ラベル ビジネス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ビジネス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2008年11月16日日曜日

【本棚】竹内一正:スティーブ・ジョブス 神の交渉力

iCON/スティーブ・ジョブス 偶像復活」を以前読んでいますから、本書から目新しい情報は得られません。ジョブスについて知っている人に本書は二番煎じの、初めて読む人には短い時間でのガイダンスなりえましょう。

既に充分に紹介されているジョブスのビジネスにおける「手口」とか「やり方」を紹介し、テーマごとに「貴方にもできそうなこと」を自己啓発所風にまとめているところが本書の特徴。ソニーの井深大や松下の松下幸之助などを、刺身のツマのように引き合いを出していますが、中途半端で雑な印象を受けます。

誰もがジョブスに敬意を示し、ジョブスに憧れたとしてもジョブスには到底なれない。ジョブスの前にジョブスなく、ジョブスの後にもジョブスなしです。

彼の性格を端的に表現する表現。

腕に覚えのないサラリーマンでは、ジョブスと働くのはムリだ。たちまち切って捨てられるだろう。ジョブスは、鋭利な刃物のような切れ味の人間だから、敵をなぎ倒し、問題を解決する過程で、まわりの人間まで切り刻むことがしばしばである。よくも悪くも、これがジョブス流だ。(P.70)

あるいは、

能力や野心が大きければ大きいほど、人はジョブスに惹きつけられる。そしてドアの内側に入れば、「ジョブス以外の人の下では働きたくない」と言い切る。一方で、ドアの外側に追い出されたら、「二度と絶対ジョブスとは働きたくない」と断言する。(P.91)

なぜ、人はジョブスに惹かれ、ジョブスから離れるのか。なぜビジネスの場で、ジョブスは相手を圧倒的に魅了してしまうのか。それはジョブスが、我々がかつて見たこともないようなモノを見せてくれることと、何かとてつもなくワクワクさせてくれるものを絶対に実現させるのだという強烈な意志があること。

ジョブスを「嫌い」「嫌な奴」と評する人は多いと思います。「野心」もなく凡百の才能しかない者が、いったいジョブスから何を学べるというのでしょう。絶対に実現させたいモノあるいはコトがあるのか。彼を知ることは、働くことの源泉に対する問いかけで、小手先の技術を幾ら並べたり、彼のやり口の好悪を評しても詮無いことではないかと。

本書はジョブスの有名な2005年スタンフォード大学での基調講演(→ Text of Steve Jobs' Commencement address(2005)~STNFORD NEWS SERVICE)の言葉で締めくくっています。この演説は非常に感動的で、本書を読むよりも余程価値があります。

有名な「今日が人生最後の日であったら」の部分。

for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: "If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?" And whenever the answer has been "No" for too many days in a row, I know I need to change something.

スタンフォードの学生に贈るメッセージ。

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma ? which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

最後は下記の決意表明で結ばれます。

Stay Hungry. Stay Foolish. And I have always wished that for myself.

日本語訳もネットを探すとイロイロあります。Googleでトップに出るのはここ。You Tubeの動画は下記。

2008年1月27日日曜日

【本棚】大前研一:大前流 心理経済学


副題は「貯めるな使え!」と刺激的なキャッチ。要は1500兆円にもなる個人金融資産を眠らせることなく、有意義に消費、投資にまわして日本を活性化し、自分の人生をより良いものにしろというメッセージ。 もっとも「大前流」とあるように「心理経済学」という点の内容は残念ながら浅い。 

ここでも日本人の多くが自分の資産さえ把握していない不思議(P.125)に警鐘を鳴らしています。把握していないのではなく、今まで把握する必要がなく、陰謀論的には把握させないように誘導されていたのかも知れませんが・・・。

氏のメッセージは強烈なのですが、一方で個人金融資産1500兆円というところに読者の生活実感がどこまで合致するか疑問です。

大前氏も高齢者から若い世代に資産を移す(P.159)と指摘しているように金融資産は高齢者に偏っています。本当にお金の必要な若年層は資産より負債の方が多いのが現実でしょう。そこで大前氏は、資産移動のために贈与税の改革と生前相続制度を挙げているのですが、現実味が少ない。というのも、資産はもはや年齢だけではなく、階層に偏在しているのが日本の現状なのではないかと感じるからです。

前提の1500兆円に関する詳細な分析がないだけに、資産ギャップを感じる人には、ほとんど空論と写ります。

それでも、多少雑ではあるものの、見逃すことのできない指摘も多い。たとえば「第6章 心理経済と集団IQ」。

シンガポールの生き残り戦略などを紹介しながら、日本の旧態依然とした地域利益重視型島国政治によって、国際社会から完全に取り残されつつある現状を活写しています。また最近話題になり始めた政府系ファンドについても言及しています。

かように海外はめまぐるしく変化しており、スピード感は驚くほどです。今の日本政治が完全な機能不全に陥っていることは日々接するニュースや仕事からも実感として感じることです。アメリカの大統領予備選の報道ぶりを見るに付け、日本の政治風景の不毛さを思い知ります。

日本がこのまま国際社会での地位を急激に落としていこうとも、多くの人たちは日本に住み続けなくてはなりません。その中で幸福を追求するには、「無知」と「怠惰」を戒め、自ら主体的な個として生きなくてはならないということなのでしょう。

正月からいくつかの投資関連本やら自己啓発本を読みましたが(梅田望夫の「ウェブ時代をゆく」も含め)、共通して感じたことは「お金の運用」の仕方ではありません。「投資」ということの持つ意味と、自分の人生に対する積極的関与の重要性です。私たちは、より良く生きるために「投資」を怠ってはいけないのだと。

2007年10月3日水曜日

[立読み]長野慶太:部下は育てるな! 取り替えろ!

刺激的な題名の本、書店でざっと立ち読み。買うほどの内容ではありませんが、書いてあることには首肯できる点も多い。ただし、部下を取り替えることのできるほどの実力と権限を既に持っている上司ならば、このような本を読むことはないのでは。なかなか育たない部下、あるいは期待したパフォーマンスを上げない部下に悩んでいるから、このような本を手にとるのではないでしょうか。


部下は育てるのではなく勝手に育つのを待つ、だとか、部下と分かり合おうなどと思うな、というのは、一面においては確かにそうかもしれません。パワハラ上司は別としても、最近は部下におもねる本が多すぎる気もします。全面的に賛成はしませんけどね。



2007年7月23日月曜日

【本棚】スティーブ・ジョブズ-偶像復活



この本をどのような目的あるいはコンテキストに当てはめて読むかで読後感は変わるかもしれません。Appleの創業者にして最近のiPodのヒットをとばしたジョブズの波乱に満ちた半生を一気に読ませる筆致で描いて見せた作者の力量は見事です。多少の誇張やジョブズに対する偏見が透けてみえようとも、とにかく本書は圧倒的に面白いのです。


ビジネス書として読んだ場合、彼の性格や行動が破天荒であり天才的過ぎるので、一般人が参考にできることは少ないというアマゾンの読者レビュも目にします。





まあ、それはそうでしょうが、先に紹介した「ビジョナリー・カンパニー」や「ビジョナリー・ピープル」を思い出しながら読んでみると、ケーススタディとして結構面白く読めます。


ジョブズはアップル創業前に、スティーブ・ウォズニアックという天才と強引にコンビを組みます。


ブルーボックスという成功例もあるのだから、また、何かを作って売れるんじゃないかと思われた。問題は、その何かとは何なのかだった。
(P.50)


これなど、まさに「まずバスに乗せる人を決め」てから行く先を決めるという「ビジョナリー・カンパニー2」の指摘そのままです(残念ながらAppleはビジョナリー・カンパニーとしては選定されていません)。


スティーブ・ジョブズは、家庭やオフィスにコンピューターを売ることを通じて世界を変えられるというビジョンを提示した(P.75)


これは「ビジョナリー・カンパニー」で提唱された基本理念やBHAG(Big Hairy Audacious Goals=のるかそるかの冒険的な目標)に当たるものでしょうか。ジョブズは自分が具体的に何をするのかについては紆余曲折するものの、自分がどうありたいのかは理解しており、そのことに驚くべき情熱とエネルギーを賭けたことが分かります。


こうしてジョブズを考えてみると、経営トップの中には、ジョブズ的な性格を有している人も少なくはないでしょう。それであっても、誰もがジョブズにはなれないという事実、ジョブズはジョブズでしかない。ジョブズのような才能は、世界でも極めて稀であり、それ故にiCON=偶像になったわけです。彼の考え方や生き方をマネてもジョブズにはなれないんですよね。



本書の主眼がジョブズの人間的成長という面に重きを置いているとしたならば、それは成功しているといえましょう。ジョブズを知る上では格好の書です。でも、何故Appleが魅力的なのかは、依然として謎のままです。


また、ジョブズがAppleに果たした役割についても(それは映画会社pixerについても同様です)、かなり限定的な描かれ方をしています。それでも、パーソナル・コンピューター、アニメーション映画、音楽の三つの業界で多大な影響力を与えたのはジョブズの手腕であると説明しています。


デザイン・センス、卓越したプロモーション能力、論理を超えた直観力、組織を導くカリスマ性だけでは数十年に渡り、巨大な組織を率い、消費者を惹きつけておくことはできないハズです。そこのところが本書の記述からはクッキリ見えてこずに、少しもどかしさを感じないわけではありません。

2007年7月18日水曜日

【本棚】ビジョナリー・ピープル

ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則』と『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』が極めて秀逸な本であったので、本書も期待して読んでみました。著者のジェフリー・ポラスはスタンフォード大学ビジネススクール名誉教授、「ビジョナリー・カンパニー」の著者の一人でもあります。

ところが訳がマズいのか、なかなか読み進められない。その上、前著に比べて今ひとつインパクトがありません。紹介されている人物が、日本人には余り馴染みのない人で占められているため親近感が沸かず、自分に引き込んで読めないという点もあるかもしれません。

ビジョナリー・ピープルとは、時の人や浮き沈みのあったカリスマ的リーダーではなく、自分自身の成功を定義し、最低20年以上その分野で長く続く影響を与えられるようになった人とされています。多くのリストから1000人に絞込み、最終的に200人を越える人とのインタビューを行ったそうであります。途方もない労力の結果、本書が出来上がっています。

私はこういう本を読むにつけ、「ビジョナリー・カンパニー」を読んで感じたように、このような研究に、これほどの綿密な計画と労力を払う人種と職業があるということ、そのことに驚きと感動をまず覚えます。

さて、内容はそれほどインパクトがなかったとは書いたものの凡作ではありません。紹介されているビジョナリーな人物が持つ楽天性、前向きな性格、そして情熱には、ほとほと参ってしまいます。間違っても私はビジョナリーな性格を有していないなと思い知らされます。

彼らには人生の意義が明確に見えており、自分が何をすべきか分かっています。「成功」を明確に定義しており、自分の内実と不連続なものとしてそれを位置づけています。

本書の第二章冒頭に書かれている次の言葉は、働くものや、働かないでいる者にとっても深く突き刺さります。

最近は、自分のしていることを好きになるのが大事、という議論が盛んになっている。(中略)多くの人たちにとって、本当の生きがいというのは、そうあって欲しいという感傷的な空想で終わってしまう。

実はこれが問題で、自分の大好きなことをしないのは危険なのだ。自分のしていることに愛情を感じない人は誰であれ、愛情を感じている人にことごとく負けてしまう。(P.54)

おそらく、これは極めて真実なのでしょう。しかし、それを実現できている人は、いったいどれほどの割合なのかと。本書を読み通して、そこに描かれていた人物の生き様を知った後で序章の次の一文を再読すると改めてハッとするはずです。

つまり、長期間にわたって続く成功と密接な因果関係があるのは、個人にとって重要な何かを発見することであって、企業にとっての最高のアイデア、組織構造、ビジネスモデルではない(P.9)

ここで定義される「成功」とは富や名声や権力のことではないことは勿論。

ビジョナリーな人にとって、成功の本当の定義とは、個人的な充実感と変わらない人間関係を与えてくれる、そして自分たちが住んでいるこの世界で、自分にしかできない成果を上げさせてくれる、そんな生活や仕事のことだ(P.30)

さて、自らに問いかけたとき、いかがか・・・。

2007年5月19日土曜日

【本棚】ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則


「Good to Great」というのが原題。

ドラッカーの書もしかりですが、優れたビジネス書は働くものに多くの知見や啓蒙ばかりでなく、人生に対する希望や可能性さえ与えてくれる指南書であることが多い。そこには目新しいことは書かれていないかもしれないが、現状に閉塞感を感じているならば、何かしら目を開かせてくれる言葉に出会うものです。

そんな中にあって前書の「ビジョナリー・カンパニー」(→レビュ)は目からウロコ級の極めて優れた書でしたが、本書も同様であり、ベストセラーの名の下の二番煎じやドジョウなどでありません。

ここでは本書の要旨やポイントについて言及するつもりはありません。手軽に知りたければamazonのレビュを参照すればよく、また章ごとに要約が端的にまとめられています。

私が一番感心したのは、本書のスタンスです。筆者のジェームズ・C・コリンズと今回の調査研究に携わった研究者達の膨大な尽力には畏敬の念さえ覚えます。そして、それこそが本書の大きな魅力だと思います。

前書でもそうでしたが、「自社ビルを見つける」落とし穴を避けるという問いの立て方は重要です。ビジョナリー・カンパニーに共通する特徴を見つけるのではなく、これらの会社が本質的に違う点は何か。ほかのグループの会社と比べて際立っている点は何かという問いを立てろと主張します。今回はビジョナリー・カンパニーの替わりに、飛躍した企業に対し同様の問いを立てて調査研究が進みます。

前書の読者からの素朴な疑問に立ち向かうため、前書の前提を一旦捨てた所からスタート、5年間に渡る徹底的な調査と討議。ともすると陥りがちなはじめにあった理論を調査によって試すか証明する方法は取らず、データと事実にのみ準拠する姿勢、その結果から導かれた結論の重い説得力。プロセスに妥協は無く、驚くべき真剣さと熱意に打たれます。

そして、これらの活動の根本にあるのは、あふれるばかりの好奇心。

こういう質問をよく受ける。「そこまで大がかりな調査研究を進めた動機は何なのか。」的を射た質問だ。この問いの答えは一言でまとめられる。好奇心である。答えを知らない疑問をとりあげて、答えを追及していくことほど面白いことはない。(P.8)

そうなのです。だから本書は読み始めたら止まらない程に面白いのです。ビジネス書でありながらワクワクし、ドキドキし、自分の自身や所属する組織に思い巡らし、そして何かに気づきます*1)

一方で、しかし、とも考えます。

GEの偉大な経営者であったウェルチもそうですが(→たとえばこれ)、なぜ発展すること、勝つこと、Greatになることが重要なのか。拡大することを宿命付けられた資本主義の幻影を追っているだけなのか。否と筆者は応えます。

「なぜ偉大さを追求するのか」という問いはほとんど意味を持たない。(中略)

ほんとうに問題なのは「なぜ偉大さを追及するのか」ではない。「どの仕事なら、偉大さを追及せずにはいられなくなるか」だ。

つまりそこそこの成功で十分ならば仕事の選択を間違えているのだと断言します。

このような疑いのない明るさをベースとしたポジティブさに抵抗を覚える人もいるでしょう。理解はしても斜に構えたくなる人もいるかもしれません。それでも本書の語ることを無視はできません。どこかで成功するとか何かを達成するということに対し、そして少しでも人生の意義を見出そうとするする人であれば、本書から何かを得られるはずだろうと*2)

  1. 気づくことの多くは、ゲンナリさせられるものばかりなのだが・・・_| ̄|○
  2. 逆に言うと、そういうことに全く意義を見出さない人には役に立たない、というか、そういうことに興味のない人は・・・そもそも、こういう本を決して読まないだろう。

2007年3月9日金曜日

【本棚】本田直之:レバレッジ・リーディング

著書の本田氏の「読書」とは所謂ビジネス書のこと。仕事で役に立つ本をできるだけ多読するためにどうしたら良いか、というテーマを扱ったもの。精読よりも多読を薦めるのは、同じテーマでも違った本を読むことによる反復習得と多角的な方面からの見方を養うため。

良書の選び方から、いわゆる「速読」とは違う読み方のポイントを要領良く、それが何故必要なのかを説明してくれます。著者の最終的な目的は、多く本を読んで知識を溜めることではなく、一つでも実践すること。それが1500円の本を15万円の価値(リターン)にするのだと。

この手の内容の類書は多いため、目新しいものはありません。それでも、私がこれはと思ったのは「レバレッジ・メモ」を作って繰り返し読む、ということと、本棚の整理方法でしょうか。前者は、本の中で線を引いたり頁を折ったりなどした部分を、後で(自分の言葉を補いながら)書き写し、そのメモを繰り返し読み実践することが重要だということ。一度読んだ本は、よほど名著でない限り読み返さなのだと。本棚の整理方法は、役に立った本を上の取り出しやすいところへ、あまり面白くなかったものは下段に置くというもの。本棚が一杯になったら下から捨てれば良いので合理的なのですと。本田式読書法は本を折ったり、線を引いたり、書き込んだりしますから(誰でもやっていると思うが)、リサイクル書店では売れないのです。

私もこうしてセッセと読書メモを作っていますが、本田氏のメモはもっと実践的です。私も一時実践したことがあるのですが、結構メンドいんですけどね。また、私は割とだらない本も買ってしまいますから、そういう本は、いつかブックオフってやろうと思って読むので、線とか折り目とか付けにくい。だから、くだらない本ほど綺麗なまま読み終える、なんだか貧乏臭いっすね(^^;;;

そういう貧乏性の私ですから、当然本書は「レバレッジ・リーディング」を実践して読んでいまして、おかげで、本屋の立ち読みで30分もかかりませんでした。(自腹切って買うのが筋らしいですが・・・やっぱ、それ程の内容ではないなと・・・あ、ゴメンなさい、立ち読みの感想なんて書いて・・・)

2007年3月8日木曜日

【本棚】大橋弘昌:負けない交渉術―アメリカで百戦錬磨の日本人弁護士が教える


私は仕事がら、毎日とは言わなくてもかなりの頻度で交渉の場にのぞんでいます。相手が百戦錬磨あるいはやり手の担当者の場合は、「これは適わないな」などと思うこともあります。こちらもそれなりに場数を踏んでいますから、交渉の落としどころを見極めながら、相手の印象や雰囲気、そして話す内容など様々な(一次)情報を頼りに、更にそれを逐次修正しながら、話し方や態度を微妙に変えながらカードを見せてゆく戦術を取ります。

交渉はお互いの利得を少しでも大きくしようとする、ある意味で「パイの奪い合い」みたいなもの。交渉テーブルは千差万別ですから、誰にでもマッチする方法論などはないと思っています。

そうではあっても、交渉の最終到達点といえば「負けない」こと。更に言えば、著者も指摘するように当方は勿論のこと相手にも利得が感じられる「ウィン・ウィン」の交渉であるという点には大きく同意するものです。それが極めて難しいから「交渉術」とか「説得術」に関する本が売れるのであり、私のような交渉ベタが、セッセとこういう本を読んでしまうわけです。

著者の大橋氏はニューヨーク州の弁護士。自らの体験をもとにして、主に日本人が欧米人などと交渉する上で心がけなくてはならないポイントを平易にまとめています(→amazon)。1500円もする本ですが、出張の飛行機とか新幹線の片道程度で読めてしまう活字量と文章です。ベストセラーになった「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」と読書感が似ています。

だからと言って、本書を軽んじてはいけません。当然のことしか書いていないと言ってしまえばそれまでです。私は結構普遍的で大切なことが書かれていると思います。頁を繰りながら何度も立ち止まり、今現在進めている幾つかの交渉テーブルを思い出し、反省したり赤面したり、地団太踏んだり、そして決意を新たにしたりしています。

もっとも、私は基本的にゲームや賭け事は全くやりませんし、駆け引きというものが基本的に苦手な人間なので、本来的には実務の場で交渉なんてしたくはないのですがね・・・。世の中には、人間関係をアッという間に築いてしまい、社内は勿論、交渉相手だろうが同業他者だろうが、皆を見方に付けてしまえる人というのも存在し、そういう人には「交渉術」なんて姑息な言葉は不要なんだろうなと、つくづく思います。

2006年7月7日金曜日

【本棚】「説得」の戦略


ビジネスシーンにおいて、相手を説得する場面というのは余りにも多い。私の職種の場合、説得の相手は顧客であったり役人であったり。夢見るデザイナーやガリガリの技術者であることも少なくはありません。社内においては幹部や上司は勿論、他部署の社員、同僚や部下、派遣社員。生産現場においては契約関係にある調達先の社長や営業担当者にはじまり職長から末端作業員まで。考えてみると毎日がネゴシエーションと調整を含めた「説得」に終始していると言っても過言ではないかもしれません。

もっとも私は経営者ではありませんから、株主や投資家を説得する必要はありません。

まあ、とにかく「説明」し「説得」する日常であることは今後も変わらないでしょう。しかし、社会において「説得術」は教えてはくれません。特に日本の場合は、その能力を個人のもって生まれた資質やパーソナリティに帰着させてしまっているような雰囲気があります。本書のまえがきの日本では説得力や交渉力の教育はかなり遅れているという一文を目にし、まさにそうだよなと頷いてしまいました。

内容はハーバード・ビジネス・レビュに掲載された論文記事から、本書のテーマに合う内容のものをセレクトしたものです。従って、同一の筆者が書いているわけではないく、内容の一貫性や分析の深さという点からはイマひとつの感が拭えません。それでも、自分の「説得」というスキルを改めて見直し、交渉やプレゼンテーションの場において、場当たり的に対応するのではなく、ちょっと考えて行動する小さなきっかけくらいは与えてくれそうです。

特に、ミラー・ウィリアムズのCEOと会長による「意思決定スタイル別 ビジネス説得術」は興味深い。これによれば、意志決定者は 1)カリスマ 2)思索者 3)懐疑主義者 4)追随者 5)コントローラ の5種類に分けられるのだそうです。それぞれに合わせた説得術があるのだと。自分や直近の交渉相手がどのタイプに当てはまるのか考えながら読み進めるとリアリティがあって面白いです。

「ストーリーテリング」については、我が社でもそれが得意な重役もいますね。しかし、それも時と場合によりますなあ。そもそも、本書が対象としている「説得」「交渉」のシーンは、知的で高尚な相手が主であるエリートな場面であることを想定しすぎています。我々が接するネゴシエーションの場面は、もっと低俗で泥臭いものが多いのですがね。

2006年6月26日月曜日

【本棚】パンドラの箱とフラット化


Syuzoさんのブログを読んでつらつら考えます。

私も仕事とは別に、この先どういう世の中になっていくのかの興味がつきません。「パンドラの箱」を考えるキーワードの一つは、私の場合は「フラット化」ということです。情報化やIT化が産業革命に次ぐ大きな変革であると説いたのはドラッカーだけではありません。

「フラット化」ということが気になっていたら、本屋でトーマス・フリードマンの「フラット化する世界~経済の大転換と人間の未来」という本がたまたま目に付き、読み始めています。フリードマン氏は自著の「レクサスとオリーブの木」を引き合いにしながら、グローバリゼーションが大きく三つの時代として存在していたと説明します。

ひとつは旧世界と新世界の間で貿易が始まった1492年から1800年頃まで(グローバリゼーション1.0)。次が多国籍企業による世界統一の時代で産業革命を含む1800年から2000年まで(グローバリゼーション2.0)。そして今はグローバリゼーション3.0に移行したのだと。個人や小集団が簡単にグローバル化することが可能になったということ。確かにこれは劇的な変化です。

私の常識は、私の子供にはもしかすると伝わらない。私たちの成功体験は、彼らの世代には無意味なものとなるかもしれない。私たちの時代の幸福感は彼らの不幸でしかないかもしれない。未来はどこに向かうのか。政治の力が復権することはありえるのか、経済や資本主義主導ではない社会は到来するのか。個人と組織の関係は変化するのか。哲学や文学は、あるいは音楽やアートは何を表現するのか。神は終に絶滅するのか、あるいは劇的復活を遂げるのか、Googleが神だなんて、あまりに莫迦げていませんか?

2006年6月12日月曜日

【本棚】梅田望夫:ウェブ進化論


梅田望夫氏の「ウェブ進化論」を読み終えました。多くの示唆に富んだ本です。本書を読んで感じたことは、何度かに分けてエントリしましたので同じ事は繰り返しません。Googleの凄さとか、Googleと楽天の違いやWeb2.0について知るために本書を読むことも有用ですが、私はもう少し別な刺激を受けました。

誰もが認めるように、Googleのミッションの途方もなさにはあきれるばかりです。それを宗教のごとく信じ、全ての企業活動をそれを具現化させるために邁進させているという点においては、ビジョナリー・カンパニーの資質を有していおり極めて興味深い。

しかし私の関心点はGoogleの凄さにはなくGoolge的な企業がもたらす社会が、今後どのようにパラダイムシフトしてゆくだろうかということ。高度に発展してゆくIT社会において、今後の組織と人間はどのように関わってゆくのか、テクノロジーはどこまで人間を幸福にするのか、ということです。

私が想像しているのは、P・F・ドラッカーが指摘する知的労働者がIT革命によって得られた情報ネットワークを通じて、個が余計な介在なしにダイレクトに社会に向きあっている姿です。例えばリナックスの開発に携わるような動き。固有の組織に属さずに、組織に属したのと同じような、あるいはそれを上回る結果と自己実現を得るということ。あるいは大きなミッションに参加しているということから得られるモチベーション。これは既成の階層的組織構造で働く姿とは、大きく異なっています。

社内イントラネットが登場し始めた頃、私は本支店の情報を集めて整理するだけの部署、あるいは仲介役となるような役職は、いずれその役割を終えるだろうと感じました。組織構造がITによってドラスティックに変質する予感を覚えたものです。あれから10年、一部ではその胎動はあるものの、固定化した組織はまだ磐石のように見えます。

そういう企業であっても、知の源泉はシステムやデータベース、ましてや幻想に終わったAIなどではなく、人そのものであること。企業の一番重要な経営資源は優秀な人材であることは、今更ながらに自明のことです。人的ネットワークを有することが能力の一部だったり、優秀な人材を活用するための仕組みを必死で探っています。

しかし、あと数年するとどうなっているのか。情報の共有と知のフラット化がある程度実現された場合、個としての存在価値と組織活動は、どこへ向かうのか。企業と企業の関係もしかり。e-コマースの普及と発展は、調達コストの低減と、今までの調達先や系列の再編へ向かう可能性も秘めています。

顔の知らない誰かから重要な品質のモノが買えるか、最後はマン・ツー・マンだ、ということも充分理解します。思い返せばe-mail黎明期、メールを送った後に失礼に当たるからと電話もしていました。今では「ダメ押し」「催促」の意味でしか改めて電話などしません。それでも仕事はドンドン進みます。(というか、余程の用件でなければ相手の都合を待って電話などしている時間はない)

私事ですが、16~17年前に社内で掲示板機能を用いた情報共有システムが立ち上がったことがあります。どこかの誰かがある問題に悩んでいるという書き込みに対し、即座に驚くほど多くの反応が得られました。まだ1200bpsの電話回線でピーガーやっていた時代です。何かとんでもないことが起こるかもしれないという、予感がありました。

しかし、それは長続きはしませんでした。社内上層部からは「一部のマニアのお遊び」と思われていました。掲示板参加者も年を重ねるに連れ経験を積み、そういうシステムでは飽き足らなくなってしまいました。掲示板参加者が増えすぎたことは議論を発散させ、また経験知を生かすことができずに、テーマも堂々巡りに陥ったことが原因のひとつです。知的集合体が新陳代謝によってレベルアップしなかったのです。また一番重要なコストに関する情報がネットの開放性にそぐわなかったということも、多くの一般社員が「お遊び」と感ずる原因でもありました。(これは、今書いて思ったのですが、別な問題を内包しているようです)

それでもネットにおいては、社内ではあっても、上司も部下も、年長の経験者も新入社員の別もなく、全くフラットな空間でした。あの人と、この人の違いは何によるのか、上司と部下の関係はどうなるのか。組織対組織は。そういう今の常識とは違った社会が、全ての人にバラ色であるのか、グレーなのか。しかし、箱は開いてしまっている。









2006年4月11日火曜日

【本棚】P.F.ドラッカー:ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる


ドラッカーの本は大変示唆に富んでいます。多くの人が彼を敬愛するわけも、ドラッカーの本を1冊でも読むと良く分かります。あたかも未来を見据える預言者のように、的確に数十年後の来るべき世の中を描いてみせてくれます。

ドラッカーは「経営の神様」とか「マネジメントの創始者」という言われ方をしていますが、むしろ、人間が社会組織の中で疎外感を得ることなく、人間らしく生きるにはどうしたら良いか、ということを語っている哲学者的な面も持っているようです。そこが多くの人を惹き付ける理由のひとつでしょう。


本書の描いている世界は、まさに少子高齢化社会であり、誰もが高等教育を受けていることを前提とし、アジア諸国が台頭し、古くからの先進国では政府と官僚が機能不全に陥り、企業においては正社員の数が激減し、IT革命が進行している世界。すなわち現在進行形の今の世界がこれから向かえるべき世界を描いているのです。

一方でドラッカーの資本主義批判や市場経済理論についてのコメントも興味深い。しかしドラッカーは組織や人間にとって重要なことは、経済ではなく社会であると説いています。

例えば製造業に代表された20世紀型の労働形態と組織構造から、21世紀は高度な教育を受けた知識労働者が、フラットな組織の中で働くようになるとの予測は注目すべきです。またネクスト・ソサエティにおいては人の属すべきコミュニティーとしてNPOが重要な要素になるとの指摘には深く首肯、現在の日本にさえその萌芽が見られます。

数ヶ月前の本の感想をこうしてメモするために頁を捲ってみましたが、その一行一行に再び眼を奪われてしまいました。難解な本ではありません。凡百のビジネス指南書を読むくらいなら、本書を数時間かけて読むことを薦めます。ただ、マニュアルや解答はどこにもありません。

2006年4月10日月曜日

【本棚】カルロス・ゴーン 経営を語る


 あまりにも日本で有名なこの経営者に対して、この本を接するまでそれほどの知識があったわけではありません。カルロス・ゴーン氏に対するインタビューをまとめた本書はゴーン氏の素顔を的確に描出しているとともに、優れた経営者には共通した特質があるものだということを改めて感じさせるもので、非常に興味深く読むことができました。



特に彼のスタンスとして素晴らしいと感じたことは、日産の新経営陣に対し、ルノーの文化を持ち込んで植民地的態度で接することを戒めた点です。私が必要としているのは、"コーチ"だ。(中略)必要なのは、"問題を解決する人々"でした(P.250)

"問題を解決する人々(Problem Solvers)"であることの難しさと大変さ。"問題を見つける人々"は多くても、決して自らが"解決"しようとはしないという、日々の企業の現実を見るにつけ、リーダーシップの重要性を痛感する言葉です。また、「改革」とか「テコ入れ」をしようとすると、現地(あるいは現場)の人を無視した高圧的な手法をとりたがるもので、そこにはお互いの企業(組織)文化を尊重しようとする雰囲気は希薄です。それが成功することは稀であることを、ゴーン氏は教えてくれます。

私たちは劇的なまでの日産のV字回復を目の当たりに見ました。では日本人がゴーン氏に期待した「変革の思想」は、日産を超えて他の企業や日本の体質にまで影響を与えたでしょうか。ゴーン氏の改革であっても、全ての人が「勝ち組」になったわけではありません。「痛みを伴う改革」というのは小泉首相のスローガンでもありました。小泉首相とゴーン氏の決定違いは何であったのか、イロイロと考えさせられる本でもあります。

2006年2月2日木曜日

【本棚】P.F.ドラッカー:企業とは何か


P.F.ドラッカーが1946年に著した世界的名著「企業とは何か(Concept of the Corporation)」をボチボチ読んでいます。 本書はGMの内部調査から、組織論およびマネジメント論を生み出し、その後、企業だけではなく世界中のあらゆる組織で教科書として用いられた本です。

この本が偉大であるのは、今日の企業経営では常識的な問題を既に示唆しているに留まらず、ひろく組織と人間の関係を炙り出している点です。すなわち人間を社会的な存在として位置づけ、1940年代半ばの大量生産社会において人間が幸福でありえるかということを問いかけています。

特に「第Ⅲ部 社会の代表組織としての企業」は圧巻。ドラッカーは本論のスコープをキリスト教の伝統をもつアメリカ社会という特定の社会における信条、目的、目標にかかわる問題として、個の尊厳と機会の平等、産業社会の中流階級、働く者の位置付けと役割について論じています。

まさに機会の平等という名の正義、社会における位置づけと役割という名の尊厳を統合して実現することこそ、産業社会の代表的組織としての企業の最大の課題である(P.140)

ドラッカーは機会の平等、自己実現の約束は個としての人間の重視という際立ってキリスト教的な思想から生ずる政治哲学の基本であるとします。企業が(アメリカ)社会の代表組織であるなら、アメリカ社会の信条を体現しなくてはならないのだと。

翻って日本社会の信条とは、日本の政治哲学とは、根本原理とは何なのか。これらを考えることは日本政治思想的な考え方や天皇制をも避けて通ることができず、たとえば昨今の皇室典範の改正や、企業の本質論、更には相次ぐ企業の欺瞞やニート問題など、トータルに考える必要性があるのかもしれません。(物理学の統一場理論のようなものを求めるつもりはありませんが・・・)

ドラッカーの著は60年前に書かれたものですが、極めて今日的な話題(60年経ってもやっと日本で議論されはじめた問題)も扱っており、その慧眼には驚くばかりです。

2006年1月29日日曜日

【本棚】ジャック・ウェルチ:「わが経営(下)」


ジャック・ウェルチの「わが経営」を上下巻読み通し、ジャックと一緒に長い旅を終えたような気になりました。社員数30万人近い多国籍企業のCEOになるには、どういう道のりがあるのか、そしてCEOに備わる資質とは何か、企業経営とはどういうものか、また企業とは何なのかということが、そして人生とは何なのか。本の端々にはジャックの人生哲学が読み取れます。

数多くの企業買収を手がけ、数え切れないほどのリストラを実行し、GEを根本から変え大きく発展させた二十世紀最高の経営者、その人間性の一端に触れたとき、深い感動さえ覚えてしまいます。

特に「第24章 CEOという仕事の本質」は、下巻の中で必読部分でしょうか。ジャックはCEOという仕事は最高、最高だ。(中略)これほどすばらしい仕事が他にあるだろうか。報酬は確かに高額、しかし本当の報酬はその楽しさにある(P.271)熱く語ります。

また、彼が後継者を選ぶに当たっての内実を語った「第26章 「ニュー・ガイ」」は、この章だけでひとつの物語が書けそうなくらいのドラマです。ジャックが後継者選びを本格的に始めたのは、まだ任期を7年以上も残している1993年11月だと言います。後継者を23人に絞り込み個々の候補者の教育プランを入念に練り上げ、2000年までの昇進の筋書きを一人ずつ組み上げた(P.332)と説明しています。人材を選別し、育てながらGEの企業文化に最も合った、最高のリーダーを徹底的に選び抜く、その過程において「政治的」なものがほとんど介入されないように、最新の注意を払って!

何が彼をここまで駆り立てるのか。エピローグにある2001年1月にジャックがGEを去るに当たって催されたボカ・ラントでの上級管理職ミーティング最終日でのスピーチに全てが言い尽くされています。

われわれは力を合わせて、想像もしなかったことをなし遂げてきた。そしてとても届かないと思っていたところにまで到達した。われわれはみな、不可能だと考えていた夢をかなえてしまった。私はと言えば、みんなとほとんど同じ立場からスタートし、そして社員全員の立派な仕事のおかげで幸運を手にすることができた。みなさんのすばらしい仕事に感謝したい(P.383)

ジャック入社三年目の1963年、ピッツフィールドのプラスチック工場を爆発させてしまったように、

これから先には全く新しい勝負が待っている。変革を起こそう。(中略)GEという組織をひっくり返し、揺さぶり、そして屋根を吹っ飛ばせ(P.380)

ユーモアも含めジャックにしか言えない言葉です。

本書を読み終えて、これに先立つ20年前、彼がCEOになることを推していなかった当時の副会長ジャック・パーカーの言葉を思い出します。

私は君を指示しなったし、GEを経営するにはふさわしくない人物だと思っている。この会社をめちゃくちゃにしないでくれ(上巻 P.146)

真の改革者、リーダーとは、どういうものであるのか、本書はその一例を見事に示しているといえます。

2006年1月20日金曜日

コニカミノルタがカメラ・フィルム事業から全面撤退!?

コニカミノルタがカメラ・フィルム事業から全面的に撤退するらしい。「え?カメラ事業から撤退したら、コア事業は何が残るの?」というくらいに、コニカミノルタはカメラ機器メーカーとしての印象しかありませんでした。ミノルタといえば往年のαシリーズのメーカーです。キャノン、ミノルタ、ニコンとマニュアルからAF一眼レフに移行しても銀塩写真の一時代を築いたメーカーでした。高級コンパクトカメラのTC-1は憧れの的でした。
しかし、昨今のデジタルカメラにおいては、CCD等のイメージセンサー技術が中心となり、光学技術、メカトロ技術など当社の強みだけでは、競争力のある強い商品をタイムリーに提供することが困難な状況になってまいりました。
時代の流れなのでしょうね。

ジャック・ウェルチの「わが経営(下)」を読んでいますが、企業経営は迅速であらねばならず、変革すべきときは変革が必要です。GEがエアコン事業などを早々に切り離して売却してしまったように・・・。コニカミノルタの企業理念は「新しい価値の創造」、経営ビジョンは「イメージングの領域で感動想像を与えつづける革新的な企業」とあります。オフィス製品や業務用製品事業において、今後、企業理念をどのように具体化してゆくのでしょう。

ちなみに、ウチのデジカメはミノルタのDiMAGEだったな・・・


2006年1月18日水曜日

人材の育成


「内田 樹の研究室」で、まさに今紹介した経営本に通ずるようなエントリを発見。「即戦力といわれても」と題されたもので、玄田有史氏の『働く過剰』(NTT出版)から下記の部分を引用されています。



わが社のことを最も熟知し、会社と個人のあいだで強い信頼関係を形成している、わが社にしかいないような人材を、自前で育成することでしか、本当の意味での差別化は不可能なのである。したがって、最終的には、即戦力の調達だけでは限界があり、人材の育成を重視する企業だけが、ビジネス上、優位に立てるのだという、当たり前の結論に到達することになる。(9-10頁)


「ビジョナリー・カンパニー」では、以下のように書かれていました。


角度を少し変えるなら、ビジョナリー・カンパニーの延べ千七百年の歴史のなかで、社外人材が最高経営責任者になった例は四回しかなかった。(P.294 「第八章 生え抜きの経営陣」)


すなわち、優秀な経営陣の継続性と、それによる基本理念の維持。自らの企業のことを最も熟知した、文字通り「生え抜き」が企業を持続的に発展させると指摘しています。ジャック・ウェルチはCEO就任と同時に、クロトンビルという幹部養成機関を徹底的に改革し世界でも一流の開発研修所に作り変えました。一にもニにも、企業の競争力の源泉は人材にあることを理解した上での行動であったと言えます。転職とヘッドハンティング天国が米国の実態ではなく、それは単に「結果の不平等」に対するセーフティ・ネットとしての「機会の平等」の帰結でしかないのかもしれません。

【本棚】ジャック・ウェルチ:「わが経営(上)」


「わが経営」とタイトルにあるように、これはジャック・ウェルチの自伝です。しかし単なる自伝ではなく、彼の経営哲学が何であるか、従業員40万人も超える企業を企業を経営するとは、その企業を変えるとは、一体どういうことなのか。5年足らずの間に、全社員の四人に一人、すなわち11万8千人もの人員をリストラをすることは正しいのか、M&Aを繰り返すことは経営にプラスになるのか。

全ては市場で、「ナンバー・ワンかナンバー・ツー」に成るため。およそ企業経営に感心がある人ならば、興味の尽きない話題が続きます。特にCEO後継選びの内実や、そこでの有名な「飛行機面接」のエピソードは読み物としても秀逸です。

しかし日本にはこれほど厳しく情熱的な経営者は見当たらないかもしれません。特に「選別」ということについては、日本人の企業風土からは冷酷と感じられるかもしれません。ウェルチは成績を上げようとする努力する行為は小学一年のときから生活の一部になっている。(中略)生まれてから20歳になるまで、われわれはみな段階評価を受けている。活動している時間のほとんどを過ごす職場で、(選別評価を)一体なぜやめなければならないのか。(P.278 「第11章 人材工場」)成長や昇進の見込みのない人たちを残しておくことこそ、残酷なことであり、"間違った親切"ではないか(P.277)と主張します。そこには徹底した能力主義と競争社会を前提とした企業経営があります。

業績だけがものをいう世界なのだ。(P.287)

それを是とするならば、企業経営者のみならず管理者にとっても様々なアイデアを提供してくれる本といえます。もっとも、ジャック・ウェルチは冷酷なのではなく、本書を読む限りにおいても極めて人間的であり、企業の源泉は「人材」であると考えていることに間違いはありません。

ビジョナリー・カンパニー」で書かれていた「ORの抑制」ではなく「ANDの才能」ということも、ジャック・ウェルチの言葉で以下のように示されます。

  • 最高の給与を支払う一方で、賃金コストを最低に抑えている。
  • 長期的な視点で経営する一方、短期的にも、"食える"ようにできるのか。
  • 「ソフト」であるために「ハード」になる必要がある。

(P.216 「第9章 「ニュートロン」時代」)

彼のビジョンに対する熱意と実行力には、ほとほと舌を巻きますし、ここまでポジティブな人間が存在することには驚きさえ感じます。40歳半ばで従業員40万人を要するGEの会長(CEO)という立場になったのですから半端でないことは認めますが、ウェルチの作り上げたような企業で働くのは、おそらくシンドイだろうな・・・なと。

このような「ガムシャラ」な企業経営が21世紀も続くのだろうか、などと暢気なことを考えていたら、おそらく数年後には自分の職どころか企業ごとなどなくなるのかもしれません。中国やインドなどBRICsの企業エリート達を支えるモチベーションは、今の腑抜けた日本の企業が持つそれよりも、はるかに上昇志向的であり、この瞬間も猛然と働いているのだろうなと・・・

2006年1月13日金曜日

【本棚】ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則


スタンフォード大学教授で企業コンサルタントとしても活躍している、ジェームズ・C・コリンズとジェリー・I・ポピンズによる、6年間にもわたる膨大な企業研究から得られた本です。ビジョナリー・カンパニーという言葉は耳慣れませんが、・業界で卓越した企業 ・見識のある経営者や企業幹部の間で、広く尊敬されている ・私たちが暮らす社会に、消えることのない足跡を残している ・CEOが世代交代している ・当初の主力商品がライフ・サイクルを超えて繁栄している ・1950年以前に設立されているなど幾つかの条件を設定し、ビジョナリー・カンパニーと言える企業と、比較対象企業が本質的に違う点は何か、他のグループの会社と際立っている点は何かを、具体的に明らかにした本です。

企業で働く人にとっては多くの知見に満ちており、とても簡単に本書の内容を表すことなどできません。示された企業の生き様は、是非や賛否を超えて感動的でさえあります。(企業の挿話は、ちょっとした小説よりもずっと面白い)

印象に残った点を一点だけ書くとしたら「ビジョナリー・カンパニー」で働くことは、甘いものではない、ということです。第九章 決して満足しない、第十章 はじまりの終わり という章名を見ただけで、決してゴールなどないことが分かります。信ずるに足る理念と、それに向けての不断の改善を是とするタイプの人でなくては、到底勤まるものではないと思い知ります。

また本書では、ビジョナリー・カンパニーはカルトのような文化を有していると説明します。ノードストローム、IBM、ディズニー、P&Gなどの実例を出して、企業の成長過程においての、カルト的な性格の重要性を説明しています。IBMまでもがカルトのような企業文化を維持(P.212)していることには驚きましたが、著者はビジョナリー・カンパニーがカルトとだと言っているのではありません。しかし、

ビジョナリー・カンパニーは不安をつくり出し(言い換えれば自己満足に陥らないようし)、それによって外部の世界に強いられる前に変化し、改善するよう促す強力な仕組みを設けている(P.317 第九章 決して満足しない)

とあるように、不安を生み出して原動力とする点など、ほとんど新興宗教の手法とそっくりです、たまりませんね(^^;;

ここに選ばれたビジョナリー・カンパニー18社(日本ではSONYが唯一挙げられている)の中の幾つもの企業が「猛烈に働く」ことを社員に求めています。先に読んだジャック・ウェルチの場合もそうでした。時にカイシャ人間と批判的に語られる日本のサラリーマン像ですが、ガンガン働いている(いた)のは、何も日本人ばかりではなかった(ない)のです。アメリカの企業も社員に対し、仕事に没入することや生活の一部を犠牲にすることを強く求めています。違いがあるとすると、「選別」のシステムが発達しているため、合わなければ止める、変わるという選択の幅が広いという点でしょうか。個人の自由は保障され、結果に対しては自分で責任を取ることが自明のこととなっているようです。

今の日本はカイシャ以外にも、幸せや楽しいことはいっぱいあるよ、がむしゃらに働くだけが人生ぢゃないよ、という風潮になっていますが、本書を読むと、究極的には何のために働いているのか、人生をどう生きるのか、という自身に対する問いかけが隠されていいるように思えます。

哲学的なハナシはさておいたとしても、企業の存続や経営ということに興味がない人であったとしても成功している企業の特徴に関心があるすべての人(「はじめに」)にとって、何らかの(強い)示唆を与えてくれると思います。

2006年1月6日金曜日

【本棚】ジャック・ウェルチ:勝利の経営


この歳になるまで、あまりビジネス関係の本には親しまないできました。バリバリのビジネスマンを目指すつもりはないし、自らの行動指針を求めてマニュアル本を求めるくたびれたサラリーマンになる気もない。ビジネス書なんてと斜に構えるところもあって、今までも、まともな本など読んでいなません。

しかし休み中に、少し考えておきたいテーマがあったので書店に行ったところ、山と詰まれた「黄色い本」が目にとまった次第。GEのCEOであったジャック・ウェルチが表紙に微笑むを本書を手にし、期待もせずにパラパラと立ち読みしてみたところ、ガンと頭をぶたれたような思いを味わってしまいました。


勝つためには何をすればいいのか?
それに答えるのがまさにこの本だ。勝利の法則。これ以外のテーマだったら二度と本を書こうなどと思わなかったことだろう!
なぜなら、勝利することは最高だと思うからだ。単に「よいこと」ではない、「最高なんだ」。
(はじめに P.12)

おお、何と明確な考え方でしょう、一点の曇りもない。世の中、そんなに単純な「勝利者の哲学」ばかりじゃァあるまいに、勝つ企業があれば負ける企業もあるのも世の道理、などと思う疑念を全く吹き飛ばすほどの強力なパワーをここから感じました。「勝利の方程式」みたいなマニュアライズされた愚書の類でないことは一読のもとにわかります。

続いてPART 1の最初で、ミッション(経営理念)とバリュー(行動規範)の話になります。ちょっと我慢してつき合って欲しいとウェルチは呼びかけますが、この章には彼の行動原理が痛いほどに示されています。それは本書に貫かれている原理で、まさにビジネスを愛する人ならば、その具体性にビシッと鼻ヅラを打たれたような気分(P.23)になってしまいます。

全てのページが具体的で、しかも傾聴に値するものです。特に「戦略」を実践するための三つのステップ五つのシートは、そのまま切り取ってノートか手帳に貼り付けておきたいくらいです。しかも全ページ、ユーモアにあふれていてワクワクするほど面白い!

アメリカ人も一部の日本人と同じようにワーカホリックで、家庭よりも仕事を優先している姿も書かれており、やっぱりそうかと納得すると同時に、その点においてはウェルチもひと時代前の経営者なのか、と思ったりもしますが、だからといって彼の素晴しさや名誉が損なわれることはありません。

おそらくは、仕事が好きな人もそうでない人も、企業勤めに迷っている人も、経営者もそうでない人も、人生の多くの時間をかけている「貴方の仕事」を見直す意味でも、一読の価値はあるかなと・・・。