角川武蔵野ミュージアムに行ってきました。昨年11月から二度目の訪問。
隈研吾氏がデザイン監修、圧倒的な石の塊の建築です。
今日、行ってみると、外壁になんと、鴻池朋子さんの作品が掲示されていました。「武蔵野皮トンビ」という題名で、武蔵野文化振興財団主催の《コロナ時代のアマビエ》プロジェクト第2弾作品だそうです。
時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
角川武蔵野ミュージアムに行ってきました。昨年11月から二度目の訪問。
隈研吾氏がデザイン監修、圧倒的な石の塊の建築です。
今日、行ってみると、外壁になんと、鴻池朋子さんの作品が掲示されていました。「武蔵野皮トンビ」という題名で、武蔵野文化振興財団主催の《コロナ時代のアマビエ》プロジェクト第2弾作品だそうです。
東京オペラシティ アートギャラリーで開催されている『鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人』を観て来ました。
今回の展覧会は、鴻池さんの作品を「地球の中心への旅」をテーマに再編成したもの。展示場そのものが、作品を「体験」するような構成になっており、全体が大きなインスタレーション空間であると言えるかも知れません。詳細な説明は、公式HP(→http://www.operacity.jp/ag/exh108/index.html)かtakさんの『弐代目・青い日記帳』をどうぞ(→http://bluediary2.jugem.jp/?eid=1825)
鴻池さんの作品は、グループ展や絵本、挿絵などで観た事がある程度でして、こうしてまとめて鑑賞させていただくのは初めて。イマジネーションの抱負さには感心します。繰り返し用いられるモチーフの持つ意味とか、ついつい深読みしたくなりそうですが、どうやら鴻池さんの作品に、あまり「深刻」を求めるのは野暮のようです。どうして子供の上半身がないのとか、どうして下半身が人間なのとか。「見えない子供の上半身を見つけようとしてもムダ、それはもともとないのだから」という鴻池さんの挑発。イメージを爆発させるためには、美術館なんか徘徊していちゃダメだと。
何と言ってもテーマが「神話と遊ぶ」なのですから。最初の襖を入り、だんだんと「地球」の奥に入っていくという「体験」は、なかなかスリリングです。彼女の絵本の原画などを観てわき道にそれつつも、だんだんと地底深くに入っていくという、謎めいた体験。次に何がくるのか分からないので、例えは悪いですが「お化け屋敷」のようなワクワク感があるといったら良いでしょうか。
地球の中心の部屋はまさに驚きの一言。入った瞬間に「わぁ!」と声が出てしまいました。こうくるかと。眩暈のしそうな空間。乗り物酔いがある人は気分悪くなるかも、です。私はその芳醇なイメージ世界に思わず見とれてしまいました。ガラスと光の空間は、彼女の他の展覧会写真を見ると、これもよく使うモチーフ。でも使い方一つでこうなるかと。
「地球」というもののなかに、彼女の好きなものをギュっと詰め込んだ展覧会。彼女のエネルギーの一端に、あるいは自らの創造力のパワーに脱帽。彼女は、「ほら、こっちきて遊びなよ」と誘うけど、実は彼女の内実は、創造のステージにおいてはギリギリまで自分を追い詰めているようで、作品の厳しさを見せ方で覆い隠しているような雰囲気は感じましたね。ただ延々と普通に彼女の作品が壁に並んでいると、ちょっとつらいかも、です。
ブログ「弐代目・青い日記帳」で紹介のあった、MIZUMA ART GALLERYで開催されていたグループ展『ORDER RECEIVED』に行ってきました。会田誠、池田学、鴻池朋子、天明屋尚、山口晃の5名の作品が、上目黒の画廊にひっそりと展示されていました。(MIZUMA ART GALLERYーやグループ展の概要はTakさんが詳しくレビュしています)
平日の17時頃に行ったためか(当然、仕事を早々に切り上げてです)、観覧者はほとんどおらず、それゆえにマジマジと食い入るように、山口さんや池田さんの作品を眺めることができました(ああ、幸せ)。
私の場合、目当てはやはり山口晃氏です。今回は昨年の練馬区美術館でも展示されていた「成田空港」を初めとして5点ほどが出品されていました。間近で見ると、絵の緻密さと構成力に改めて驚くばかり。本当によくもまあ、チマチマと、あんなに描けるものです。人物がわずか2.5cmくらで表現されているのです、1/70スケールといったところ。凝った仕掛けもあちこちにありますから、近づいたり拡大したりして観なくては面白さが半減するんですよね。深い精神性とか、いやらしい批評性は感じられず、ただひたすらに「細かい」「メカメカ」「チマチマ」に徹しているところがすばらしいです。
チマチマ描くといえば、池田学さんもしかり。動植物や人物を、細密なペンで描くその手腕は職人的と言えます。そして、そこには絵でしか表すことの出来ない対象の再現と再構築があります。
会田さんの作品(写真)も奥の部屋に展示されていましたが、相変わらず毒の強いこと・・・。しかし会田氏とて、彼の世界観を構築するために、チマチマとした作業を組み立てているのだなあと思うと、作品としての毒とか逸脱とか攻撃性も、製作行為という偏執的執念とクソ真面目さの産物であり、そこまでして表現せざるを得ない作家の内実に、見ていて息が詰まるような思いになることも否定できないのでした。
こうしてみると、画家とかアーティストってのは、常人には及びもつかないような想像力と根気を武器とし自分の好きな世界を造っていくという、自己中心的にして単純(?)な快楽原理に支配されている生き物であるなあと、つくづく思い、またしても軽い羨望と疲労感にも似たため息を吐いてギャラリーを後にするのでした。