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2021年12月17日金曜日

ユジャ・ワン&ドゥダメル ロサンゼルス・フィルハーモニックによる「Must The Devil Have All The Good Tunes?」~ユジャ・ワン節炸裂

ジョン・クーリッジ・アダムズ John Coolidge Adams(1947-)作曲によるピアノ協奏曲を聴いてみました。アダムスの初期はミニマル音楽を、その後は新ロマン主義、ポスト・ミニマル的な音楽家と評されているようです。

2021年7月8日木曜日

ドゥダメルのマーラー交響曲第8番、壮大な音の洪水

Apple Musicのハイレゾ化、「空間オーディオ」と「ロスレスオーディオ」を十分に体験できる音源として提供されているもののひとつ、ドゥダメルとロサンゼルス・フィルによるマーラーの交響曲第8番です。

これは既に発売済の、2012年2月のマーラー没後100年記念演奏とは別もので、2019年5月と6月のウォルト・ディズニー・コンサートホールでのライブ録音です。

https://music.apple.com/jp/album/mahler-symphony-no-8-in-e-flat-major-symphony-of-a-thousand/1565928607

2011年3月4日金曜日

Dudamel & SBYO チャイコフスキー 交響曲第5番

ドゥダメルのチャイコフスキーの動画がYouTubeにありましたので貼っておきます。

なかなかの熱演です。


YouTube 動画を高く評価しました -- Dudamel & SBYO - Tchaikovsky Symphony No.5... youtu.be/asmz473I0Xo?a

posted at 20:26:05

YouTube 動画を高く評価しました -- Dudamel & SBYO - Tchaikovsky Symphony No.5... youtu.be/iaMpeM3gmzM?a

posted at 20:30:53

2009年2月22日日曜日

ドゥダメルのチャイコフスキー交響曲第5番(DG 1week)


ドゥダメルとSBYOによる、チャイコフスキー交響曲第5番を聴いてみました。HMVレビュにあるように確かに音質(録音?)が悪い。モコモコとしていて音像がハッキリしません。湿気の多い大気を通して景色を眺めている感があります。しかしながら、その欠点を差し置いたとしても本演奏は素晴らしいものであると思います。

来日も果たしているドゥダメルについて私が知りえ、聴いたことがあるのは録音された演奏のみ。その前提で書くとしても、ドゥダメルは他の演奏と同様、単なる熱演、爆演系指揮者ではないことが分かります。しっかと計算された緻密な棒のもとに、非常に訓練されたスキルの高い演奏者が、情に流されることなく音楽を表現しているという印象です。音楽からは喜びや音楽への愛が伝わってきます。

演奏にはわざとらしいクセや恣意的なアクはなく、従ってチャイコフスキーにありがちな土砂降りの感情の吐露や自己憐憫のような湿っぽい感情も感じません。

演奏者の育った原風景が、演奏表現に与える影響は否定できないのでしょうか、あるいは私の先入観でしょうか。私は今までとは違ったチャイコフスキー像をこの曲から感じました。印象的感想を許容するとするならば、例えば第二楽章。この曲を聴くと私はたいてい、煌々とした月夜を想像します、老人の過去への憧憬とともに。しかし彼らの演奏からは、むしろ大きな大地の息吹と、沈み行く太陽と明日への希望のようなものを感じます。

終楽章の冒頭主題が終わった後、ティンパニの連打に先導される部分からの圧倒的な疾走にも驚かされます。ここに至るまでの演奏が堂々としたもので、テンポもゆったりしていただけに、この変化には目を見張る効果があります。湧き上がりうねりまくる若きエネルギーが爆発しており、まことに爽快です。冒頭の陰鬱にして湿った重たい表現から、最後の爆発まで、色彩のパレットを駆使した音楽の描き分は見事です。

『フランチェスカ・ダ・リミニ』はあまり親しんでいる曲ではないものの、この演奏を聴いてたまげました。凄まじき演奏にして音楽であります。激烈さと激しさは聴くものを翻弄するほどのパワーがあります。ラストの興奮にみちたアプローズにも納得です。

2009年1月25日日曜日

【音盤】ドゥダメルのマーラー交響曲第5番(DG 1week)


ドゥダメルのベートーベンに続く第二段、マーラーの交響曲第5番をDGの1week streamで聴いてみました。

音楽的なテーマはベートーベンの第5番に似ているし、音楽に希望を託しているドゥダメルが録音したいという気持ちも分かります。

しかし、この5番にあってもマーラーの音楽は複雑であり混沌としすぎている。まったくもって一筋縄ではいかない。今の時代にあってマーラーに過度の感情を移入しすぎる演奏は忌避される傾向にはあると思う。しかし、だからといってマーラーが有していた矛盾や屈折、諧謔を無視していいとも思えません。

ドゥダメルの演奏は、重心の低い厚い音を提供してくれます。特に低弦やブラスの支えが利いているように思えます。ダイナミックレンジも広い、強奏はアクセントが効いていますし、カンタービレやメロディラインの部分も美しい。確かに水準の高いオケです。

第一楽章の抑圧された凶暴さとか音楽の振幅、第四楽章の抒情に流れすぎない明晰さなどは見事です。この有名な楽章が単に甘ったるい感傷だけではないことを前後の楽章の間で分からせてくれます。終楽章の推進力も流石といったところでしょうか。

であるにも関わらず、何か足りない、全体に音楽が平板に聴こえます。途中で何だかバラバラになった音楽に戸惑っている自分(私)がいる。音楽に摩擦が少ないというんでしょうか、説得されない。悪く言うと退屈、私にとって何度も聴き返したいマーラーにはなっていない。そもそもマーラーなど常日頃に親しみたい音楽ではありません。ですから聴くからには何か欲しい。

うーん、難しいものです。実演を聴いたら印象は全く違うかもしれませんよ。1週間の間にあと、数回は聴いてみると思いますけど、まずはファースト・インプレッションということです。

2009年1月22日木曜日

【音盤】ドゥダメルのベートーベン交響曲第5、7番(DG 1week)

DGの1週間視聴サービスで真っ先に聴いてみたのが、今更ながらにドゥダメルのベートーベン。話題になるだけあって、注目に値する演奏でした。買っていない盤の演奏を、しかもストリーミング配信されているものを評する行為が「妥当」なのかはさておき、インプレッションを書いておきます。

問題はドゥダメルの楽天性と明朗性についてどのような判断を下すかです。今のところは素直に肯定、受容する気持ちと、態度を留保したい気持ちに分かれています。

ドゥダメル自身、インタービューなどで語っているように、彼は音楽の力を信じています。またベートーベンの交響曲の持つ音楽的テーマについても精通しています。またベネズエラという国、決して西側諸国のように裕福とは言えない環境に居た音楽家達によって演奏されるベートーベンということ。

これらをすべて理解するかしないかに関わらず、演奏から聴こえてくるのは楽天性と明朗性。そして単純な世界観と若者らしい可能性と希望です。悪いはずはありません。いやむしろ出来すぎているとさえ感じます。

音楽と同時進行で主観的感想を連ねてみたら、A4で4枚もの賛辞と疑問で埋め尽くされました。それ程までに刺激的で驚きの演奏です。既に多くの人たちが熱狂的に支持するのも首肯できます。特に交響曲第七番 終楽章の圧倒的なスピードとリズム、凄まじいまでの疾走を聴くと、体の内部からふつふつと沸き起こる本能的肉体的な喜びを抑えることができません。

第五番 第三楽章のコントラバスの響きも鳥肌ものです。チェロとコントラバスのフガートの部分です。コントラバスがこんなにもリズミカルに弾けられるものでしょうか、まさに「踊る巨象」です。

You Tubeにプロムスの映像があります。まるで「のだめ」でも披露されていた楽器回し(本当にクルクル回す!)。あのノリと軽さ、ラテン的健康な官能性。(本当にあの映像は衝撃です)。クライバーの洒落て豪奢なノリとも違う。

とはいえ、いわゆる爆演系とはなっていない。弱音も丁寧に、ダイナミックレンジも広い。ですから、聴く前に想像していた演奏とは少々異なり、最初に聴いいたときには肩透かしのような感じがしたものです。何度か繰り返して聴くに従い、彼のこの盤における特性が分かるようになってきました。深い精神的ドラマは歌われていませんが、ラストへの歓喜を志向する強い確信と希望を感じます。そこには南国を吹き抜ける生ぬるい熱風さえ錯覚します。いいぢゃないですか。ベートーベンに深い精神性を求めるならば、何もドゥダメルを聴かなくても満足できる盤は他にもありましょう。

さて、こうして何度か繰り返して聴いてみますと、彼がほかの曲もどう料理するのか、ぜひとも聴いてみたいという欲求が沸き起こってきました。