グロッソ(正式にはコレッリのOp.6が当様式の最初の作品とされている)や、レチタティーヴォに弦の伴奏を付けるなど、音楽的イノベーションにも加わってたそうです。(→日Wikipedia

《スザンナ》について


《La Susanna》はオラトリオです。従って聖書を題材としているのですが、ストーリーはかなり性愛的なものに偏った内容になっています。
《スザンナ》は旧約聖書《ダニエル記》補遺的に記載された逸話。スザンナといえば純潔の象徴。物語を簡単にまとめると以下のようなもの。

美しいスザンナが沐浴しているときに、二人の長老二人が覗き見をし関係を迫る。スザンナは当然に拒絶。逆恨みした長老たちは、スザンナを逆に姦通罪で訴える。牢獄の中でスザンナは神に助けを求める。すると預言者ダニエルが現れ、二人の長老を尋問し矛盾を暴く。スザンナの無実が実証され、二人の長老は死刑とる。


まあ、自分の生涯をさておいて、いかにもストラデッラ的なテーマです。

バロックの世にあって、一般大衆には官能的なものと宗教的なものが一体となって表現されることに規制はなかったようです。このCDのカバーに使われているのは、16世紀から17世紀に活躍したカラヴァッジオ派の女性画家アルテミジア・ジェンティレスキ(Artemisia Gentileschi)による《水浴のスザンナと老人たち(Susanna ei Vecchioni)》。彼女18歳のときの最初の作品です。にしても好色な長老たちです・・・。(→日Wikipedia)




スザンナは画家たちにとっても興味深い甘美な対象であるのか、かのレンブラントも何作か描いているんですよね。例えば下。流石にレンブラントだけあって格調高いですが、結局はエロヲヤジのレイプ未遂というわけで(→解説はこちら Salvastyle.com)。宗教を題材として、それを隠れ蓑に女性の裸を描き眺めていたというワケですな。



こちらはイタリアのバロック時代の画家Guercino(1591-1666)によって書かれたスザンナ。こちらの方が好色じみたエロヲヤジの姿を的確に捉えていますね。



下のスザンナの方が有名でしょうか。ティッツアーノと並ぶルネサンスの代表的画家 ティントレット(1518-1594)のスザンナ。スザンナがエロティックです。禿ヲヤジの視線がいかにもイヤらしいですね。高校時代、こんな絵を観てドキドキしたことを思い出します。



スザンナが誘惑的なポーズであっては、本オラトリオは成立しません。やっぱりイタリア・バロックの画家であるGuido Reni(1575-1642)のスザンナが一番でしょうか。驚きによって目を見開いたスザンナ、いかにも悪そうな長老たち・・・。しかし、こんな老人でも性的欲求が・・・強いのね、イタリア人って。騒ぐなったって、大声出しますよ、フツー。



描かれた
エロヲヤジスザンナの事を調べていたら、なかなか先へ進めません(藁)。

《スザンナ》のリブレットはモデネーゼの詩人でありフランチェスコ会のセクレタリーでもあったGiardiniによって書かれており、大きくは二つのパートに分かれています。前半がスザンナ沐浴の場面、後半が牢獄から裁判の場面です。

ガッティが作曲家ストラデッラに目をつけた事は興味深い点です。音楽を聴いてみると分かりますが、作曲家の性格は淫蕩ではあっても、音楽的には聴くべき点が多く、そして極めて美しいのです。ストーリーを知らずに聴いていると、妙なるアリアの連続に思わず聴き惚れてしまうのですから。

配役はスザンナと預言者ダニエルがソプラノを、ナレーターがコントラート、そして二人の長老(=エロヲヤジ=審判官にして悪党)をテノールとバスが担当し、これにコーラスが加わります。当然のこと、ガッティは指揮とバイオリンを担当です。

ということで、音楽の話題は日を改めることとしましょう・・・。いつになるかは分かりませんが。

2007年6月10日日曜日

【演奏会】ガッティをトッパンホールで聴く

目白バ・ロック音楽祭の目玉にひとつ、トッパンホールで開催された、エンリコ・ガッティのヴァイオリン・コンチェルト編を聴いてきました。

リクレアツィオン・ダルカディアは日本人による、イタリア・バロック・アンサンブルとしてヨーロッパ各地で活動している団体らしく(公式ブログ→http://ricrearca.exblog.jp/)、とても楽しみにしていた演奏会でした。

    エンリコ・ガッティ&リクレアツィオン・ダルカディア
    イタリア・ヴァイオリンの芸術 2 「コンチェルト編」
  1. ガルッピ:4声のコンチェルト第2番 ト長調
  2. ヴィヴァルディ:ヴァイオリン・コンチェルト作品3-9 ニ長調
  3. タルティーニ:コンチェルト D.120 変ロ長調
  4. コレッリ:4声のフーガ Anh.15
  5. コレッリ:コンチェルト・グロッソ作品6-9 ヘ長調
  6. ボンポルティ:ヴァイオリン独奏付4声のコンチェルト ヘ長調 作品11の5
  7. ヴァイヴァルディ:ヴァイオリン・コンチェルト作品3-3 ト長調
  • 2007年6月9日(日)14:00 開演(13:30 開場) トッパンホール
  • 〔独奏〕エンリコ・ガッティ(バロックヴァイオリン)
  • 〔器楽〕アンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア
  • 松永綾子(ヴァイオリン) 渡邊さとみ(ヴァイオリン) 
  • 山口幸恵(ヴィオラ)
  • 懸田貴嗣(チェロ) 西山信二(ヴィオローネ)
  • 渡邊 孝(チェンバロ&オルガン)

そんなガッティの演奏会、前回はベタな褒め方をしてしまいましたので、今回は冷静になって書きましょう。

立教大学において噂に違わない美音を聴かせてくれたガッティでしたが、今日はコンチェルトということで、ガッティ色が若干殺がれたように最初は感じられました。アンサンブルをつとめるリクレアツィオン・ダルカディアも実力の団体なのですが、それでもバイオリンの音色の差はいかんともしがたく*1)。ガッティの突き抜けた青空のような明るさと輝きの前では、少しくすんだ曇り空という程の違いがある。時々奏でられるガッティのソロは、相も変らぬ美音でありましたが、彼の演奏を聴くという意味においては立教大学でのコンサートに軍配が上がったといえましょうか。

とは言うものの、アンサンブルが最初は少し「重い」と感じたのは、おそらくは私の聴衆としての未熟さと偏見でしょう。今日のコンサートを楽しめなかったかといえば、そんなことは全くなく、ガルッピに始まりヴィヴァルディ、タルティーニ、コレッリ、ボンポルティと、どの曲も確かに「どこまでも典雅なバロックの世界」以外の何ものでもないものの、それぞれが、それぞれに美しく、音楽に何の気負いもなく向き合え、そして身を委ねられる快感を充分に味わえるものでした。

こうしてバロックの作曲家を聴き比べてみますと、ヴィヴァルディの音楽は他の作曲家とはやはり別格であると実感。ヘタな例えを凝りもせずに敢えてするならば*2)、良く冷えたスプマンテの粒の細かい泡立ちとでも言いましょうか。心がウキウキとし、そして少し急かされるかのような期待を込めたざわめきさえ覚えるのです。こんなキモチにさせる作曲家は、他には余りいませんね。そしてガッティは、そんな音楽を、あまりわざとらしくもなく、ごくサラリと、そして鮮やかなパレットで描ききります。

良く聴いてみれば、リクレアツィオン・ダルカディアは底も厚く、ざっくりとした中にも落ち着きとキレの良さを持っています、渡邊氏の通奏低音も落ち着いた響きで、しっかりとガッティのバイオリンを支えてはいましたか。チェロの懸田氏の演奏も随所で印象的で好感が持てました。

それにしてもガッティです。やはりガッティです。例えばヴィヴァルディの作品3-9(RV 230)の第二楽章Larghettoの歌い方!ヘタな演奏で聴いたら結構つまんないと思えるような曲でも、ガッティにかかると、あたかもヴィヴァルディ一級のオペラ・アリアを思わせます。この人は、テクニカルなAllegroな楽章よりも、こういう楽章の方が圧倒的に聴かせますね。いえテクニックもありますが、メカニックで凄いという気にはなりません。

タルティーニでは編成が少ない分、ガッティ節を堪能し、アンコールのヴィヴァルディでは、もはや声も出ず、感涙ものでありました*3)

  1. いや、考えてみればコンチェルトというとでありますし、リクレアツィオン・ダルカディアの演奏を聴くのは今回が初めてですから、こういう印象的な感想は的外れな気もします。今度機会があれば、ゆっくり、この団体の演奏も聴いてみたいと思っています。
  2. #Credoのkimataさん、スンマヘン、またやってしまいました・・・(^^;;; TBさせてもらいます。
  3. ・・・て、またベタな感想になってしまった・・・か?

2007年6月4日月曜日

【演奏会】目白でガッティを聴く

目白バ・ロック音楽祭の目玉のひとつ、立教大学第一食堂で開催された、エンリコ・ガッティのヴァイオリン・リサイタルを聴いてきました。

馴染みのない作曲家ばかりですから結構迷った演奏会でしたが、結果としてはこれ以上はない、という位の至福のひと時で、心底良かったと思える演奏会でした。

    エンリコ・ガッティ&懸田貴嗣&渡邊 孝
    17-18世紀イタリア・ヴァイオリンの芸術Ⅰ「ソナタ編」
  1. チーマ(c.1570- 1630):ヴァイオリンとヴィオローネのための二声のソナタ
  2. フォンターナ (? 1589- ? 1630):ソナタ第3番
  3. ウッチェリーニ (c. 1603- 1680):ソナタ第1番「ラ・ヴィットーリア・トリオンファンテ」
  4. ジョヴァンニ・デ・マックエ (ca. 1550- 1614):コンソナンツェ・ストラヴァガンティ、2つのガイヤルダ、
  5. ストラヴァガンツェ第2(チェンバロ独奏:渡邊孝)
  6. スビッサティ (1606-1677):ソナタ第9番 - 第12番
  7. パンドルフィ・メアッリ (fl. 1660- 69):ソナタ第2番「ラ・チェスタ」
  8. ボンポルティ (1672- 1749):インヴェンツィオーネ 作品10の4
  9. ジェミニアーニ (1687- 1762):ソナタ 作品4の5
  10. ジェミニアーニ:チェロ・ソナタ作品5の5(チェロ独奏:懸田貴嗣)
  11. ヴェラチーニ (1690- 1768):ソナタ・アッカデミカ 作品2の6

  • 2007年6月3日(日)15:00 開演(14:30 開場) 立教大学第一食堂
  • ヴァイオリン:エンリコ・ガッティ 
  • チェロ:懸田貴嗣 チェンバロ&オルガン:渡邊孝

ガッティは知る人ぞ知る、バロック・ヴァイオリン界の貴人とも称され、その優雅な演奏手法に惚れ込んでいるファンも少なくないようです。ガッティについては、古楽ブログとして有名なSEEDS ON WHITESNOWに詳細な記述がありますので、知らない方はこちらをご覧になると良いです。(→http://seeds.whitesnow.jp/blog/archives/2007/06/post_158.html)

それによりますと、ガッティの魅力を以下のように説明しています。

エンリコ・ガッティの音楽に感じる魅力は、もちろん、バロック・ヴァイオリンというには、あまりにも芳醇すぎる豊かな響きにあるわけですが、その背後には、彼の生まれたイタリアが持つ文化の蓄積を併せて感じます

聴きおえてみれば全く同感で、ガッティの「芳醇」を深く深く感じた2時間でした。

ガッティの演奏を聴いていると、イタリア・バロックは全てが歌なのではないか、とさえ思えてきます。AndanteであってもAllegroであっても、そこに漂うのは空気であり、谷を吹く風であり、渓流や泉の流れであり、太陽の輝きを感じます。そして、人の喜びや営みが、聴こえてきます。

演奏は気品と上品さが全く嫌味なしに表現され、卓越した技巧も単なるテクニックに陥らない。響きは極めて自然で刺激とはならず、従って、やたらと精神を興奮させもしない。自然に、すうっと体に流れ込んでくる素直さ。

演奏姿が、すでに呼吸と一体になっている。強く引き降ろすようなボウイングに見えても、奏でられる音は極めて繊細、フォルテにおいても決して荒らぶらない。体から音が出ている。だからといって弱々しく女性的というのでは全くない。音楽が示しているものは、あくまでも男性的な詩。色気、エロスも男性が醸し出す馥郁とした香り。バイオリンという楽器が放つアクの強さやどぎついフェロモンは全く感じない。それがバロック・バイオリンの特色なのか、ガッティの音楽なのか。

極端なアーティキュレーションやアゴーギクは、そのひと時は面白いかもしれないが、そのうち飽いてくることも否定できない。ガッティの音楽にコケ脅しは一切なく、それでいて汲めども尽きぬ泉のよう。こんこんと輝くばかりの音楽が至福の喜びとともにあふれ出し、聴き飽きるということが全くない。どれも、これも、初めて聴く曲ばかりだというのに、この面白さよ。何度も鳥肌が立つ。

音の響きは、それが奏でられる空間や雰囲気に左右されるとしたならば、今日の立教大学の食堂で行われた演奏は、音楽をより一層引き立てることに奏効したと言えましょう。チュ-ダ様式の古風な空間と、開け放された入口から、まだ乾いた6月の空気が流れてくる。密閉されていないことによる適度の解放感、落ち着いた光、リラックスした休日の午後。

一体に、もしも西洋音楽というものがドイツではなく、イタリアを中心にその後発展していたとしたならば、音楽史や世界史は、もしかしたら変わっていたかもしれない、とさえ思える演奏会でありました。SEEDS ON WHITESNOWに書かれているように、まさに、イタリアの音楽が本来持っていた豊かさ、それがそのまま封じ込められているのではないか、という甘美な幻想を思う存分に堪能。感謝、ブラボー!!。(>って、こんなにベタに褒めていていいのか?)

上)開演まで暇だったんで、軽くスケッチ。下描きなし、かなりテキトー、植物ばっかなんでペン画では難しい・・・。しかし、何て素敵なキャンバスなんでしょう! 池袋の混沌を抜け出すと、すぐ近くにこんな空間が広がっているなんて!

2007年3月17日土曜日

【演奏会】とりあえず予約してみました

私は基本的にコンサートの前売券というものは買わない。買ったとしても仕事の都合で行けなくなる確率が50%を越える事が予想されるからだ。どうしても聴きたいと思うコンサートでも、数日前での予約あるいは当日券狙いである。あまりに人気沸騰で入手で不能であれば、縁や運がなかったと諦めるのみである。

しかし、何となく、コレ(下)は買ってしまった・・・。

あとは、天に祈るのみ! でも、6月3日の「ソナタ編」の方がよかったかしら・・・。

2007年2月17日土曜日

【音盤】ガッティ/ヴィヴァルディのヴァイオリン・ソナタ集

ヴィヴァルディ:ヴァイオリンと低音のためのソナタ集 Op.2より
    第2番/第3番/第4番/第7番/第1番/第9番/第5番
  • Enrico Gatti(vn)、Ensemble Aurora
  • Glossa GCD921202M

私は古楽ファンであったことも、更にはヴィヴァルディの音楽を好んでいたわけでもありません。従ってネット上の古楽ファンの方々が絶賛している、エンリコ・ガッティの演奏について、あれこれと述べる語彙を持ち合わせてはいません。

ある人は、店頭で視聴した途端に耳を奪われて動けなくなってしまった。。Sonnenfleckさん)と書いています。ということで、かなり期待して聴き始めたのですが、期待はずれが半分、期待以上が半分という交錯した感想が第一印象。

期待はずれは、私がヴィヴァルディの音楽に求めた「ヴィヴァルディ的刺激」が希薄な曲であった点。これはOp.2というヴィヴァルディ初期の作品である所以と理解、幾人かが指摘しているようにコレルリ的と言われれば、ああそういうものでしたかと合点。期待以上であった点は、今更私が繰り返すまでもないこと。ガッティの演奏の確かさと瑞々しさ、アンサンブルの快楽、音楽がヴィヴィッドでカラダの芯の深いところまで何の抵抗もなく染みわたっていくことの心地よさに浸るのみ。

「フルーティーさ」「ほのかな甘み」「可憐さ」「可愛さ」「蜜がとろりと滴るような美音」などの修辞が感想に踊っていますが、私が聴き取ったのはそういう所謂女性的な特性ではなく、音楽に立ち向かう確たる姿勢と端正さ、そして力強さであります。作品の輪郭が抒情に流れずにくっきりとしている。しかし演奏は全然堅苦しくない、アンサンブルのさざめきに乗って自在にガッティがカラフルに描き踊る。決して扇情的にならずに興奮を作り出す品の良さときたら、あちこちのフレーズで震えがくるほどです。

ああ、確かに・・・ガッティって、何だか分からないけれど「良く効く薬」みたい、あまりにも素敵かもしれない!(>1枚しか聴いていないので判断留保、しかしiPodには即入)