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2007年11月5日月曜日

N響に高木綾子さんが!

11月4日(日)のN響アワーは『ブラームス・ふたつの第1番』と称して、ピアノ協奏曲第一番 第一楽章と交響曲第一番 第一楽章と第四楽章が放映されました。後半の交響曲においてN響の首席フルート奏者をつとめたのが、このごろ活動の幅を更に広げている高木綾子さんでした。

いつもは自前のドレスなどで華やかな衣装ですが、最近短くカットされた髪に黒のオケ服も映え、それはそれは・・・。

え?N響の演奏?それは安定感あって、いかにもでしたかね。

2007年10月27日土曜日

曽根麻矢子チェンバロ・コンサート~高木綾子のフルートと共に~

ずいぶん前(10月14日)のことになってしまいましたが、コンサートの感想を書いておきます。


神奈川県区民センター(かなっくホール)で開催された、曽根麻矢子さんのチェンバロコンサートに行ってきました。あくまでも高木さんは「ゲスト出演」ですが、私の場合は目当ては高木さんのフルートでありました。しかし曽根さんのチェンバロも悪かろうはずもありません。


    第一部(チェンバロ・ソロ) 
  1. ラモー:クラヴサン曲集 より「ミューズたちの対話」 
  2. クープラン:クラヴサン曲集 第14オルドルより「恋のうぐいす」 
  3. ラモー:クラヴサン曲集より「一つ目の巨人(ロンドー)」 
  4. J.S.バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825
    第二部(デュオ、フルートソロ)  
  5. ヘンデル:15のソナタ Op.1 より第4番 イ短調 
  6. ヴィヴァルディ:フルート・ソナタ ト短調 Op.13-6  
  7. ドビュッシー:シランクス 
  8. J.S.バッハ:フルートとハープシコードのためのソナタ ロ短調 BWV1030

  • 日時:2007年10月14日(日) 14:00~
  • 会場:かなっくホール
  • 曽根麻矢子(チェンバロ) ゲスト:高木綾子(フルート)
  • チェンバロ:David Ley 1977年製作のフレンチDUMONT1707年モデル

第一部は曽根さんの即興的なトークも含めリラックスして楽しめる演奏会でした。特に、一曲目が終わった後は、客席の十数名を舞台に上げ、チェンバロの傍で「恋のうぐいす」を聴かせてあげるなど、堅苦しく音楽を聴かなくてもいいんだよとでも言いたげな企画でありました。

曲目としては、しっかりとチェンバロでバロックを満喫したいという向きには、多少食い足りないところは残ったかとは思います。高木さん目当ての私でさえ、もっと弾いて欲しかったと思ったくらいですし。それでも、ラモーが生で聴けたからよかったかな。

第二部は高木さんをゲストに迎えての演奏です。高木さんの音色はいつ聴いても「ウげっ!」とばかりに驚いてしまいます。かなっくホールは300席程度でフルートには丁度良い大きさなんでしょうか。彼女が最初の一音を奏でた時に、一体どこから音が出ているのだろうと思わせるほどに、ホール全体が響きます。音の深みとまろやかさは一層に円熟味を増したかのよう。それに呼吸法のうまさでしょうか、息継ぎが自然でワンフレーズが恐ろしく長い。それゆえに、旋律の連続性がはっきりと伝わってくる。さすがと言いますか、貫禄といいますか。

途中にソロでドビュッシーの「シランクス」が奏されました。チェンバロとバロック音楽を主体とした曲目には、いささか不釣合いな感は否めないものの、彼女の「シランクス」が聴けたのは儲けものといえましょう。それ以外の曲も、フルート・ファンには馴染みの曲ばかりで、楽しむことができました。彼女の演奏には、ときどき高木節とでもいうような癖を感じることもあるのですが、これも彼女の演奏の味でしょうか、よしとしましょう。

アンコールは曽根さんのチェンバロ・ソロ。「ゲストというのに、随分演奏してもらいましたから、アンコールはチェンバロを弾かせてください」みたいなことをおっしゃってから2曲ほど披露。最後の曲は、最近パリで録音したばかりの平均律から。

曽根さんと高木さんのデュオは1年に二度ほどやりたいとのこと、次回は来年3月頃に計画ですとか、楽しみが増えますね。

今日は東神奈川という場所がらか、300席の客席にも空席が目立ちました。知名度抜群の彼女ら二人をしても、神奈川では満席が難しいというのは、かなっくホールの宣伝の下手さなのか、あるいは、それが音楽事情なのか。
 


2007年4月5日木曜日

ヲ!ヲヂさんは、素直に祝福する(^_^)


http://yaplog.jp/takagiayako/archive/416


しかし、フルートとトロンボーンの二重奏なんて、聴いたことないぞ。それに、ヲヂさんよりハンサムぢゃん!


http://blog.yahoo.co.jp/brilliantdays_hideya


堂々とブログに書くところが、今風ぢゃな。影ながら祝福しますぢゃ。今後の演奏活動にも、期待しとりますぞ。


2006年7月12日水曜日

東京藝術大学:モーツァルト管楽シリーズNo.2 高木綾子/モーツァルト:フルート協奏曲 K.313


高木さんの演奏の感想については、拙HPやブログでも何度も書いていながらにして、実演に接するのはこれが初めてです。


過大なる期待を持って演奏会に望んだのですが、聴き終わった後での感想といえば、完全に惚れ直したというのが正直なところ(ビジュアルぢゃなくて)。




まずステージに上がってきたところから既にオーラを発しています。モノが違うというのは、こういうことなのでしょう。淡いリラかラベンダーを思わせる色のドレスを颯爽と身に纏い、ステージ中央にスクと立った姿からは貫禄さえ感じます。


今年のモーツァルト・イヤーを含めて一体彼女は何回のモーツァルトを演奏しているのでしょう。ソロ活動中のパユがそうであったように、内心少々はウンザリ気味なのか、あるいは毎回気持ちを新たにできるものなのか、演奏者の表層的な内面は聴衆には分かる筈もありません。


オーケストラの前奏が始まると顔つきが一段と怜悧になり、伴奏を軽く口ずさみさえして音楽に没入していきます。その姿はスタート前のアスリートを思わせます。そして音楽に対する集中を一気に高めた後でのフルートの第一声。


��。何という音の掴みでしょう。そのビビッドさときたら、最初の出だしで一撃です。何度も聴きなれたフレーズがクイッとばかりに立ち上がる。生き生きとして快活で敏捷なモーツァルト。


彼女の演奏からは、野性とか高度な運動性能を感じることがあります。例えば、昨年発表したCDの武満徹の《海へ》。ここでも、動物的なカンとさえ思えるような印象の演奏が展開されます。他の武満像とは
少し(いや、かなり?)違う。今回のモーツァルトも学究的モーツァルト解釈の点からどうなのかは、私には全く分かりませんが、これほどにドキドキしながら聴いたモーツァルトも他にはないということも確か。


まるで黒豹を思わせるしなやかさを展開させながら、モーツァルトの世界をゆうゆうと突き抜けてゆく自在さ。1楽章最後のカデンツァは、もう息を呑むばかり。あまりに唖然。壮観、爽快、感歎。駆け抜ける音楽の至福。これがK.313なのか、いやこれこそがK313なのか。彼女の音色と残響だけが奏楽堂空間を満たしたときの音しか存在しない緊張と充実。この演奏を聴くだけでここに来た価値は充分にありました。


横で見守る金教授や藝大の関係者の方々は、どのような思いで彼女の演奏を聴いたのでしょう。カデンツァの最中に金教授がビオラの女性と目配せしているのが印象的でした。


高木さんのブログを読むと久しぶりに興奮した演奏若かりし頃の演奏に近くて、やりすぎたかなぁ~?と書かれていました。私のような聴衆(^^;;には受けは良かったと思いますよ(笑)。



ということで、予想以上の高木ショックのため、次なる高木綾子は8月27日、白寿ホールでの武満徹《ヴォイス》《海へ》に決定です。
(諸事情があって行きそびれました・・・激残念)


東京藝術大学:モーツァルト管楽シリーズNo.2


藝大の奏楽堂で、金昌国さんのレクチャーと幾つかの協奏曲を聴いてきました。



  1. レクチャー「通説に挑む」 モーツァルト フルート曲の真実ほか
  2. ホルン協奏曲 第4番 変ホ長調 K.495(大野雄太=新日本フィル)
  3. フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313(高木綾子=説明不要)
  4. オーボエ協奏曲 第1番 ト長調 K.314(K.285d)(小畑善昭=藝大助教授)
  5. 4つの管楽器のための協奏交響曲 変ホ長調 K.297B


  • 日時:2004年7月8日 13:00 東京藝術大学奏楽堂
  • 指揮:金昌国(藝大教授) 東京藝術大学有志オーケストラ
  • 真田伊都子(ob=日本フィル主席)、村井祐児(cl=藝大助教授)、河村幹子(fg=新日本フィル主席)、守山光三(hrn=藝大教授)



私の目当ては(当然ですが)フルーティストの高木綾子さんであります。高木さんの感想はエントリを改めることとしまして、それ以外の感想を簡単に書いておきましょう。


金教授のレクチャーの持ち時間は2時間。先生もおっしゃっていましたが、語り足りないくらいのようでしたね。フルートとモーツァルトが好きで好きでたまらなくて、「モーツァルトとフルートの関係を裂くような発言には猛然と反発したくなり、膨大な時間を費やして反論のための研究をしてきた」と言う金教授の熱意には脱帽するばかりです。最近手術をなさったとかで、まだ唇などが荒れたままで笛が吹けないのだそうです。そういえば(写真などと比べると)随分痩せたのでしょうか・・・。指揮の途中で指揮棒を落としておられましたが、今後も元気で活躍されることを祈るばかりです。


演奏会の最初は、2005年の日本音コン ホルン部門第1位、まさに日本を代表するホルン奏者 大野氏によるホルン協奏曲。丁寧で柔らかなホルンの音色から奏でられる音楽は、至福の時間を提供してくれました。ホルン奏者がこんなに格好いいものだとは、今の今まで知りませんでした。


オーボエ協奏曲は新日フィルの主席オーボエ奏者でもあった小畑氏による演奏。音楽演奏というものは人柄がにじみ出るものである、とつくづく感じました。表情が少し硬い印象を受けましたが、演奏は非常に温かみのあるもので、とても幸せな気持ちにさせてくれるものでした。カデンツァもさすがに百選練磨のプロですね、聴きごたえのある演奏でした。


最後の《管楽器のための協奏交響曲》は、モーツァルトの真作かどうかアヤシイとされている作品です。モーツァルトを愛する金教授は「モーツァルトの作品と信じて演奏します」とレクチャー最後で述べたように、素人的にはモーツァルトの作品でないと言われても真偽の程は分からない。それでも曲を聴いていますと、他の3曲の生き生きとした音楽に比べて、どこか平板な印象が拭えない印象も受けるのは先入観のなせるわざでしょうか。


��人の管楽器奏者の中では、音色の点においてもオーボエの真田さん(左写真)が群を抜く表現力でしたね。小畑さんのオーボエよりも更に明瞭で明るい音色には惚れ惚れしてしまいました。今でも演奏する姿が脳裏に浮かびます、決してビジュアル面だけでの評価ではありません。


ということで、次は高木綾子さんの演奏の感想に続きます。


2006年7月7日金曜日

高木綾子さんがブログの女王?

テクノラティで「高木綾子」とか検索していたら、「こにゃにゃち日記あらため、革命的批評に向けた日記」とかいうタイトルのブログで、高木綾子さんのブログの人気に迫るとかいうエントリが目に付きました。

こにゃにゃち氏(<--名前か?)によると「セレブ系にみえて実は庶民派」「難解な言葉や専門用語を使わずに、圧倒的に分かりやすい」ことが彼女のブログの魅力なのだとか。また、

��なぜかエミールという名前の)ネコを抱いて、日本代表のレプリカを着て、女子大生にしてはよく調度された家具に囲まれて、写真に納まる。「オレもネコになりたいぞ!」と、オジサンたちの萌え心をくすぐる、このあたりが凄い

のだそうです。

のだそうです・・・。たしかに、もう俺は立派なヲヤヂである。しかし「オレもネコになりたい」か?

ネコになったら留守番ばかりだろうから、それはないな。と中年の冷静なアタマは思考する。

どうせなるなら、サルになった気でサンダル持ちになるとか、フルートケースになるとか。いやいや、そうぢゃなくて、ほら、フルート本体だよなっ、とか思ったりする。で、そうくるなら、あまり使われない「H管」(「ハーカン」と読むっ!)なんかぢゃなくて、黄金の(>実はシルバーだけど>いやいや中年だけど)「頭部管」だよな!とか。でも同じ頭部管でも「ヘッドコルク」ぢゃ暗いし狭いし臭いし痛いから(どこが?)、ベストは「リッププレート」!だようっっ!!とか・・・(-_-;;)。ほとんど意味不明・・・錯乱・・・

妄想は限りなく膨らんだりしぼんだりしながら、土曜日の奏楽堂へと心は飛ぶのでありました。

��ところで、彼女はもう「女子大生」ではないと思いますが・・・?>こにゃにゃち氏<--名前か?)

2006年6月18日日曜日

山口恭子:だるまさんがころんだ、猿谷紀郎:碧い知嗾/岩城宏之 & OEK




  1. 山口恭子:だるまさんがころんだ (1999)
  2. 一ノ瀬トニカ:美しかったすべてを花びらに埋めつくして… (1995年度オーケストラ・アンサンブル金沢委嘱作品)
  3. 猿谷紀郎:碧い知嗾 (2003年度オーケストラ・アンサンブル金沢委嘱作品)


  • 岩城宏之(cond) オーケストラ・アンサンブル金沢 高木綾子(fl)
  • 2003年4月24(1)(2) 2003年9月19日(3) 石川県立音楽堂コンサートホール(ライブ録音) WPCS-11723

せっかくなので、山口さんと猿谷さんの作品についても言及しておきましょう。

最初の山口さんの曲は「だるまさんがころんだ」という無邪気なタイトル、しかし童謡風のほのぼのさとは全く異質の音楽世界、静と動の激しい対立と緊張が表現されています。山口さんはこの曲が残響の長いホールで演奏されることを意識したそうです。長く引き伸ばされる音、小刻みなフレーズ、弱奏とたたきつけるような音塊、そして最後の消え入るような終わり方が印象的。5分程度の短い曲ですが、響きの生み出す面白さと不思議なイメージを堪能できます。《本当は怖い「だるまさんがころんだ」》

猿谷さんといえば、「ディープインパクト~栄光」で有名な作曲家(らしいです)。慶応義塾大学法学部卒業後、ニューヨークのジュリアード音楽院作曲科に留学し優秀な成績で卒業されているという異色かつエリートな経歴。彼の書くプログラムノートも哲学的で難解。雑踏の中に時折飛散する少し碧みがかった花弁のような真理を拾い集めてみたいとあるのですが、私には雑踏の中での無秩序で不安な断片のようなものしか聴き取れず。こちらの曲は、今の私には余り馴染めませんでした。猿谷さんは現代作家の中で確たる地位を築いている方のようですので、他の作品も機会があれば聴いてみたいと思います。


一ノ瀬トニカ:美しかったすべてを花びらに埋めつくして・・・/岩城宏之 & OEK 高木綾子

  • 山口恭子:だるまさんがころんだ (1999)
  • 一ノ瀬トニカ:美しかったすべてを花びらに埋めつくして… (1995年度オーケストラ・アンサンブル金沢委嘱作品)
  • 猿谷紀郎:碧い知嗾 (2003年度オーケストラ・アンサンブル金沢委嘱作品)
  1. 岩城宏之(cond) オーケストラ・アンサンブル金沢 高木綾子(fl)
  2. 2003年4月24(1)(2) 2003年9月19日(3) 石川県立音楽堂コンサートホール(ライブ録音) WPCS-11723
岩城宏之氏の訃報に接し、何か一枚くらいは聴いて冥福を祈ろうと考え入手した盤。解説によるとどれもが日本の現代音楽の「今」を象徴する3人の若手作曲家による注目作品を集めた1枚であるとのこと。

一番の注目は、高木綾子さんがフルート・ソロをつとめる一ノ瀬トニカさんの作品。これが恐ろしく素晴らしい。高木さんのフルートは文句なしに良い。彼女独特の一本芯の通った音が曲に存在感を与えています。とにかく、冒頭の室内楽とフルートの交信からして美しすぎる。何なんでしょう、この懐かしさに満ちた、それでいて新しい感じのする音楽は。

作曲者自身によるプログラム・ノートには一種の浮遊感(足取りとしては確かなもの)というキーワードがあります。確かに浮遊感のような、移ろいの美しさと儚さはあるものの、弱々しかったり女々しかったりするようなものではなく、不思議な確信と希望に満ちた感覚。立原道造の『天の誘い』という詩にインスパイアされて作曲したのだそうです。

中盤での高木さんのフラッターと跳躍を伴った技巧的なパッセージ、それに呼応するかのような弦と打楽器の交信、オーケストラによるクラスター的音響とフルートの叫び。音楽は次第に盛り上がって。

そこからラストに至る音楽は、美しすぎて言葉になりません。

岩城氏の音楽を聴くつもりが、一ノ瀬トニカさんと高木綾子さんに、完膚なきまでに叩きのめされた一枚となってしまいました。

その一ノ瀬さんの作品をもっと聴きたいっ!と思ったら、来週の目白バ・ロック音楽祭で聴けるではないか!目と鼻の先!っと思ったらっ!来週は岡山出張ではないかっ!ふひょーん!! ちなみに高木綾子さんのフルートは7月の奏楽堂で接するから良しとしよう。

ふと思ったのですが、名前が「トニカ」ですって?本名?「現代音楽」なのに美しいわけです。

2005年11月3日木曜日

ランパルコンクール


パリのランパル・コンクールに出場していた高木綾子さんが三位入賞だったようです。おめでとうございます。本人のブログで知りました。続報を早く!(^^)



2005年7月20日水曜日

ガロア/武満徹:海へⅠ

武満徹の「海へ」は全てアルト・フルートの曲ですが、伴奏によってギターとのⅠ、ハープと弦楽合奏のⅡ(1981)、そしてハープとのⅢ(1989)の三つのバージョンがあります。一番多く演奏されるのはⅠとⅢだと思いますが、このガロアのアルバムには全てのバージョンが納められていてお得です。

Takemitsu:I Hear The Water Dreaming
    ①I Hear The Water Dreaming ②Toward the SeaⅠ ③Le Fils des etolies ④Toward the SeaⅡ ⑤And Then I Knew 'twas Wind ⑥Toward the SeaⅢ ⑦Air
  • Patric Gallois(fl) Fabrice Pierre(hp) Goran Sollscher(g) BBS so.
  • 9/1999 London Warehouse
  • Deutsche Grammophon 453 459-2


ガロアが吹くのはChris Abellの木管フルート。最初の出だしから絶妙に抑制された音色が、モノトーンな武満の世界を提示してくれます。意図的なのか「尺八」的な表現も聴こえてきますから、先に聴いた高木綾子さんの「海へⅠ」よりも余程日本的な湿度を伴った演奏に聴こえるから不思議です。落ち着いていながらにしてスリリング、変に煽るようなところは全くない深い演奏です。

高木さんの演奏は、以前も書いたように音色表現の幅は広いものの、エネルギーレベルも高く挑みかかるようなチャレンジングな演奏です。それゆえに「人間と対峙する孤独な鯨」というような印象を受けます。一方でガロアの演奏は木管フルートというせいもあるのか、自制(自省)的で「対峙」や「闘争」はありません。ひたすらどこかに潜行する巨体が想像できるだけです。どちらも表現としてはありかなと思いますが。

武満はこの作品をメルヴィルの「白鯨」から次の言葉を引用して説明しています。

Let the most absent-minded of men be plunged in his deepest reveries...and he will infallibly lead you to water...Yes, as everyone knows,meditation and water are wedded together.

spiritual domainとか言われても実際のところは「なんのこっちゃ?」という感じなのですが、ガロアの「海へⅠ」を聴いていると、自分の深い部分と対話しているようで落ち着いた気分にさせてくれます。その意味からは私にとって非常に貴重な一枚です。

ちなみにガロアが木管フルートに興味を持ったのは武満徹のノヴェンバー・ステップスに影響を受けてのことだそうです。

2005年7月15日金曜日

高木綾子さんの録音レポート by 岡野博行

コロンビアの岡野博行さんのサイトに「海へ」の録音レポートが掲載されているのを見つけました。

今回の録音場所であるスイスのベインウィル修道院ってどんなところだろうと思っていたのですが(ライナーには全く紹介がないですから)、バーゼル郊外にひっそり佇む修道院の姿を写真で見ることができて満足です。


岡野さんは高木さんの演奏を高木さんの本能的な音楽への肉迫力と書いていますが、確かにちょっと荒削りに聴こえるところもあるのですが、フルートという枠を少し外れて、どこか人を惹き付ける魅力がある演奏家ではあると思います。


高木綾子/武満徹:海へⅠ

高木さんのアルバムを何度かに分けて紹介していながら、アルバムタイトルとなっている武満徹の「海へⅠ」をスルーしてしまうのも気になりますので簡単に感想を書いておきましょう。 


アルトフルートとギターのためのこの作品は、1981年に作曲されグリーンピースの「Save the Whales」のキャンペーンに寄贈された作品で、「Es、E、A」(=Sea)の三つの音を旋律動機としている三楽章形式の曲です。それぞれが「夜」「白鯨」「鯨岬」と題されていて、どれもが神秘的で深い味わいを持った曲です。聴くたびに母なる海を悠々と泳ぐ鯨を想像させてくれ、近づき難いイメージのある武満作品の中でも、数あるフルート作品の中でも私の好きな曲の一つです。

アルトフルートの少し低い音や、フラッタータンギングやフルートの特殊奏法を駆使した音楽は、静かで深い感銘を与えてくれます。高木さんは表現の幅が広いようで、ピアニッシモの弱音から限界に近いフォルテッシモまで幅広くある意味で芯のある音できかせてくれています。息も良く続くなあというくらいに、音色を変化させながら音を引き伸ばしたりする様はさすがかなと。ちょっとドキドキするような展開だったりします。

ただ、ヘッドフォンなどで音量を大きくして聴きますと、ピアニッシモの際に聴こえるホイッスルトーンのような音とか、どうしても入ってしまうブレス音が少々気にならないわけではありません。随分と奏者に近い位置にマイクをセッティングしているようです。

それでもこのアルバムの中にあっては、意欲的な演奏で高木さんの別の魅力に触れることができると思います。生で聴いてみたいものですね。

高木綾子 福田進一/海へ
⑥海へ(武満徹)
高木綾子(fl) 福田進一(g) 2004年6月18~20日 スイス、ベインウィル修道院 コロムビア COCQ84000

高木綾子さんがキャンペーンモデル

高木綾子さんのブログによりますと、青葉台東急スクエアのオータムキャンペーンのモデルになるのですとか。ポスターは東急線のごくローカルな場所でしか貼られず、しかも期間は8月18日から10月26日なんだそうです。


下北沢のお洋館と和館の混ざったお屋敷で撮影したとのことで、駒場公園内の「旧前田公爵邸」かなとも思うのですが、あそこあたりは個人のお屋敷もまだ結構あるかなあと。ブログに特徴的な窓の写真が掲載されていますので、ヒマな休日の散歩がてらに確かめてみようと思います・・・(>行ってみたら、違いました。ものの見事にはずしたなあ・・・)

2005年7月6日水曜日

高木綾子/ピアソラ:タンゴの歴史

タンゴの歴史はアストル・ピアソラによるフルートとギターの定番的な作品ですが、このアルバムでの高木さんの演奏には、これまたたまげてしまいました。彼女の演奏の芯の強さとスピード感、それに思い切りの良さが加わって、女性が吹いているとは到底思えない演奏です。他の人の実演でも何度かこの曲に接していますが(誰の演奏かは失念)、こんなタンゴの歴史は初めて聴きました。

「Bordel1900」の出だしからして、ザックっとした切り口で鮮やかです。ほとんどフルートの限界近いまでに吹き込まれ伸ばされた音の効果ときたら、あいた口がふさがりません。「Nightclub1960」での特殊奏法とバラードの部分の緩急強弱自在の鮮やかな対比の見事さ。ピアソラに強烈な高木節を乗っけたといったところでしょうか、人によっては好みが分かれるかもしれませんね。

それでも人を惹きつける何かがある演奏であることには間違いなく、ライナー・ノーツに福田さんが若さに溢れた明快さ、ある意味で音楽に対する動物的な本能を併せ持っていると書かれていることに素直に頷いてしまいます。時に荒々しいまでのノリは凄みさえ感じます。

もっとも、全面的に彼女の演奏を肯定するわけではありません。素人が何を書くかという気もしますが、素早いタンギングでのキレやトーンの膨らませ方に気になるところもあるのですが、まあそれがどしたというレベルではあります。

高木綾子 福田進一/海へ
②タンゴの歴史(ピアソラ)
高木綾子(fl) 福田進一(g) 2004年6月18~20日 スイス、ベインウィル修道院 コロムビア COCQ84000


2005年7月2日土曜日

高木綾子/イベール:間奏曲


高木綾子さんのイベールの間奏曲を聴いていて、驚いてしまいました。あれ?この曲ってこんなにもスピード感溢れたゾクゾクするような曲だったかしらと。で、この曲の印象が誰の演奏で刷り込まれたのかと、家の少ないアルバムを探してみたら、何とこれがマルセル・モイーズの演奏でした(>それしか持ってないのかよ・・・)。

フルートの神様とも称されるモイーズの余り飾り気のないながらも一本筋の通った音と、現代風な高木さんの演奏を比べることには若干の抵抗を感じるものの、この二つの演奏から感じる印象は全く違ったものでありました。(>だから、比べる対象が違うって・・・)

福田さんのギターもなかなか激しいのですが、それ以上に彼女の圧倒的な技量に裏付けられたスピード感、少しオーバー目な抑揚は、追い立てられるかのような切なさと儚さと美しさを秘めて、キラキラと走り抜けます。冒頭の細かな音符の部分の素晴らしいこと。

スペイン風な曲調にアンニュイな抒情も加わり、たった3分11秒の演奏ですが心の中に一陣の風が颯爽と吹き抜けたかのような演奏です。


高木綾子 福田進一/海へ

⑤間奏曲(イベール)
高木綾子(fl) 福田進一(g) 2004年6月18~20日 スイス、ベインウィル修道院 コロムビア COCQ84000




2005年6月29日水曜日

高木綾子 福田進一/海へ

梅雨だと言うのに暑いですね、今日は35度にもなったのですとか。外に出ると熱風が全身を包みます。うんざりしながら涼を求めて新宿のHMVに入ったら、高木綾子さんの新譜が発売されていましたので思わず手に取りました。何と福田進一さんとのデュオではないですか。



ジャケットも梅雨時期なので最初は白カビが生えているのかと思ったのですが、水滴のついたガラス越のポートレートだと気付きました、とてもスィテキ(素敵)です。

さて内容ですが、ピアソラや武満徹の有名曲をはじめ、ボザやイベールなどのフルート関係者にはお馴染みの作曲家の曲や、アルゼンチンのギタリスト兼作曲家のブホール、カンヌ生まれの名ジャズ・ピアニスト、作曲家、指揮者であるボーリングの曲なども交えて楽しめるアルバムになっています。ありきたりの選曲でないところが、うれしいです。

高木綾子 福田進一/海へ
    ①ブエノス・アイレスの雲(ブホール) ②タンゴの歴史(ピアソラ) ③子守歌とセレナード(ボザ) ④イストワールより金の亀の番人、ガラスの鳥籠 (イベール) ⑤間奏曲(イベール) ⑥海へ(武満徹) ⑦ハバネラ形式の小品(ラヴェル) ⑧古き良き時代ノカンドンベ(ブホール) ⑨アイルランドの女(ボーリング)
  • 高木綾子(fl) 福田進一(g)
  • 2004年6月18~20日 スイス、ベインウィル修道院
  • コロムビア COCQ84000


高木さんのフルートは、実は生で聴いたことがないのですが、CDを通して聴く限りにおいては、独特の抵抗感のある音色に特徴があり魅力になっています。特に低音での迫力は、音楽だけを聴いているとジャケ写真のような女性が演奏しているとは思えないかもしれません。このアルバムでも、最初の曲から、歌声で言うなら「ちょっとハスキー」な感じの音色でグイグイと迫ってきます。

しかし、ここが誤解を招くと思うところなのですが、CDをヘッドフォンを通して聴くのと、ホール空間で聴くのでは全く異なったものであると思いますので、実際がどうなのかは、いつか補正しなくてはならないと思っています。

曲はどれもが良いですね、「タンゴの歴史」や「海へ」はもちろんですが、「ブエノス・アイレスの雲」や「子守唄とセレナード」などの、のびやかでゆったりとした曲も聴きこたえがあります。疲れた体が「ああ、海にでも行きてーな」と叫び始めます。いくつかの曲は楽譜でも入手して練習してみようかな、という気にさせてくれます(ボザとかボーリングとか)。

ギターの福田さんも絶妙な音色で聴かせてくれています、まさに余裕、貫禄といったものまで感じますね。福田さんの「タンゴの歴史」といえば工藤重典さんとのアルバムも実家にあるはずなので、いつか聴き比べて見ます。個々の曲の感想を書くには疲れすぎているので、これにて。

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2005年6月4日土曜日

オー・マイ・ガーーッ! 高木綾子さんのブログ

音楽界の動向から遠ざかっていて、ヲジさん見落としていたよ。フルーティストの高木綾子さんがブログをはじめていたんだ!


有名人ブログは花盛りで、ちょっとなァと思っていたのですが、ヲジさんは許す。ブログのデザインが少々悪かろうが、あまりめぢゃーでないブログ・サービスだろうが認める、毎日通うっ! ヲジさんも村治佳織さんとツーショット撮りたいっ!(イヤ、スリーショットがいいっ) 東京フィルの斉藤和志さんと焼肉食いたいっ・・・かは微妙っ!


さすがに、こんな内容でTBする勇気はヲジさんには、ない。



2002年12月24日火曜日

動物達の音楽会 Vol.2 より ヴィヴァルディの「ごしきひわ」

日時:2002年12月23日 13:30~ 
場所:札幌ザ・ルーテルホール
ピアノ:曽根田正美、瀬尾珠恵、落合一絵 
ソプラノ:小出あつき 
フルート:河崎亜希子 
ピアノ:落合一絵 
ヴィヴァルディ/フルート協奏曲 二長調 Op.10 第3番「ごしきひわ」 第一楽章 アレグロ、第二楽章 カンタービレ、第三楽章 アレグロ 

知り合いのフルーティストが出演するということで、コンサートに行ってきた。「動物たちの音楽会」というテーマで、3人のピアニストがそれぞれ交代で、テーマに沿った曲を披露するというもの。フルーティストの河崎さんは賛助出演ということである。 

曲目は、チャイコフスキーのオープニングにはじまり、ラヴェルの組曲「鏡」、ソプラノによるプーランクの小品、ドビュッシーやフォーレ、サンサーンスなどなど。ショパンのワルツなども演奏されたが、フランス系の曲の多い構成であることが目をひいた。(残念ながら最後までは聴かれなかったのだが) 

そんな中にあって、河崎さんと落合さんによるヴィヴァルディの「ごしきひわ」は、ひときわ生き生きとした音楽を私たちに与えてくれたように思える。フルートの清冽で煌びやかな音はホールを満たし、爽やかな聴後感を残してくれた。 

「ごしきひわ」とは小鳥の鳴き声を模した音楽が三つの楽章を通して聴こえてくる曲だ。最近では高木綾子さんが「イタリア」というCDで録音していることでも(その筋では)有名である。 

この曲の特徴は、何と言っても装飾音符に飾られた小鳥の鳴き声を、いかにそれっぽく聴かせてくれるか、そして途中のカデンツァやソロ部分をどう表現するか、ということがポイントだと思う。河崎さんの笛の音は、演奏の最初からピンと張り詰めた輝かしい音を会場に漲らせ、トリルと物凄く速いタンギングにより表現された音は、朝の輝かしい光の中でさえずる小鳥を、まさに彷彿とさせるものであった、と書いたら言いすぎか?
細かなパッセージでのピアノとフルートのアンサンブルも絶妙で、彼女の耳のよさとフルートの運動性能良さには改めて感服した次第。
おそらく今日の演奏会の客層から考えると(ピアニストの生徒さんとそのご家族か?)、フルートにはあまり馴染みのない方が多かったのではないかと思う。そういう中で、第一楽章のアレグロが始まった後にすぐ現れるソロ部分での彼女の笛の歌いと音色は、その瞬間に実に見事で聴衆の心をつかんでいたと思う。
中間のカンタビーレ楽章での装飾の入れ方や歌い方には、おそらくは彼女らしい表現を感じることができた。第三楽章のラストに向かっての駆け抜けてゆく爽快感もなかなかのもので、最後の上昇音形を挿入して颯爽と終わるあたりは、高木綾子さんのアルバムよりも良いなあと感じさせてくれた。終わって引上げる彼女の背中に向かって、客席の起こったちょっとしたざわめきが聴こえただろうか?
ルーテルホールというのは、行った人ならば分かるのだが、200人程度の小ホールであり、フルートのために建てられたホールと聞いている(オーナーもフルーティストであるとか)。しかしピアノソロを聴いていても感じたのだが、このホールにしてはスタンウィエイのグランドピアノの音量は、すこし響きすぎる嫌いがあるのではないかと思う。
実際にピアノの音はソロであっても非常に大きく聴こえた。ソプラノやフルートと合わせた時は蓋は全閉にしなくてはならないほどだ。ヴィヴァルディの曲にしても、そういう少し崩れたバランスと、そしてこの曲の原曲がピアノ伴奏ではない、ということを差し引いても、充分に楽しめる演奏であったと思う。
フルートの感想ばかりになってしまって恐縮であるが、彼女の笛を聴きに行ったのだし、ピアノの評は(恐ろしくて)うまくできないし、それに最後まで聴けなかったのでご容赦願いたい。ただ、プログラムとしてはとても楽しめる良い企画であったと思う。特に個人的には、ラヴェルのピアノを生で聴けただけでも、非常にうれしかったのであった。小出さんのソプラノも、歌っていいなあと思わせてくれるものであったし、瀬尾さんはまさに、司会も演奏も貫禄のといったところでしょうか(^^)
こういう演奏会は、肩肘が張らないので、もっとあっても良いなあと思うのであったよ。

2002年7月24日水曜日

高木綾子/Souvenir d'Italia



ヴィヴァルディ:フルート協奏曲 作品10 第3番 ニ長調 RV428「ごしきひわ」
マルチェロ:アダージョ~「協奏曲 ニ短調」より
ヴィヴァルディ:フルート協奏曲 作品10 第2番 ト短調 RV439「夜」
チマローザ:アンダンテ~「フルート四重奏曲 第6番」より
ロッシーニ/ブリッチャルディ:「ウィリアム・テル」の主題による幻想曲
ドニゼッティ:序奏とアレグロ
ヴェルディ/ブリッチャルディ:「椿姫」の主題による幻想曲
モリコーネ:ララバイ~映画「荒野の用心棒」より
モリコーネ:ガブリエルズ・オーボエ~映画「ミッション」より
アルビノーニ:アダージョ~「協奏曲ニ短調 作品9の2」より

高木綾子(fl) 新イタリア合奏団
COCQ-83597 (国内版)

高木綾子さんの新譜が出た。これで7枚目である。今回は「イタリア」と題して、イタリアの作曲家のものばかり集めたもの。伴奏は新イタリア合奏団。録音は、イタリアのパドヴァの近くにあるコンタリーニ宮という、美しくそして音響的にも優れた場所で成されている。舞台と共演者は整っている、高木さんと新イタリア合奏団がどのような音楽を奏でてくれるか期待は高まる。

高木綾子といえばJ-Classic界の旗手であるし、レコード会社としても名実ともに実力派として売り出したいところだろう。前回は無伴奏曲ばかりを録音したが、私は驚きをもって受けとめた。今回はどうだろうかと早速購入してみたが、さすが高木綾子というべきか。聴きなれた曲も、そうでない曲も、彼女の深い音色により新たな息吹を与えられたかのよう名演奏だ。録音のせいもあるだろうが、活きの良さとざらついた抵抗感を感じる仕上がりだ(前回も同じことを書いた。音色がざらついているというのではない)。こういう演奏を聴くとジャケットから連想される「お嬢さん芸」とはかけ離れた演奏であると改めて思う(いい加減、この反応は卒業した方が良いな)。

クラシックばかりではなく映画音楽なども並んでいるところは、なるほどなあと感心。クラシックファン以外の客層にも受けるようにという配慮か・・・などと考えるが、偏狭なことは言わない。奏でられる音楽が良ければクラシックだろうがポピュラーだろうが構わない。実はこのモリコーネの2曲がまた良いのだ(^^)

次にもう少し、聴きこんでみた感想を書いてみたい。

最初はマルチェロをはさんで、ヴィヴァルディのフルート協奏曲が並んでいる。ヴィヴァルディといえば「四季」や「調和の霊感」などで有名だが、彼の曲は独特のリズム感と弦楽器の色彩豊かな響きが魅力だと思う。

「ごしきひわ」というのは鳥の鳴き声を模したような音楽だ。フルートの装飾音がさえずりを連想させ躍動感に満ちており美しい。曲の出だしから惹きつけられる、音にふくらみがありキレの良さと天性の明るさを感じる。力感を伴った艶やかな音色は新鮮で生き生きとしており魅力的だ。さっと日が翳るような響きもの変かもなかなかで、表現力豊かだ。

「夜」でも同じような印象を受ける。この曲は最初のアレグロが「お化け」、中間部のラルゴが「眠り」と呼ばれており、夜に起こるさまざまな想念を曲にしたようなものだ。録音のせいかとも思うが、弦楽合奏の低音の響きがバランス的に多少強いと感じる。本当にこんな音を出しているのだろうかと、少し疑問に感じないわけでもない。高木さんの笛は、ここでも力強く響いている。中間部の掛け合いも見事だ。録音にコンタリーニ宮の外の「虫の音」が入りこんでいるが(最初はノイズかと耳を疑ったが)、これまた曲に趣を与えていると言えようか(^^;;

私は、ヴィヴァルディのこの曲をブリュッヘンの古楽器演奏(オリジナル版)で親しんでいた。従って、どちらかというと、今までくすんだ響きの曲として刷り込まれていた。今回、彼女たちの演奏(アムステルダム版)を聴くことで、曲の魅力を再認識した次第である。

本来ならこれは逆のアプローチだ。ふだんはアムステルダム版に親しんでいたところに、ブリュッヘンのオリジナル版を聴いて驚くというのが普通だろう(^^;; それほどにまで古楽器演奏が普及したということか。

オリジナル版とアムステル版のどちらがヴィバルディらしいか、どちらが曲として優れているかということには、今は言及しない。ブリュッヘンの演奏もこれを機会に、久しぶりに聴いてみたが非常に素晴らしいものであった。というか、アムステルダム版とはやはり「別物」である。

「もしかすると、ランパルの演奏よりも良いかもしれない」と感想を漏らす方もいる。そこで、試しにランパルの演奏(66年)を取り出して聴いてみた(家にあることさえ忘れていたよ)。ランパルの演奏は綾子版よりも少しばかりテンポが遅いためか、もったりと聴こえる部分がないでもない。伴奏を比べても、綾子版の新イタリア合奏団の方がシャキシャキした感じで、現代的な響きと言えようか。それが綾子の巧みな笛とのアンサンブルで、絶妙の活きの良さを曲に与えていると思う。もっともランパルはやはりランパルで、例えば「ごしきひわ」の終楽章などは聴き惚れしてしまうのだが。

これも前回書いたことなのだが、わたしは彼女の笛からは、ある種の抵抗感を感じる。例えばモーツアルトなどの古典を聴いても、軽さばかりではなく華麗さの中にもどっしりとした重みを感じる。前作の「Air Bleu」に収録されているマレの《スペインのフォリア》では、冗談を抜きに最初の1音で「ゴリッ!」というのが聞こえたものだ。フレーズのうたい方においては、最初からポーンと出るのではなく、中間で膨らませるような傾向が聞こえなくもない。古典を聴く場合においては、装飾の入れ方に趣味が分かれるかもしれない。逆にそれがにアヤコ節であり、彼女の魅力の一端であるのかとも思うが。

ロッシーニやヴェルディの曲を聴く限りにおいては、そのような奏法が非常に曲にマッチしているようにも思える。劇的であり、そしてフルートの名人芸を発揮させるために編曲されたこれらの曲だが、むしろあざとさを感じさせないくらいである。チマローザやマルチェロなどの有名な曲も、彼女独特の響きでうたうように聴かせてくれているようだ。

ドニゼッティの序奏とアレグロは、フルート吹き以外には馴染みが余りないかもしれない。わたしは、この曲をずいぶん前に、少しばかり練習したことがあるのだが、彼女の演奏を聴いて「こんな曲だったのか!」と思いを新たにした。ドニゼッティのこの曲も軽快にして軽やかな曲だが、さらに羽を生やしたかのような演奏は、非常に心地よい思いがする。

モリコーネの曲においても、アヤコ節が存分に聴かれる。こういうメロディアスな曲においてはアヤコ節がぴったりとはまる。音色の深さと太さも十分に堪能できる演奏に仕上がっていると思う。この2曲を聴いて思ったが、彼女の音の肌触りは、やはり独特だと。

数日に分けて書いたので、支離滅裂で、わけのわからないことを書いてしまったが、十分に楽しめるCDに仕上がっていると思う。彼女の笛には改めて目を見張り、彼女の求める地平がどこにあるのかと、ふと考えてしまうのであった。日本コロンビアの岡野博行さんが高木綾子「イタリア」録音レポートをウエブで公開している。CDと合わせて参照すると興味がつきない。ていうか、うらやましい仕事だなあ・・・と、岡野さんのサイトを眺めていて思うのであったよ。

2002年7月1日月曜日

【高木綾子を聴く】


彼女のフルートの魅力を何と表現したらよいだろう。「女性とは思えない独特の芯の強い音」という言葉を使うことには抵抗がある。女性だから繊細でか弱い音しか出せないというわけではないからだ。そうは思うのだが、彼女の吹く姿からは、やっぱりあの音はなかなか想像しにくい。

彼女の使う楽器はヘルムート・ハンミッヒ。この笛がお気に入りで、自分の音楽を表現するにはこれしかないとまで言う。しかしこのハンミッヒ、知り合いのフルーティストの話では管厚が薄いらしい。というのも、この楽器が製造された時期は銀が不足しており、8本分の銀で9本の楽器を作らざるを得なかためらしい。

楽器の良し悪しは私にはよく分からないが、それにしても彼女の音は独特だ。「Air Bleu」の最初の曲、「スペインのフォリア」を聴いた時は本当にびっくりしてしまった。日本音楽コンクールの録画も見たが、モーツアルトの協奏曲のカデンツァなどは圧巻であったと思う。

彼女は、エマニュエル・パユのもとに留学を試みようとしていたようだが、パユがもう生徒をとらずないこと、またベルリン・フィルに復帰してしまったことにより(何と自分の辞めた席を、再度入団試験を受けて舞い戻ったらしい)、彼女の希望は今のところ叶えられそうもない。しかし、これからの活躍が期待できる演奏家であると思うのだ。 (2002年)


演奏会の感想

音盤の感想

所有していて、まだレビュを書いていない盤もあります m(_ _)m

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