2026年10月27日火曜日

AIにBloggerの過去記事を読ませて考えたこと

 あくまでも、これはBloggerを今後どうすべきかの試行です。BloggerをGPTが検索して読みにいくようなことが、APIを使わないとできない、その代替としてBloggerを全てダウンロードして、そこを読みにかせる、という方法を提案されましたが、果たしてGPTにBloggerを読ませて得るものがあるかをテストしたわけです。

 これはこれで、意味があると思える結果であり、今後、Bloggerという思索の断片をどのように育てるか、捨てるか、考えどころです。Blogという他人に読ませるというよりは、あくまでも自己との対話が中心になっていますので。Gmailについても、GPTを通じて「分類しない」という方法論に転換しました。またAIエージェントも、方法論から入るのではなく、何がアウトプットとして欲しいかに着目することとしました。

 手段として何ができるから、こうしよう、ではなく、何をしたいか、だけに注目する。またAIをデータベースにしない、検索ツールとしない、という発想も、やっとAIを使うことで理解しました。静的に固定したいもの、例えば市況レポートはドキュメントとして残せば良い。

 そして、思索の断片は、Blogger的なもので続けるとよいのではないか、というのが本日段階での結論ですかね。 生成AIのアプトプットが示唆に富むので、出力結果をそのままBloggerに掲示したこともありましたが、それはあまり意味がなさそうです。 自分の場合は、話すよりも書くことで思索が整理できるタチなので、そこに戻るのも良いかもしれない。

 もしかすると、ここで投げかけた「問い」そのものに意味があり、その「問い」とそこから得られたAIの解答が重要なのではなく、AIの解答から進めた新たな知見や問いに、再び価値があるということなのだろうと、理解しました。 

 だとすると、今回のセッションで残すべきは、自分の書いたプロンプトやまとめであり、AIのよくまとまった結論や、自分では気づかなかった関係性や分析なのではないのだなと。

 それは、また生成させてみれば良いだけのこと。AIもまた違った結論を出すこともありうる、というくらいに動的なものなんだなと。

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