日経を読む対象者しか眼中にないだろうか。
よくこの記事で炎上しないと思うものだ。
筆者には今の格差拡大はどのように写っているのか。
「老後資金1億円」の確保は不可能? 頑張ればできる?:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB29AKI0Z21C24A0000000/
時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
日経を読む対象者しか眼中にないだろうか。
よくこの記事で炎上しないと思うものだ。
筆者には今の格差拡大はどのように写っているのか。
「老後資金1億円」の確保は不可能? 頑張ればできる?:日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB29AKI0Z21C24A0000000/
世の中は新NISA制度になってから、にわか投資ブームみたいになっています。
今までのNISAよりも、大幅に制限が緩和され、より投資しやすい制度となったことも原因であり、証券会社や金融機関は、こぞって口座を開くことを煽っているようです。
もとはといえば、政府の年金制度が破綻しており、自らが老後資金を蓄えなくてはならなくなったのと、家計の2000兆円を超えるとも言われる眠った資産を、なんとか動かしたいということを考える輩の作戦に、まんまと国民が引っかかったというところでしょうか。
暗号資産もリスクはあるものの身近になってきました。
自分が投資を始めたきっかけは、今後のインフレ局面に向けての資産保護が第一。大きくゲインを得ようとは思っていません。
ましてや完全に老後域に入っており、あと何年か収入があるかも分からない立場、大きなリスクは取れません。
新NISAにまんまと乗せられたわけではないですが、さすがに自分でやってみないと語ることもできません。
まずは小額から試してみようと思っています。
今日の新聞各紙は昨年度の出生率が1.29と過去最悪であることに驚きの声を上げています。
2003年の合計特殊出生率(女性が生涯に産む子どもの数)が1.29と統計開始後の最低を更新した。厚生労働省の将来推計(2002年)では、出生率は07年の1.306を底に1.39まで回復する見通しで、これが「厚生年金保険料は将来18.30%で固定・給付は現役世代の5割」との年金改革法の基礎数字となっている。早くもそのシナリオがほころびそうな気配で、予想外の少子化急進行は、政府が打ってきた対策の手ぬるさへの警告と重く受け止めるべきだろう。(6/11日経新聞 社説)
それは確かにショックですが、なぜ年金改革法案成立した「今」発表なのか、数値については本当に「確か」なのか、疑念がフツフツと湧いてい来ます。ひょっとして今度は消費税率の改定に進みますか。つい最近、ほとんど唐突に議論もされずに内税表示方式になったばかりですから、布石は打たれています。
国民の不安を煽って金を巻き上げるやり口は、もはや新興宗教紛いになってきましたね。それでいて会計(使途)は不透明というわけですか。
年金国会の一党独裁政権による強行採決や、野党のいったいぜんたい何をしたいのか分らない牛歩戦術の愚などを見せ付けられては、亡国の首相でありませんが「いつまでこんなことをがまんしなくちゃならないんでしょうね」と言いたくなるのは、こちらの方だと言いたくなってきます。
ここで諦めたりキレたりしてはいけないと「週刊!木村剛」は切り込んでいますが、なんだか気力が沸きまへん。今度「月刊!木村剛」が創刊されるらしく、創刊号は年金問題らしいので、もう一度勉強しなおすこととします。
それにしても、暴挙と言えるような国会運営は今回に限らず、有事関連法案などにおいても嫌というほど、ここ数年見せられ続けて来ましたので、他の方はどうか知りませんが、私の場合、是認なのか思考停止か、あるいは諦めか、それさえも判然としなくなってきました。
国民が皆怒っているのかと思えばさにあらず。このような政党を選んでいるのも国民であるため、それを言うのもお門違いということなのでしょう。各論で反論はするものの、全体では「まあ賛成、現状維持」という極めて日本的といえば日本的な感情でしょうか。
考えてみれば「天皇制に反対か」と問われれば「問題あり、議論の余地あり」と答えますが、「では、廃止すべきか」と問われれば「まあ国民の象徴ですし、まずは維持かなと」とか、「安保と有事は是認すべきか、憲法九条は改訂すべきか」と問われれば「問題多く議論の余地あり」と答えますが、「では安保廃止、自衛隊解体すべきか」と問われれば「それはちょっと困るか」と答えてしまうほどに、不確かで曖昧なスタンスでしかないわけです。
かくも政治的に未熟でありつづけ、そのように慣らされてきた成果が、今の自民党一党独裁政権による日本式社会主義を支えているのであると、自虐的に思わざるをえないため、出るのはもはや溜息=3ばかりというところです。
年金加入に関する未納・未加入問題が「年金ドミノ」となって政治的混乱と政治不信を招いています。未納・未加入問題が本来の議論とかけ離れたものになりつつあるため、本来の年金改革という議論が出来ないことこそ問題という論調が出るのも当然です。
ただし、ここまでこじれてしまったのは政治家の認識の甘さと、それをセンセーショナルに報道し続けてたマスコミの態度にあるわけでして、どちらも「落とし前」は付けてもらいたいものです。
年金制度の是非云々よりも、もはやぬぐいがたいほどの年金不信と政治不信、政治家不信を招いた議員たちが、果たしてこのまま国民の代表であるなどと言い続ける事ができるのでしょうか、というより、議員というのは日本の「どこの」代表であるのかということさえ、茫洋としてしまったわけです。何故なら、サラリーマンの私とは意識の点でも同じ土俵にいないことが又しても明らかになってしまったのですから。
茶番と泥仕合を見せられた国民は、怒ることも諦めることもできずに、希望も期待も政治に見出せない状況なのに、それに拘泥することで、その先に何か建設的な議論が始まるのでしょうか。
産経新聞は18日の社説(主張)で、
首相は年金未加入問題で同じように政治責任を取るべきではないだろう。最大野党の代表と一国の宰相との責任の重みは比べるべくもなく、別個のものだからだ。
とし、小沢氏のような責任の取り方について否定的です。むしろ『本来の課題に議論戻そう
』として、年金改革法案の廃案を含め、具体的な検討を進めるべきとしています。
朝日新聞は、同日の社説で、
いま求められているのは、国会議員の未納・未加入の全容を示し、そのうえで悪質な議員は責任を明らかにすることだ。こうしたミスが起きないようにする仕組み作りも喫緊の課題である。
としています。どちらも是なのですが、私には脱力感だけしかありません。どうしてくれるんですか、この「脱力感」を。
今週の「週刊!木村剛」は『厚生年金はネズミ講か? [コラム]』と題して、公的年金制度のおかしさを、怒りを込めて書きつづっています。
年金問題は私も気になっているのですが、どこか徹底的に騙されているのではないかという気持ちが抜けきれません。先に触れたグリーンピアに代表される施設ひとつ取っても、全く理解の域を越えています。木村氏は、『若者に年金脱退権を認めよ!
』と主張しています。結論だけ引用してしまいますと、
要するに、「年金脱退論」というのは、インチキな「保険方式」から明確な「税方式」への移行を展望した政策なのである。私は、各人のインセンティブにしたがって、年金のあり方を自由に選択していく結果としての「税方式への移行」を目指すべきだと考えている。
ということです。ここで思い出すのが大前研一氏のメールマガジンです。『「年金、要りません!」という人には「名誉」を』と題した第1回のメルマガは、年金からの脱退を勧めています。年金脱退者には「名誉」や「その後の所得税を免除するなどのメリット」を与えるべきだと説きます。彼の主張も年金改革にあります。
年金脱退権という点においては両者共通しています。お上の制度に一律にという時代は終わったようですし、自己責任が言われる時代において、個人はもっと賢くならなくてはならないということでしょうか。
先日、年金問題についてちょっとだけ書きましたが、本日の読売新聞は『[年金改革]「“保険料流用”の廃止が先決だ」 』とする社説を掲載していました。社説は以下のように書いています。
国民が納める保険料は、現在の高齢者の給付を支えるとともに、将来に備えた積立金となる。それを官僚は湯水のごとく浪費し、目減りさせている。
「無駄遣いの象徴」とされるのが、広大な敷地に豪華なホテルやプールなどを備えた大規模年金保養基地(グリーンピア)だ。一九七〇年代から八〇年代まで全国十三か所につくられた。
経営難のため二〇〇五年度までに全廃されるが、それでも建設費や借入金の利払いなど、最大で約三千八百億円の損失が年金資金に重くのしかかる。
これだけではない。病院やホール、スポーツセンターなど、年金資金で建設された福祉施設も、合わせて二百六十五に上る。建設費も維持管理費も、すべて保険料に“おんぶにだっこ”だ。累計では一兆五千億円を超えている。
この手の話題について、マスコミは時々思い出したように記事や番組にしていますが、今ひとつ国民(私たちですが)の憤りにまで結びつかないような気がしています。いわゆる「年金たれ流し」問題は、ジャーナリストの櫻井よしこさんも鋭く著書で批判していますし、あまり好きな雑誌ではありませんが、「週間ポスト」などでも特集記事をみかけます。
いったい納めている年金がどのように使われているのか、国民をはじめほとんどの人が知らない、知らされていない、知ろうとしない、知ろうとしても分らない、という状態は、やっぱり怒るべき自体なのだと思います。そういう実態があるから最近の年金情報が「目くらまし」に見えてくるのですが。