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2005年9月1日木曜日

スローライフと文字化け


Classicaの話題、スローライフって最近良く耳にするが、単に「仕事したくない、楽したい」て欲求なんぢゃないか。スローライフを満喫できるのは富裕層の中の一部と貧困層の中の一部だけだろうに、現状では。


そういえばレクサスも昨日全国展開ですか、富裕層向けって堂々と日本でも言い始めましたね。米国でも新富裕層をターゲットにしたビジネスが盛んだと数年前のHBRに論文があったよな。


でも「年収300万円で生きる」とか沢山お金持ってる評論家が言うけど、誰も彼らのことを「貧困層」とは言わないのはなぜだ?


gooのブログ検索すると、拙サイトが文字化けして表示される。原因をgooに問い合わせた。誠意ある回答は二度も来ているが原因はつかめていない。

2004年10月23日土曜日

予感・・・

あまり好きな言葉ではないですが「勝ち組」「負け組」とか「二極化」という言葉を少し前から目にするようになりました。おそらく小泉政権発足と機を同じくして登場した言葉かと思われますが、彼の推し進めた政策の結実でもあります。あるいは「東京一極集中」「地方切捨て」という構図であると指摘する人もいます。


確かに東京は、バブルの頃の東京を知る者にも目を見張らせるほどの変わり方をしています。そこに現出した風景を見ると、いやがうえにも「二極化」の傾向は進んでいることを思い知らされます。




例えば都心のマンションも地価と建設費の下落により、バブル時点よりは買い求めやすいものになりましたが、嗜好性はより高級化しています。オフィス街に近い高層マンションや巨大再開発、あるいは百貨店のリニューアルオープンのあり方、銀座、青山を中心とした海外ブランド店の進出などを眺めていますと、華やかさに幻惑されつつも、いったいに、これほどの需要を誰が消費し尽くせるのだろうか、と一瞬溜息が出ます。


その一方で、依然として安売りに近い世界も存在するわけです。ただ世の中は、雰囲気として高級にシフトを始めたとように思えるのですが、その果実を全ての人が享受できるほどには甘くないようです。


木村剛氏はブログでも宣伝しているように「ファイナンシャル・ジャパン」というビジネス誌を刊行しました。


本物志向のビジネスパーソンをターゲットとした雑誌はいくつもあります。しかし、実際にビジネスパーソンが必要としている企業経営情報や、資産運用のための実践的な情報が提供できている雑誌はあったでしょうか。この疑問点から、「フィナンシャル ジャパン」はスタートしました。

読者は「一流とは何か」を希求する、知的レベルの高いビジネスパーソンやアクティブな投資家の方々です。みなさんがほしくてもなかなか手にすることができなかった奥の深い情報を、私の情報ネットワークを駆使してお届けします。ステイタスの高いエスタブリッシュな経済情報誌の新創刊にご期待ください。

KFi代表 木村剛



というウリです。(一流の=勝組の)ビジネスパーソンと、投資を出来るほどに裕福な投資家のための雑誌と明言してるわけです。明確なセグメンテーションです。立ち読みをしてみましたが『月間!木村剛』という、それより以前に創刊した実験誌とは全く趣の異なる、本格的なビジネス誌です。ここまで質実に構成するとは、と驚きました。


ハナシは変わりますが、Harvard Business Review 11月号(日本版)という雑誌で興味を引いたのが、「新富裕層のマーケティング」という記事でした。雑誌ではアメリカにおける世帯所得分布の変化を示し、新たな消費者層=新富裕層が登場したことを説いています。日本の所得分布は、アメリカと異なっているのではと予想するのですが、しかし、日本においても新たな消費者層と消費イメージが形成されつつあることは、何となく感じます。


それは、逃げ切ることのできた団塊の世代だけではなく、ディンクス的な生き方をする世代、あるいはライブ・ドアや楽天の成功ストーリーを追う者達の出現に繋がるかもしれず、なにやらひたひたと、しかし急激に、気付いたら腰まで水につかっていたというような時代の変化を予感するのでした。


新たに商売を始めるなら、この新しい消費者層をターゲットにすることが、一つの鍵なのではないだろうか、とは誰もが考え始めていることかもしれません。最近の雑誌創刊ラッシュもこの流れと無縁ではありますまい。


しかし、翻ってわが業界・・・うーーーん。古い、遅い、重い、高い、疑わしい。>聞くな!触れるな!

2004年10月15日金曜日

凋落

10月14日の日経新聞一面は象徴的な見出しが躍っていました。ひとつは『ダイエー機構に支援要請』であり、もうひとつは『堤義明氏 全役職を辞任』です。かつての日本を代表していた企業の凋落を見るのは、複雑な気持ちがあります。この2社を親会社とする野球チームが、どう考えても納得のいかないパ・リーグのプレイ・オフを戦ったということも、ある意味で象徴的であったのかと、あとで振り返ったときには思い出されるかもしれません。




10月15日の日経新聞の春秋では


ある種の伝説化した尊大さを、経営者のカリスマ性の源泉にする時代はとっくに終わっている。法律は守る。借金は返す。情報は公開していねいに説明する。こんな当たり前のことが、問われている。


と書いています。カリスマ経営者の時代が本当に終わったのかは分かりません。ただ、ひとつの時代がどうやら世代交代という形で動きつつあることだけは実感できます。世間をにぎわせている楽天とライブドアは、その表れであるかもしれません。


同日の日経スポーツ欄には、ライブドアと楽天のプロ野球新規参入に対する第二回目のヒアリング結果が報じられています。西武もダイエーも(かつての日ハムを含めても)企業として破綻しているというのに、既得権益側については言及せず、新規参入企業を評価する理不尽さ。あるいは、迷走するダイエーに対する再建計画を、(大口融資をしているとはいえ)UFJ銀行が指導するという不可解さ。


ねじれまくった産業界の構図の中に、外資の足音だけがひたひたと聞こえ、このごろやたらと市民権を得始めた「富裕層」という言葉が、うつろに響いてくるのは考えすぎでしょうか。