スピ系とか、この手の情報ともいえないような言説がXに流れてきます。
どれほど「当たらないのか」を確かめる意味でも、貼っておきましょう。
これを覚えていられるほど暇かどうかも分かりません。
時代は大きな転換期、自分もとうに還暦を過ぎた。何に関心があり、どう考えていたか、記憶と思考の断片をつなぐ作業。将来の何に「投資」するか、自分を断捨離したときに最後に残すものは何か。私的なLife Log、ネット上の備忘録。
ネットでの拾い物。要点書き出し。1月12日までにやるべきこと。
ゲートが閉じるとかの言葉は、スピ系がよく使う常套句、胡散臭すぎて嫌いです。
これらを本当にニコラ・テスラが言ったのかは分からない(出典が示されない)し、情報の発信者は、ステラに限らず様々な方々が言っていることを、うまく集約しているという気はします。おそらくニコラ・ステラはもはやこの発信者にとっては「ネタ」なのでしょう。
とはいえ、傾聴に値すら内容もありましたので、これに至る、もっともらしい能書を一切省き(ビデオ長いので)メッセージをまとめてみると以下とります。
2026年は大きく変わっていく年になるのでないかと思っている。
元旦に、次の世界に向けて明るく、新たな気持ちでとか思ったのに、いま見えている風景の延長だと、あまり明るい未来が見えてこない。
現実は自分が作るとしても、最悪のシナリオを考えておくとどうなるか。いったんは適当にスケッチしてみる。
日本のことなのか、アメリカのことなのか、エビデンスとか、あまり区別して考えてはいない。
以下は日経平均の2010年からの推移だ。今年の日経平均株価を同紙は「経営者20人全員が「最高値更新」 2026年の見通し」と論じている。
写真家、相原正明さんの以下の書き込みは、まさにと思いました。
毎年、暮れから新年「写真家になりたい」と相談や、メッセージをいただく。特にサラリーマンを定年されたり、退職された方からが多い。特に風景で写真家になりたいとのご相談が多い。その時に理由をお聞きすると「人と会うのが苦手、人と話すのが苦手 好きな写真を毎日撮りたい」と言われる方が特に風景では多い。だがそれではフリーランスの写真家は務まらないとご説明する。
以前読んだ、中島健太さんの「完売画家」でも同じことが書かれていたなと、思い出しました。
そもそも、「人が苦手だから風景」という時点で、どうなのかと、思いますわ。
この頃、こういう考え方が真実なのではないかと思うようになっている。
理ではなく情が先。
現実を変える前にやることは一つだけ。気分に100%コミットする生き方|石井一弘(裏コロナの本、著者) @kazu_uracorona https://t.co/EwlLAfBueM
— 石井一弘(カズ 裏コロナHP管理人&裏コロナの本 著者) (@kazu_uracorona) December 26, 2025
ニコラ・テスラも言っているのかどうか。
彼の書いた本に、直接あたったことは、まだないのだけど、周波数に合わせるというスピ系がよくいう話は、それほどトンデモでもないと思い始めた。
2020年になってから、急速に世界が不安定になってきました。
昨年末からのコロナウィルスの世界的な蔓延、アフリカで発生したイナゴの害。これら旧約聖書の黙示録的な厄災を陰謀論としてとらえる向きもあります。
陰謀論かどうかは別として、時代が変化しつつあることは確かなようです。特に、金融を中心とした現在の資本主義に限界が見えてきたことは、あちこちで指摘されています。加えてアジア、アフリカ諸国の台頭による食料環境問題もこれから深刻になるでしょう。
NWO(New World Order)とかイルミナティ(これが何を指すのか、今もってよく分かりませんけど)の思想のように人口を抑制すると考える勢力があってもおかしくはない。実際に、日本の政治や社会も安倍政権において完全にモラルハザード状態となりました。アメリカはQAnonが広がりを見せています。
「覚醒」したと考える者たちは、現在の政治や社会が、現体制を維持するのに不都合な「事実」を隠蔽していると考えます。本来はもっと良い世界に向かえたはずなのに、世界を支配する少数の者たちによって支配されていると。宗教でさえ、そのために利用されたものではないのかと。
「覚醒」したものと、そうではないものと、世界は「分断」を目指しているようにさえ見えます。これはもはやかつての「文明の衝突」のような宗教文化社会的な分断ではない。どのような現代社会も貨幣資本主義の原理で動いている中で、従来型のシステムとそうではないシステムにおける分断と言えるかもしれません。
貨幣経済もマネーの電子化によって急速に変容しつつある。その動きとリンクする形で「お金に捕らわれない生き方、社会の在り方」が提案されてもいます。
このような不安定の中で、従来型の経済も宗教も社会も崩壊しそうなことも影響してか、暴露、陰謀系の議論やスピリチュアル系がもてはやされているようにも思えます。現在の「在り方」に対する徹底的な批判と脱却のためということでしょうか。
現代の「分断」が加速される世界においては(富においても知においても)、多くの者が「幸福」になれそうにないことが、うすうすと分かってきています。あるいは、仮の「幸福」に囲まれていたとしても、それが誰かの犠牲の上にあったり紛い物であったり、いわゆる邪悪なものから生じたものを享受しているだけと思えるならば、それは「幸福」な「在り方」とは言えません。簡単にいえば、ビーガンの流行も、そのような文脈でしょう。
スピリチュアルとか陰謀論を受け入れる、受け入れないに関わらず、世界の志向が同じ方向を向いているように見えます。
今後どう生きていくかと、書き初めは考えていたのですが、全然違う話になってしまいました。